研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
サイトカイン機能不全の分子機構と遺伝子治療
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者菅村 和夫東北大学大学院医学研究科 教授
主たる研究参加者宮島 篤東京大学分子細胞生物学 教授
 小澤 敬也自治医科大学 教授
 垣生 園子東海大学医学部 教授
3.研究内容及び成果
 免疫系、造血系における細胞の生存、増殖、分化、機能発現の制御には種々のサイトカインが必須に関わっている。それらサイトカインの機能不全は生体防御に関わる免疫系、造血系の破綻につながり、原発性免疫不全症、重症感染症、癌等の発症をもたらす。また、サイトカインの機能亢進は自己免疫やアレルギー等の免疫疾患の発症に深く関わることも指摘されている。本研究チームは下記の4グループから成り、サイトカインによる免疫系、造血系の発生、分化、増殖の制御機構を分子レベルで解明すると共に、サイトカイン受容体の機能不全に起因するヒト重症複合免疫不全症の遺伝子治療法の開発を目指した。
(1)菅村グループ
 サイトカイン共通受容体γc鎖を介する細胞内シグナル伝達機構を解析する中で複数の新規分子(STAM1、STAM2、Hgs/Hrs、AMSH、AMSH-LP、Grf40/Gads)を単離した。STAM1、STAM2のそれぞれ単独欠損マウスでは、リンパ球の発生・分化・増殖に異常は見られなかったが、胸腺においてSTAM1、STAM2を共に欠損するマウスでは、T細胞の分化増殖が障害され、末梢T細胞が著減する免疫不全状態となった。
 AMSH欠損マウスは、リンパ球の発生・分化・増殖に異常は見られなかったが、生後3週目に死亡し、脳海馬CA1領域に異常を来した。Hgs欠損マウスは胎生致死であり、その解析からHgsがSmad2、Smad3と会合し、アクチビンによるSmad2活性化に関わることを示した。また、T細胞に特異的に発現する新規Grb2ファミリー分子としてGrf40/Gadsを単離し、これがSLP-76やLATと直接会合し、TCR及びpre-TCRを介するシグナル伝達に関わることを明らかにした。更に、Grf40/Gads変異体導入マウスがT細胞分化障害を示すことから、免疫不全症の新たな原因遺伝子となる可能性を指摘した。他方、TNFファミリー分子に属するOX40リガンド(OX40L)は、菅村らがHTLV-I Taxの転写標的遺伝子として単離していたgp34である。本研究では、OX40Lノックアウトマウスを作出し、同マウスが抗原提示機能不全を示すことから、OX40Lが抗原提示における重要な副刺激分子であることを明らかにした。また、OX40L遺伝子導入マウスが自然発症間質性肺炎並びに炎症性腸疾患を呈することを見出した。この病変がCD4+ T細胞のRag-2欠損マウスへの移入によっても生じることから、OX40L遺伝子導入マウスが自然発症自己免疫モデルマウスとして捉えられた。
(2)宮島グループ
 GM-CSFやEPOなどの造血サイトカインで活性化されるRASの機能と共に、OSMの機能の解析を中心に研究を行った。RASによる細胞死抑制の分子機構の解析から、RASにより活性化されるRAF/MAPキナーゼ経路とPI3キナーゼ経路の何れも細胞死抑制作用があることを明らかにした。また、OSM受容体遺伝子のクローニングにより、受容体の分子構造を明らかにすると共に、OSMの機能解析を行った。その結果、OSMが胎児期での造血発生に極めて重要な機能があることを見出した。即ち、成体型造血幹細胞が発生するマウス胎仔のAGM領域の培養系を確立し、OSMが血球及び血管内皮細胞の産生を促進することを見出した。さらに、この培養系を使い、造血に必須の転写因子であるc-MybとAMLがヘマンジオブラストから血球が発生する過程に機能することを示した。また、AGMで発生した造血幹細胞は胎生肝臓に移行して増殖分化すると考えられるが、我々は胎生肝臓の培養系を確立し、胎生肝造血を再現した。この培養系は造血を支持することが出来るが、血球の産生するOSMが肝細胞の分化を促進することから、OSMは造血系と肝臓の分化を調整するパラクライン因子であることが示された。
(3)小澤グループ
 アデノ随伴ウィルス(AAV)ベクターの実用化を推進するため、その作成法(パッケージング細胞株開発等)と応用に関する基礎研究を行った。前者では、細胞毒性を持つAAV蛋白質(Rep、Cap)の発現をCre/loxP法により制御する方法を試み、重要な基礎データを得た。後者では、パーキンソン病・血友病・心血管病変・癌などに対する遺伝子治療実験を行った。また、AAVのコンポーネントを利用した染色体部位特異的遺伝子組込み法(TVI: targeted vector integration)の開発を行った。特に、TVI活性を保持し、細胞毒性の減弱したミュータントRepの探索を行った。さらに、造血幹細胞遺伝子治療のための新規テクノロジーとして、遺伝子導入造血系細胞を体内で増やすための選択的増幅遺伝子(SAG: selective amplifier gene)の開発を行った。SAGは、増殖シグナルを発生する造血因子受容体部分とその活性を制御する分子スイッチの融合蛋白質をコードするものである。動物実験(マウス及びカニクイザル)でそのコンセプトが有効に働くことを確認した。但し、エストロゲンまたはタモキシフェン反応型SAGは、遺伝子導入細胞の増幅効率が実用性という点では不充分であったため、分子スイッチとしてエリスロポエチン受容体を用い、Mplの増殖シグナルを利用した新しいエリスロポエチン反応型SAGの開発にも着手した。また、X連鎖重症複合免疫不全症やX連鎖慢性肉芽腫症(X CGD: X-linked chronic granulomatous disease)の免疫不全マウスを用いて遺伝子治療モデル実験を行った。X-SCIDマウスでは、正常γc鎖遺伝子を発現させることで遺伝子導入細胞に選択的増殖優位性が自然に賦与されたが、X-CGDマウスの場合には治療用遺伝子にSAGのような細胞制御遺伝子を組み合わせる必要があるものと考えられた。
(4)垣生グループ
 T細胞の初期分化に関わる分子機構を明らかにする目的で、リンパ幹細胞からT細胞系列へのコミットメント及び機能的成熟を伴う選択的分化の2プロセスに各々関わる因子の解明を、複数の遺伝子操作マウスを作製しながら進めた。その結果、T細胞系列への分化決定に不可欠なT細胞抗原レセプター(TCR)の発現・再構成を制御するエンハンサーを含むイントロン領域の役割と限界を明らかにした。一方、正の選択的シグナルは、TCR発現には大きな影響を及ぼさないが、mRNAのcap構造に結合して翻訳効率を促進する転写開始因子elF-4Eの発現を増強することが示唆された。同分子の発現は選択シグナルを受けた分化途上のT細胞に蛋白レベルにおける転写因子、c-Fosの増加を誘導することを示し、その結果、選択的分化を経過したT細胞は細胞増殖能及びサイトカイン産生能を獲得すると推測された。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 前述の成果は、海外の学術雑誌に96編の投稿論文として発表され、その主要なものは、Immunity2報、Journal of Experimental Medicine5報、EMBO Journal2報、Molecular and Cellular Biology4報、Blood9報、Journal of Biological Chemistry4報、Molecular Endocrinology1報、Hepatology1報、Journal of Immunology7報、Oncogene1報、Developmental Biology2報、Human Gene Therapy 4報等、質量共に高く評価できる研究成果である。複数の新規シグナル分子を単離し、それらの中でT細胞の分化・増殖・生存に必須に関わるSTAM1と2、並びにGrf40/Gadsを同定すると共に、OX40L欠損マウスが抗原提示機構に障害を示すことを見出し、これらの遺伝子変異がヒト免疫不全症の原因になる可能性を指摘した。しかし、X-SCIDの遺伝子治療はモデルマウスを用いた成果に留まったのは、残念である。一方、OX40Lのトランスジェニックマウスを作出して解析し、T細胞においてOX40Lが恒常的に発現すると免疫寛容破綻が生じ、自己免疫用間質性肺炎並びに腸炎が自然発症することを見出し、自然発症自己免疫モデルマウスとして極めて有用と思われる。IL-6ファミリーのサイトカインであるオンコスタチンM(OSM)の機能と受容体の分子構造を明らかにすると共に、その機能解析から造血系と肝臓の分化を調整するパラクライン因子であることを明らかにした。また、学会発表は、国内421件、国際学会104件、特許出願は国内6件、国際3件である。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 γc鎖・TcRの下流の新規シグナル分子を単離し、その遺伝子欠損動物の作製等を通じて、T細胞の分化、増殖、生存に必須に関わることを明らかにしたこと、並びにCD40及びそのリガンドの機能を明らかにした点、評価できる。またオンコスタチンMの造血系における機能解明において大きな貢献が見られた。しかし、免疫不全の遺伝子治療に関してはあまり成果が得られていないが、前述の新規分子や新しいメカニズムの発見は、さらなる発展が期待でき、免疫関連疾患の予防・治療への貢献が期待される。
4−3.その他の特記事項
 研究代表者は、「サイトカイン共通受容体γc鎖とXSCIDの研究」で平成11年第16回持田記念学術賞を受賞した。

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