研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
超分子システムによる免疫識別の分子機構解明
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者田中 啓二財団法人 東京都臨床医学総合研究所 部長
主たる研究参加者笠原 正典総合研究大学院大学 教授(H8.12〜H13.3)
 丹羽 真一郎住友電気工業 株式会社 部長(H8.12〜H13.3)
 森本 幸生姫路工業大学理学部 助教授(H8.12〜H10.3)
 東江 昭夫東京大学大学院理学系研究科 教授(H10.4〜H13.3)
3.研究内容及び成果
 自己と非自己を峻別する免疫識別は生体防御戦略の要であり、その分子的基礎は主要組織適合遺伝子複合体(Major Histocompatibility Complex: MHC)クラスI分子と結合する抗原ペプチドの生成機構である。プロテアソームは250万の巨大な多成分複合体(サブユニット総数50)であり、生化学史上他に例を見ない超分子システムを構成している。1990年代の初頭に本酵素が内在性抗原のプロセシング酵素としてMHCクラス1結合リガンド、すなわち細胞障害性Tリンパ球(CTL)エピトープ(抗原ペプチド)を生成する酵素であることが判明した。しかし、プロテアソームがCTLエピトープを造成する分子機構および本酵素の免疫生物学的意義はほとんど不明であった。そこで、本研究ではプロテアソームの構造生物学的研究および発生工学的手法による機能解析研究を通して免疫識別の分子機構を解明し、この超分子システムの免疫始動制御における役割の解明を目指した。併せて、抗原提示担当遺伝子群の分子進化研究を推進することによって適応免疫が誕生した遺伝学的背景、すなわち適応免疫の起源に迫ることも主要な研究目標の一つに据えた。本研究を達成するために、東京都臨床医学総合研究所の田中グループ、住友電工バイオメディカル研究部の丹羽グループ、及び総合研究大学院大学の笠原グループが、(1)プロテアソームの構造・機能解析、(2)抗原プロセシング反応の機構解明、(3)抗原提示担当遺伝子群の構造・機能・分子進化、の三つの研究目標を立案して互いに密接に連携しながら、以下に示すような成果を上げることができた。
(1)田中グループ
 本グループは、巨大な多分子集合体であるプロテアソームの分子構成や高次構造を解明し、この超分子システムの物質的基盤を明確にした。また、多彩な生理機能を担うプロテアソームが抗原プロセシング酵素として作用するとき、主要な免疫調節サイトカインであるガンマ型インターフェロン(IFN-γ)に応答して構造変換し、抗原提示による免疫識別を巧妙に制御していることを明らかにした。その過程で触媒サブユニットを変換した“免疫プロテアソーム”やPA28とPA700の2種の活性化因子を共有した“ハイブリッドプロテアソーム”を発見し、適応的な抗原処理機構の仕組みについて新しい知見を得た。
 さらに発生工学的手法を用いて個体レベルでの機能解析研究も押し進め、内在性抗原を識別する免疫識別、引いてはプロテアソームの免疫生物学的意義についての研究へと発展させた。また、DRiPs(defective ribosomal products:抗原エピトープ生成に利用されるタンパク質分解産物)に関連すると推定されるシャペロン型ユビキチン連結酵素CHIPの作用機構を解明し、CHIPがタンパク質のネイティブな状態とノンネイティブな状態をシャペロン依存的に識別して、後者を選択的にユビキチン化する“品質管理リガーゼ”として作用することを見出した。一方、関連研究として、常染色体劣性若年性パーキンソン症候群(AR-JP)の原因遺伝子パーキンの機能解析に成功し、パーキンがユビキチンリガーゼであることを見出した。
(2)丹羽グループ
 プロテアソームが内在性抗原のプロセシング酵素であることは、種々の構造学的・細胞生物学的・遺伝学的解析から強く示唆されてきたが、本酵素が抗原エピトープを生成する分子機構については、不明であった。本研究グループは、白血病腫瘍拒絶抗原のCTL(細胞障害性Tリンパ球)エピトープをモデル系として利用し、その前駆体ポリぺプチドからのプロテアソームによるエピトープ生成機構について詳細に解析した。その結果、プロテアソームは抗原エピトープのC-端及びN-端側の両フランキング領域をアンカーとして標的基質を特定し抗原ペプチドを正確に切り出すことができるという“フランキングアンカー仮説”を提唱した。さらに抗原エピトープ内に存在するプロリン残基がプロテアソームによる抗原ペプチド領域をランダムな分解から保護していることを明らかにし、この仮説を“プロリンルール”と名付けた。併せて、プロテアソームの新規活性化因子PA28が抗原エピトープの両端を効果的に二重カットして抗原プロセシング反応を強く促進させることを見出した。これらの結果から、プロテアソームが標的基質の“長さと配列”を認識して、抗原エピトープを正確に造成すると言う仮説を提唱した。
(3)笠原グループ
 プロテアソームは主要組織適合遺伝子複合体(Major Histocompatibility Complex: MHC)クラスI分子によって提示されるペプチドを産生するプロテアーゼである。我々は、クラス I 分子による抗原提示を促進する機能をもつと想定されたインターフェロンγ(IFN-γ)誘導性プロテアソーム・サブユニットの構造・機能・起源を明らかにすることを目的として研究を推進し、以下の成果を得た。1) MHC の染色体重複モデルの提唱:IFN-γで発現が誘導される3個の20Sプロテアソーム・サブユニット遺伝子は、クラスI分子による抗原提示システムが誕生した際に、構成的に発現されるサブユニット遺伝子から遺伝子重複によって形成されたものであることを明らかにした。さらに、(i)この重複は個々の遺伝子の重複ではなく、MHC領域を巻き込んだ少なくとも2回の染色体重複の一環として起きたものであること、(ii)上記の重複は脊椎動物進化の初期段階、具体的には有顎脊椎動物の共通祖先が出現するまでに起きたものであり、MHCシステムの誕生に不可欠な役割を果たしたと考えられることを明らかにした。これら一連の研究に基づき、MHCのゲノム構造を理論的に説明する「MHC の染色体重複モデル」を提唱した。2)IFN-γによって制御されるプロテアソーム・サブユニット遺伝子群のクローニングと構造、機能解析:IFN-γによって制御されるプロテアソーム・サブユニット遺伝子群を129/SvJマウスから系統的にクローニングし、遺伝子構造と染色体局在を決定し、発現制御機構を解析した。具体的には、IFN-γによって発現が制御されることが知られている9個の遺伝子中、6個の遺伝子(20Sプロテアソーム・サブユニット MECL1、Z、X をコードするPsmb10、Psmb7、Psmb5遺伝子、およびプロテアソーム・アクチベータPA28α、PA28β、PA28γサブユニットをコードするPsme1、Psme2、Psme3 遺伝子)の解析を行った。Psme1、Psme2、Psme3 遺伝子については、代表研究者との共同研究としてノックアウトマウスを用いた機能解析を行ない、Psme1、Psme2遺伝子はある種の抗原の提示に不可欠であること、他方Psme3遺伝子は抗原提示に関与している可能性は低いことなどを明らかにした。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 上述の成果は、英文論文140件、和文論文75件として発表されている。その主要なものは、Nature1報、Nature Genetics1報、Immunity1報、Genes & Development2報、Molecuar Cell2報、EMBO Journal5報、Journal of Cell Biology2報、Journal of Clinical Investigation1報、Molecular and Cellular Biology3報、Advances in Immunology2報、Journal of Biological Chemistry18報、Molecular Biology of the Cell2報、Immunological Reviews3報、Journal of Immunology5報等で、質量共に高く評価できる。IFNγによって誘導される新サブユニットが、逆に減少するサブユニットに置換して生成する免疫プロテアソームの発見、調節ユニットPA28とPA700が会合したハイブリッドプロテアソームの発見、シャペロン型ユビキチン連結酵素CHIPの特異的な機能の解明、MHCの染色体重複モデルの提唱等重要な成果が得られている。学会での発表は、国内126件、国際会議で28件なされたが、特許は国内出願1件にとどまった。
 若年性パーキンソン病の発症の仕組み解明に関するNature Geneticsの論文について、平成12年6月27日の日本経済新聞他数紙に掲載された他、この研究に関する詳細な解説が記事が平成12年8月10日の読売新聞夕刊に掲載された。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 免疫における抗原ペプチドの成因機構を免疫プロテアソームの分子構造・機能の解明により明らかにし、新しい概念を構築したことは高く評価される。ハイブリッドプロテアソームの発見やCHIPの機能の解明は、インパクトの高い成果で、国際的にも高い評価を得ている。また、一連の研究の中から、パーキンソン病のI型発症機構を解明したことも評価できる。研究代表者は、カロリンスカ研究所主催で開催された第34回ノーベル会議「ユビキチンプロテアソームシステムによる細胞機能の調節」に招待され、"Autosomal recessive juvenile parkinsonismis linked to the ubiquitin-proteasome system"のタイトルで講演した。
4−3.その他の特記事項
 研究代表者は、「ユビキチンとプロテアソームによる蛋白質分解研究」で、平成13年度から5年間、文部科学省特別推進研究に採択された。さらなる展開が期待される。

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