動物の初期発生では、受精から幼生期までに形作りの原型が完成される。その胚発生のプログラムの進行の中で、規則正しい遺伝子発現と器官形成、そして胚の統一性に関わる重要な現象が起きている。中胚葉誘導および神経誘導などの誘導現象である。研究代表者らは、試験管の中で未分化細胞から様々な器官形成や組織形成を独自の系を開発して行ってきており、今回、新しく9つの器官と組織(合計14の器官と組織)を作ることを可能にした。研究成果は大きく分けて次の7つにあるといえる。 |
(1) | 試験管内の腎管形成と遺伝子発現 |
| アニマルキャップにアクチビン10ng/mlとレチノイン酸10-4Mを3時間処理した後、時間をおって、サブトラクションなどを行うことによって、新たな遺伝子としてXC1RP、XSMP-30、Xsall3などの腎形成に関与する新規の13個の遺伝子がクローニングされ、また、それらの機能についても解析された。Sall-1はヒトでは胎児の重篤な腎疾患が生じるTownes-Brocks症候群の原因遺伝子であることも分かってきたので、腎形成と疾患を結びつけることにもなった。また、マウスのmSall-1のノックアウトマウスでは、腎形成がほとんどみられなかった。このことから、Sall遺伝子は脊椎動物の腎形成に必須の遺伝子であるということが明らかになった。これらの研究を通して、腎形成における遺伝子のカスケードが明らかになってきた。また、未分化細胞から作られた前腎管を幼生の予定前腎管域を除去した部分に移植した。その結果、移植にも機能する前腎を初めて作れることが証明された。 |
(2) | ホルモンを分泌する膵臓形成 |
| 試験管内で未分化細胞であるアニマルキャップをとり出し、高濃度のアクチビンとレチノイン酸を時差処理することによって今まで困難とされていた膵臓を試験管内で作り出すことに成功した。このことはインスリンやグルカゴンDNase1、X1Hox8などの遺伝子発現をRT-PCR法による確認の他に、インスリンとグルカゴンの抗体を用いて免疫組織学的にもタンパク質として特異的に発現していることも証明された。
これらの新しく形成された膵臓からできるホルモンの遺伝子量およびタンパク質量はin vitro系とin vivo系(正常な胚)と全く同じであった。また、電子顕微鏡を用いて調べたところ内分泌顆粒も外分泌顆粒も分泌しており、完全な膵臓形成を試験管内で成功したといえる。今、この新しい臓器形成を使って膵臓形成に関与する遺伝子の解析を行っている。 |
(3) | 拍動する心臓形成 |
| イモリの未分化細胞であるアニマルキャップに高濃度のアクチビンを処理すると、拍動する心臓が当初20%くらいの成功率で得られた。これらの試験管内で作られた心臓は1ヶ月後も同じ発生段階の幼生を比べても心拍数においてほぼ同じであった。電顕像で調べてみたところ、正常な心臓とまったく同じID(介在板)をもっていることも証明された。一方、ツメガエルの未分化細胞から拍動する心臓をつくることは世界中で試みられたにも拘わらず成功しなかったが、研究代表者らは独自の方法で100%の成功率でつくることに成功した。この時、心臓特異的な遺伝子マーカーはすべて発現しており、心房と心室の分化まで可能になってきている。 |
(4) | 脊索形成と解離細胞をアクチビン処理した後の細胞接着と選別 |
| 2細胞期に別々の卵に赤と緑の色素を注入しておいてからst.9の胞胚期までもってきてアニマルキャップの細胞を解離し、いろいろな濃度でアクチビン処理した後、混合した。その結果、濃度差が100倍になると明確な細胞選別が5時間からおこり、どのような結合でも脊索が中心にくることがわかった。また、試験管内で脊索のみをつくることもできた。従来は必ず脊索のまわりに内胚葉細胞塊がついていたが、それがない単独の脊索ができた。また、この細胞接着と選別にかかわる遺伝子として新しく完全型のXAPCがクローニングされ、解析された。 |
(5) | 未分化細胞からの中枢神経形成の制御−頭部構造と胴尾部構造の形成 |
| 未分化細胞を高濃度のアクチビンで処理し、時間差をおいて、未分化細胞でサンドウィッチ法で行うことによって、頭部構造や胴尾部構造の形成も試験管内で行うことが可能になった。このことは上記のように個々の臓器を作ることではなく、部域性をもった体の一部をつくることを意味し、より高次の形態形成を可能にしている。このような方法を用いて頭部形成や胴尾部の中枢神経形成関連遺伝子の探索を行った結果、従来のXHMG-2、GS, ferredoxin reductase like遺伝子の他に様々な新規の遺伝子が12個クローニングされ解析されている。それらはXranやXNLRR-1、XASH-3などである。XNLRR-1は神経に特異的に発現し、Igドメインやフィブロネクチンドメイン、ロイシンリッチリピートなどをもち、神経形成に深く関与していることが示された。 |
(6) | アクチビンの細胞の内外でのシグナル伝達に関する様式 |
| アクチビンをアニマルキャップに与えた時に濃度依存的に様々な器官や組織をつくることは知られているが、今回はその中で細胞外でアクチビン活性を制御していると思われるフォリスタチンと関係のある遺伝子の探索を行って、フォリスタチン関連遺伝子(FRP)の細胞内でアクチビンのタイプIIに結合する遺伝子(XARIP)についてのクローニングと解析を行った。FRPはフォリスタチンと比べて著しくアクチビンとの結合が弱いが、アクチビン処理によってのみ活性化されるのでアクチビンの下流で何らかの役割をもっていると考えられている。一方、XARIPについてはこれはアクチビンタイプIIAに特異的に結合する。このmutant遺伝子を背側にinjectionすると頭部の形成が異常となり小さくなることが分かった。またレセプターのところに働いてアクチビンの活性を阻害するアンチビンもクローニングされた。更にアクチビンの細胞内情報伝達を担う遺伝子としてXSIPの遺伝子をクローニングし、Smad2やFastとのメディエータとなることを初めて明らかにした。
(7)その他、器官形成や初期発生に重要な遺伝子のクローニングと解析
(a) | 初期発生で重要なnodal5,と6の遺伝子のクローニングと解析
独自の方法によって、nodal系では最も初期に発生し、他のnodal遺伝子を制御していると考えられる遺伝子nodal5,と6をクローニングし、解析した。この遺伝子については今、世界から注目されている。(Development.127.2000) |
(b) | 血球分化についてアクチビン、IL-11、SCF、BMP-4、FGFなどの組み合わせにより、いろいろなタイプの血球分化の制御が可能となった。 |
(c) | 新しくビテロゲニン受容体、XFKBP(FK506-binding protein)、XPrx-1(Paired-related hemeobox)など10個の遺伝子がクローニングされ、解析された。 |
(d) | 咽喉、胃、小腸などの消化管の分化を制御するともできた。 |
(e) | Wnt系の細胞内情報伝達に関して、菊池教授らと共同で新しく6つの新規の因子を同定し、シグナル伝達の解明を行った。 |
|