研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
ナノ物質空間の創製と物理・化学修飾による物性制御
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者山中 昭司広島大学大学院 工学研究科 教授
主たる研究参加者名石原 照也理化学研究所 チームリーダー
3.研究内容及び成果
 物性物理学の飛躍的な進展は新物質の発見によりもたらされる。しかし、単に特異的な新物質が合成されるだけでは不十分で、想定し得るパラメーターが連続的に変えられる物質群が用意されることが重要であり、基本的な結晶構造や化学的な環境を変化させることなく、物理量を独立して変化できることが望ましい。例えば、物性制御に必要なキャリアー(電子と正孔)を大量に導入しても結晶構造の骨組みが保持され、イオン化ドナーやアクセプターが不純物散乱体として働かないことが理想である。この様な系の実現にはナノスケールの空間(空隙)を有する物質を探索し、設計・合成することが有効であるという戦略の基に、ナノ空間を有する物質の創製から出発し、結晶構造内部からの化学修飾および物理修飾を通じて、物性制御の可能性を探索した。その成果として、新しい高温超伝導体および興味ある量子効果、超高速スイッチング現象を発見した。 研究チームは化学修飾による物性制御を担当する物質創製グループと光励起を利用し、物理修飾によって物性制御を目指す光物性グループの二つの研究グループから構成される。各グループの研究の概要は次の通りである。
物質創製グループ
物質創製グループでは、興味ある物性を有する物質開発を目的として、ナノ物質空間を有する物質の創製と、インターカレーションによる構造化学修飾を用いて、その物性制御を試みた。主な研究成果は次の通り。
1)シリコンクラスレート化合物の高圧合成と超伝導開発:バリウムを内包するシリコンクラスレート化合物、(Ba, Na)xSi46、が約4 Kの転移温度(Tc)を有する超伝導体であることを発見したことを出発点に、高圧合成により、バリウムだけを内包するシリコンクラスレートBa8Si46(Tc = 8.0 K)の合成に成功した。バリウム内包シリコンクラスレート化合物はSi-sp3ネットワークを有する最初の超伝導体として注目され、物性物理研究者と多くの共同研究が進められた。シリコンクラスレート化合物の合成には、高圧処理がきわめて有効であり、固溶体Ba8TxSi46-x (T = Au, Ag, Cu, Ni; 0 x 6)の合成の他、新規クラスレート化合物Ba24Si100, Ba24Ge100の合成に成功し、構造解析を行った。さらに、ヨウ素を内包するシリコンクラスレート化合物の高圧合成にも、初めて成功した。
2)シリコンクラスレートに関連して、カーボンクラスレート化合物の合成に取り組んだ。カーボンクラスレートは得られていないが、フラーレンC60を高圧で重合させ、アルカリ金属をドープしたC60ポリマーを初めて合成し、物性を測定した。また、新たに、C60単結晶を高圧重合させることにより、C60ポリマー単結晶を初めて合成し、X線による単結晶構造解析に成功した。高分子結晶における結合長、結合角、二次元ポリマー積層の様式を明らかにした。
3)Zintl 相シリサイドのエピタキシャル薄膜の合成と物性: 新しいシリコンナノネットワークの構築を目的に、シリコン基板上にZintl 相ジシリサイドのエピタキシャル成長を試みた。超高真空成膜装置を用いて、CaSi2, SrSi2, BaSi2, LaSi2, CeSi2のエピタキシャル薄膜を合成することに成功し、基板との方位関係を明らかにした。興味深い発見として、基板表面でだけ特異な高圧安定相がエピタキシャル成長することを見出している。
4)電子ドープ窒化物高温超伝導体の開発: 層状窒化物β-MNCl (M = Zr, Hf)の層間にリチウムをインターカレーションすることにより、窒化物層に電子をドープできる。母結晶はバンドギャップ3-4 eVの半導体であるが、インターカレーションにより、ZrNClではTc = 14 K、HfNClではTc = 25.5 Kの超伝導体となることを発見した。層間のリチウムには種々の極性溶媒がコインターカレーションされるため、層間を開いて、超伝導の異方性をさらに増大することができる。NMRおよびミュオンのスピン緩和測定から、この超伝導体の特徴として、(i) 二次元異方性が強いエキゾチック超伝導体、(ii) フェルミ面付近でのキャリヤー密度は〜1021/cm3できわめて低い、(iii) 15N置換による同位体効果が殆ど観察されない、(iv) フォノンによる励起が低いこと、などが明らかになっており、従来のBCS機構では理解できない特異な超伝導体であることを示した。
 β-MNClは物性的に興味ある物質であるが、軟らかい層状物質であることから、単結晶の合成は困難と考えられていた。しかし、塩化アンモニウムをフラックスとして、高圧合成することにより、〜1 mmの単結晶の合成に成功した。β-MNX (M = Zr, Hf; X = Cl, Br, I)全ての組み合わせについて、単結晶を合成し、精密な単結晶X線構造解析を行った。
5)窒化物エピタキシャル膜の合成と物性に関する研究: 層状窒化物における高温超伝導体の発見に関連し、窒化物人工格子薄膜の合成を試みた。窒素ラジカル源を装備した電子ビーム蒸着装置およびレーザーアブレーション蒸着装置を用いている。レーザーアブレーションにより、MgO基板上にTiN薄膜をlayer-by-layerでエピタキシャル成長させることに成功した。Si(100)基板上に、Siとのミスフィットが大きいCrNがエピタキシャル成長することを明らかにした。CrNとNbNの積層膜合成の可能性についても研究を行った。
6)新規ミクロポア多孔体の開発: 半導体特性を有するマンガンチタン酸塩系ミクロポア多孔体の合成に成功し、触媒特性について調べた。リン酸アルミニウムAlPO4ミクロポア多孔体のテンプレートフリー合成、分相ガラスを利用するリン酸アルミニウム系メソポア多孔体の合成にも成功した。
光物性グループ
光物性グループではナノ物質空間における活性中心と制御自由度の空間分離という特徴に注目し、電子状態を制御するナノ構造をもつ半導体の光の存在下における物性変化、および光電場を制御するナノ構造の設計による光応答変化を中心に研究をおこなった。主な成果は以下のとおり。
1)フォトニック結晶スラブの超高速光スイッチ: 無機有機ペロブスカイト半導体(C6H5C2H4NH32PbI4薄膜の励起子が特殊なナノ構造を反映した大きな束縛エネルギーを持つことを利用し、室温および低温における光シュタルク効果を調べた。さらにこの半導体をフォトニック結晶スラブに埋め込んだ系において、導波路モードのするどい吸収線が室温で応答速度200fs以下の超高速光スイッチとして動作することを示した。
2)フォトニック結晶のSHG発生: 反転対称性をもつ物質のみからなる1次元グレーティングポラリトン結晶スラブにおいて、厳密に垂直入射である場合を除いて、透過方向に第二高調波が発生することを実験的に確かめた。1次元グレーティングの代わりに二等辺三角形の2次元配列を用いると、三角形の軸に偏光が直交する場合には、垂直入射であっても第二高調波は発生する。これは導波路内を進行する逆向きの電磁波が等価でなくなり、対称性が破れるためであると考えられる。
3)相関励起子系のボゾン表現と非線形光学応答: 低次元半導体中の「少数励起子系」を、励起子の純ボーズ統計からのずれを「擬ボーズ粒子」として取り込んだ「厳密なボゾン化理論」を用いて考察した。励起子3次非線形性の起源を説明するためにしばしば用いられる現象論的「少数準位モデル」を,我々の励起子ボゾン化法から導き、少数準位モデルの妥当性と適用可能範囲を微視的立場から明らかにした。
4)金属でのフェルミ端特異性とその線形・非線形光学応答: キャリア密度を増加していった場合の光学吸収スペクトルの変化を理論的に扱い、励起子構造からフェルミ端異常のスペクトルのクロスオーバーを調べた。高密度におけるフェルミ端異常が低密度極限におけるトリオン(電子と励起子の束縛状態)の吸収につながることを明らかにした。
5)有限寿命を持つ多粒子系の相分離ダイナミクス: 非平衡状態での相転移を議論するプロトタイプモデルとして,励起子のような寿命を伴う粒子の相分離(スピノーダル分解)ダイナミクスを追跡する理論を構築した。有限の寿命により長波長の揺らぎの増大が抑制され相分離が抑えられることがわかった。
その他、6)励起子超放射の励起子散乱による抑制、7)2次元フォトニック結晶スラブの奇妙なモード、8)GaAs量子井戸のスペクトル分解4光波混合について理論的考察を加えた。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 研究代表者は、新物質創製に豊かな経験と情熱をもって、新材料創製に取り組み、物質創製グループで、リーダーシップを十分に発揮して、次々と新しい物質の発見と合成法を開発したことは、高く評価できる。その中で、新しい物質の発見として、層状結晶β-HfNCl 層間にリチウムをインターカレーションすることにより、Tc = 25.5 Kの高温超伝導体を合成し、これが、従来のBCS機構では理解の難しい新しいエキゾチック超伝導体であることを明らかにしたこと、バリウムを内包するシリコンクラスレートを合成することに成功し、Si-sp3ネットワークを有する超伝導体として最初の発見をしたことなど、新しい超伝導体の可能性を示すものとして意義のある成果である。 また、高温高圧合成法を活用して多様な新規シリコンクラスレート化合物を合成し、また薄膜合成も進め、新しい研究分野としてのシリコンクラスレート化合物のネットワークを構築した意義は大変に大きい。 ただし、金属原子を内包しないシリコンクラスレートSi46の合成については、ワイドバンドギャップの半導体となることが期待でき、薄膜として得られれば、半導体工業に大きいインパクトを与えることができるということで最後まで努力したが、成功には到らなかったのは惜しまれる。本プロジェクトの大きな研究課題の一つであったので、Si46のシリコン基板上へのエピタキシャル成長という夢の実現に向けて引き続きの努力を期待する。 炭素クラスレートの合成を目指す研究テーマにおいても、アルカリ金属をドープしたポリマーの粉体試料が得られ、半導体となることを示したこと、二次元C60ポリマーを単結晶として合成することに成功したことは、最近、新たに注目されてきているC60系の新しい物性と応用への展開に貢献が期待される。 新しい合成法についても、高温高圧合成法、気相合成法、薄膜蒸着法などに、斬新な工夫を取り入れてきたが、特に、塩化アンモニウムをフラックスとする高圧合成法で多様な窒化物の単結晶合成に成功した成果は新鮮であり、今後の種々の窒化物の物質評価に大きな貢献が期待できる。 新規ミクロポア多孔体の開発では、リン酸アルミニウムAlPO4ミクロポア多孔体のテンプレートフリー合成、分相ガラスを利用するリン酸アルミニウム系メソポア多孔体の合成は、燃料電池用の水素吸蔵体などへの具体的展開を期待する。 以上、物質創製グループの成果は、今後に期待のもてる成果がいくつも得られていることで高く評価できる。ただし、酸化物高温超伝導体より高いTcの新超伝導体の創製、シリコンクラスレートSi46のエピタキシャル成長による新しい半導体の創製など、当初期待したホームラン性の成果は今後の課題となっており、引き続きの挑戦を期待する。
 光物性グループについても、個々には興味ある成果が認められる。例えば、フォトニック結晶スラブの超高速光スイッチやフォトニック結晶のSHG発生は、有機ペロブスカイトの自己組織量子井戸構造と人工的な微細加工周期構造とを組み合わせて、新しい光機能を作り出しており、新しい光デバイスへの発展が期待できる。 
 外部発表428件、特許8件となっている。論文は質量ともに十分である。 特許については8件で、出願には積極的に取り組んだ。 研究中盤ごろからは、主要な材料に関しては特許出願申請がなされたと言える。
 受賞は以下の通りである。
応用物理学会講演奨励賞受賞 (1998年9月17日)藤田澄、北林和大、石原照也
分布帰還型微小共振器中の層状ペロブスカイト半導体薄膜におけるポラリトン効果
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 層状結晶β-HfNCl、バリウムを内包するシリコンクラスレートなどの新しい超伝導体の発見は、多くの物性研究者の関心を集め、協同研究が広く進展している。その他の新しい物質群の開発、量子光学機能の発現と現象理解も、現段階では、新しい基礎科学的知見を与えるものとして、評価できる。 新しい産業の創出に直結するような材料の誕生は一朝一夕には出てくるものではないが、本研究チームの新物質創製の成果から、将来に、工業的に重要な新奇材料が生み出される可能性が十分にある。例えば、新しい研究分野としてのシリコンクラスレート化合物の新しい材料学としての展開は、シリコンという極めて工業的に意義の大きい材料による新しいワイドギャップ半導体の提供につながる可能性を秘めており、技術的インパクトとしても大いに期待できる。 テンプレートフリー合成や分相ガラスを利用するリン酸アルミニウム系メソポア多孔体の合成は、燃料電池用の水素吸蔵体などとしての利用に成功すれば、量産性が高く、安価な材料として、工業的価値は高くなるであろう。
4−3.その他の特記事項
 物質創製グループと光物性グループの有機的な連携、協同的成果が生まれなかったことは惜しまれることであった。
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