研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
細胞周期における染色体制御に必須な高次複合体の解明
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 柳田 充弘 京都大学大学院生命科学研究科 教授
3.研究内容及び成果
 本研究を開始する時点で考えた研究の概要と基本構想を以下に掲げる。
<研究の背景>
 ゲノム維持と染色体伝達は細胞周期制御と深く関わるので、統合して理解されるべきである。DNA損傷の修復欠損などを原因とするゲノムの不安定化、または細胞周期進行のエラーによる子孫細胞への染色体の不正確な伝達は、がんや多くの先天性疾病を引きおこすことからも、染色体制御機構の理解は大きな意義がある。
<研究の目的>
 真核細胞において普遍的に保存される有糸分裂期(M期)におこる染色体の子孫細胞への分配がいかに空間、時間的に協調して正確に起こるのか、その制御機構を明らかにする。そのために、染色体分配の制御因子として当研究室で見いだされた必須分子、すなわち、細胞周期のステージ特異的にユビキチン依存的なタンパク質分解を誘導する20Sサイクロソーム/APC、タンパク質の脱リン酸化ホロ酵素、染色体分配に必須なCut1-Cut2(セキュリン−セパリン)複合体、染色体凝縮をおこすSMC複合体であるコンデンシン、動原体クロマチンと特異的に結合するMis6分子集合体、複製および損傷チェックポイントに必須なCut5-Crb2-Chk1複合体などの研究を推進する。これらがなぜ複合体として存在しているのかを明らかにすべく研究を進める。
<研究内容及び成果>
中期後期遷移:APC/cyclosomeとセキュリン−セパリン複合体
 染色体の分配を起動する分裂酵母遺伝子産物Cut2タンパク質の分解が分配に必須であり、分解しないと染色体分配が起動しないことを証明した。分解にはポリユビキチン化が必須であり、その機構は破壊ボックスを必要とするが、B型サイクリンの破壊ボックスでも代用出来ることを示した。これらの結果は細胞周期と染色体分配のカップリングがサイクリンとCut2タンパク質の細胞周期ステージ特異的な分解に依存しており、Cut2タンパク質が染色体分配の制御に中心的な役割を果たすことが確定した。
 Cut2がCut1タンパク質と複合体を作っていることも証明した。Cut2の分解によってCut1の活性化が起こり、標的であるコヒーシン複合体サブユニットの一つを分解して、染色体分配の起動が可能となる、これが現在到達しているモデルである。
 セキュリン−セパレース複合体は分裂酵母においてスピンドルに蓄積しており、出芽酵母でも主としてスピンドルにあることが明らかとなりさらに、スピンドルやキネトコアに基質があることも判明し、この複合体の細胞周期進行にともなう活性制御は広範な基質を対象にしていることが判明してきた。
 Cut2/セキュリン分解に必須なポリユビキチン化を行うのが20Sのサイクロソーム/APC複合体である。これらは現在12種のサブユニットからなり、どれが欠けてもM期の中期・後期遷移が起こらないことが判明している。20SサイクロソームのアセンブリーはサブユニットCut4やCut9の欠失下では起こらないが、この時タンパク質キナーゼPKAを減少させるとアセンブリーが起こることを見いだした。つまりPKAパスウェーがサイクロソームの活性化を通じて細胞周期のM期中期後期進行を負に制御していることを示した。実際培地中に環状AMPをいれるとアセンブリーが阻害されることも明らかとなった。
 Cut8タンパク質は26Sプロテアソーム(ユビキチン化タンパク質を分解)の細胞内局在を決定する因子であった。cut8変異体では核内にあるプロテアソームがほとんど失われて、細胞質にいってしまう。その結果cut2/セキュリンとサイクリンの分解が著しく遅延し、染色体の分配異常が起こる。この結果からプロテアソームはCut8を介在して、染色体分配の制御にも関わることが明らかとなった。
スピンドル装置、スピンドルダイナミックス、核構造関係
 本研究の過程でGFPで標識した動原体DNAを観察することが可能となった。高感度での顕微鏡観察により、またスピンドル極体やスピンドル微小管の標識を併用することにより、生細胞でこれらの構造体の動的な変化を追求できるようになった。その結果、分裂酵母のM期にphase 1(prophaseに相当)、phase2(prometaphase-metaphaseに相当)とphase 3(anaphase AとBに相当)の三つの時期が定まった時間で存在することが判明した。そして種々の突然変異体でどの時期に異常があるかを検討した結果、dis1変異体ではphase1のみが延長していること、その原因が動原体微小管の異常であることも明らかとなった。Dis1タンパク質が動原体と結合し、さらに動原体微小管とも結合していることを見いだした。
 Cut17変異はM期での染色体分配異常のみならず、DNA合着因子ではないかと予想したが、実際にはBir1/Pbh1であった。cut17変異体の表現型とCut17/Bir1タンパク質の局在などを調べた結果、Cut17/Bir1が染色体凝縮、スピンドル伸長にDNA損傷修復に必須なことが判明した。さらに、M期でキネトコアに存在するためには染色体の合着が必須であった。
 人工染色体分配異常を引き起こすmis3変異体細胞内では、リボソームRNA合成系とDNAチェックポイントの異常がおこりまた、細胞成長の開始がおこらなかった。
動原体の機能複合体
 分裂酵母の動原体構造は、中央ドメインと外側の反復ドメインからなるが、動原体微小管タンパク質Dis1は中央ドメインに局在することが明らかとなった。
 動原体機能に必須なMis6タンパクの理解を押し進めることを課題としたが、その後にMis12およびCENP-Aに類似したCnp1を発見し、著しい研究の進展があった。Mis6が失われると、姉妹動原体がM期において正確にスピンドル両極に対峙しなくなり、その結果いわゆる動原体の二方向性が失われる。これを原因として分配の正確さが失われるのではないかと報告した。Mis6タンパク質は中央ドメインにあり、外側の反復ドメインに全くなかった。動原体の2ドメイン構造が塩基配列やクロマチン構造のみならず、特異的タンパク質の局在としても証明された。Mis6の細胞周期におけるクロマチンへの作用時期はG1/S期であった。またMis6に類似したヒトのホモログの存在も報告した。
 次いで、Mis12が同様に動原体タンパクであり、Mis6とは独立に機能し、なおかつ動原体の二方向性の確立に必須であることを見出した。Mis12もMis6同様に中央ドメインに局在して、特有のクロマチン構造の形成に必要であった。Mis12の欠損した変異体細胞では中期スピンドル長が異常に長くなり、その結果二方向性が失われ、無秩序な染色分体が引き起こされる。細胞周期における作用点は、1周期前のM期であった。Mis12は出芽酵母にもホモログがあり、さらにヒトにもあることが明らかとなった。
 出芽酵母のホモログMtw1の配列を出発点として、このタンパク質が出芽酵母でいかに振る舞うかを調べた。出芽酵母の姉妹動原体DNAは複製直後に分離して(しかし腕部DNAは合着している)その後もずっと別れたままになっていた。このような細胞周期進行の早い時期に動原体は分離してしまったは動原体DNAが微小管と早い時期に固定的に結合してそのままM期までその状態で進行すると考えるのが一番わかりやすい。
 出芽酵母のCse4、ヒトのCENP-Aと同様に動原体に局在した。Cnp1の欠失体及び温度感受性変異体を作ったところ、染色体の異常分配が起こり、表現型はmis6mis12、変異体と酷似していた。出芽酵母のcse4変異のチェックポイント停止の表現型とは著しく異なった。またcnp1 変異体では、mis6mis12変異体と同様に動原体中央ドメインに特異的なクロマチン構造が失われていた。Cnp1タンパク質が動原体に局在するためにはMis6タンパク質の機能が必須であったが、Mis12は必要でない。Mis6とCnp1は協同して動原体に特異的なクロマチン高次構築を作るのに働いているのであろう。CENP-Aが動原体特異的なヌクレオソームを形成しても、動原体クロマチンにloadされるためには、Mis6タンパク質が必要である。
DNAチェックポイント複合体
 染色体分配の機構にDNA損傷チェックポイント制御がかかわるのではないか、という期待のもとに、、損傷チェックポイントの研究を行った。複製チェックポイントに必須なCut5タンパク質と相互作用するタンパクCrb2を同定した。Crb2タンパク質は損傷チェックポイントに必須で、M期において高度にリン酸化することにより、不活性化するものと考えられる。Cdc2キナーゼによってリン酸化され、それがチェックポイントを脱出するのに必須であることを示した。Crb2タンパク質はDNA依存性キナーゼであるRad3と直接相互作用し安定な複合体を作る。
染色体凝縮と合着関係複合体
 SMCのCut3-Cut14ヘテロ2量体の複合体が一本鎖DNAを二重鎖にする強力な再生活性を有することを報告した。この活性は変異体タンパクでは失われていたので、染色体凝縮に深く関わる可能性が高い。コヒーシンのSMC複合体では、DNA再生反応が全く起きないので、我々の考えをサポートしている。
 コンデンシン5量体のうちSMCでない3つのサブユニットをCnd1、Cnd2、Cnd3と名付けた。これらは生存に必須で、遺伝子破壊の表現型を解析するとどれも染色体凝縮に欠陥があった。SMCであるCut3、Cut14の変異体で見られる凝縮欠損の表現型と非常によく似ていた。SMC以外のサブユニットも凝縮に必須であるという、初めての証拠である。これらのタンパクが、細胞周期を通じて、どのように局在するかの研究を行った。その結果、複合体はCut3サブユニットのCdc2リン酸化部位のリン酸化に依存して、核に局在することが明らかとなった。リン酸化部位をアラニン変異体にすると、コンデンシンはM期においても細胞質にとどまり、染色体凝縮は全く起きない。コンデンシンは、Cdc2キナーゼが不活性化された後もG1期終了まで核にとどまり、S期になると核外に輸送される。
 インポーチンαのホモログであるCut15がやはり染色体凝縮に必須であることを見出した。
 DNA複製をした後の染色体は、2本の同一な姉妹染色分体が何らかの形で結合している。Mis4が新しい姉妹染色分体の結合タンパク質であることを見出した。温度感受性の変異体では、DNA複製後に未成熟に染色体は分離してしまう。分裂酵母におけるコヒーシン複合体タンパク質を同定し、それらの性質を明らかにする研究を開始した。SMCサブユニットであるPsm1、Psm2の遺伝子をクローン化し、それ以外のRad21、Psc3などの研究を開始し興味深い結果を得ている。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
欧文誌論文 30報
1999年 Impact Factor Ranking の Original Journal 35位、Review Journal 30位までの雑誌に掲載された論文
Cell2報
Nature2報
Science2報
Gene Dev.5報
Trends Cell Biol.1報
EMBO J.1報
 平成8年度のチームの中でもトップクラスの一人である。論文の数は年平均6報と、それ程多作ではないが、Cell、Nature、Scienceにそれぞれ2報ずつ出しており、Genes & Dev. も最高に近い雑誌である。極めて満足の行く外部発表結果と云えよう。これらのどれを代表作とするかは困難な位すべてのレベルが高いが、例えば哺乳動物動原体に存在するCENP-Aが分裂酵母にも存在し、その機能は染色体の均等分配に必須であること、更にG1-S期に通常働くMis6タンパク質がCENP-Aの動原体への取込みに必要な因子であることを証明した論文(Science,2000)は名高い。
 研究の性質上特許出願はなかった。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 このグループは、真核細胞で普遍的に保存されている有系分裂(M期)におこる染色体の子孫細胞への分配が、いかに空間、時間的に協調して正確に起こるのか、その制御機構を明らかにすべく、分裂酵母の系を用いてこの現象に関わる遺伝子と、そのタンパク質を多数同定し(殆どをクローン化)、それぞれの機能と役割を細胞周期との関連において明らかにして来た。M期を中心とした染色体の凝縮、整列と分離、そこに働く動原体の構成とそれぞれの分子の働き、正確な分配の機構等を見事に分子レベルで明らかにし、その全容のモデルを提出した。この世界ではまさに独壇場というべく名高い研究となった。ここに得られた知見や技術はヒトを含む高等生物にも応用可能であり、がん、遺伝子関連疾患の診断・治療・予防の発展にも多いに貢献するであろう。
4−3.その他の特記事項
 この研究によって代表者はイギリス王立協会(The Royal Society)の会員になった。又、平成12年に「東レ科学技術賞」、平成13年に「朝日賞」、平成14年に「上原賞」をそれぞれ受賞した。
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This page updated on April 1, 2003
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