研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
ナノ構造磁性半導体の巨大磁気光学機能の創出
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者岡 泰夫東北大学多元物質科学研究所 教授
主たる研究参加者名村山 明弘東北大学多元物質科学研究所 助教授
3.研究内容及び成果
 磁性半導体は、磁性イオンを含む混晶半導体である。本研究は、磁性半導体のナノメートル・スケール構造における電子系に対する量子閉じ込め効果と巨大磁気光学特性・機能性を創出することを目的としている。このため、磁性イオンを含む磁性半導体の次元性を十分に制御したナノ構造(量子ドット、量子細線、量子井戸、超格子)を設計・作成し、このナノ構造において発現する巨大磁気光学機能の開拓を行った。物質としては、II-VI族磁性半導体をベースとし、これらの低次元量子構造を設計し、エピタキシー法とリソグラフィー極微細加工により原子レベルで制御された高い結晶性を持つ磁性半導体ナノ構造を作製した。得られた磁性半導体ナノ構造の中で磁性イオンと相互作用をする電子や励起子の超高速スピンダイナミクスと、その結果発現する巨大磁気光学効果を明らかにし、次元性制御によって生じる新しい量子磁気光学機能を開拓した。
 研究体制は、東北大学多元物質科学研究所・岡研究室のメンバーを主体とした「ナノ構造形成グループ」、「ナノ構造評価グループ」により構成された。
1)磁性半導体量子ドットの創製と巨大磁気光学機能の開発
  磁性半導体量子ドットは、0次元電子状態に磁気的な交換相互作用が働く系である。この系では、強い0次元の量子閉じ込め効果による光放射過程の増大が期待でき、ドット内での電子スピンと磁性イオンスピンの相互作用の外部磁場による制御が可能となると考えられる。このため、その磁気光学特性の応用性に興味が持たれる。MBE装置を用いて、自己組織化によりCd1-xMnxSeおよびZn1-xMnxSe量子ドットおよびZn1-xMnxSeマトリクス中のCdSe量子ドットを作製することに成功した。磁場をドット成長方向に印加すると、Cd1-xMnxSe、Zn1-xMnxSe量子ドットでは、発光強度の磁場による顕著な増大現象が見られた。このような磁場による発光強度の増大は、非磁性CdSe量子ドットでは見られず、磁性半導体系量子ドットに特有の現象である。励起子発光の時間変化を測定すると、Cd0.97Mn0.03Se量子ドットでは、無磁場において励起子発光寿命は20 ps程度であり、CdSe量子ドットやCd1-xMnxSe単一量子井戸の励起子発光寿命(200〜700 ps)と比べると非常に短い値になっている。磁場を加えるとCd0.97Mn0.03Se量子ドットの発光寿命は5倍以上増大した。
 Cd0.97Mn0.03Seの直径4-6 nmの(粒径の小さい)量子ドットでは、ドット内における励起子からのオージエ過程によりMnイオンが励起され、Mn発光が観測される。このため励起子寿命は短くなっている。このオージエ過程は磁場により抑制されるため、励起子発光強度の増大と寿命の増加が起きることが明らかになった。Cd1-xMnxSe量子ドットの励起子発光寿命の減少は、ドット界面にMnによる非発光捕獲中心が生じ、ここに励起子が捕獲されることによっても起きる。粒径が、励起子サイズよりも少し大きな量子ドットにおいては、磁場の増加に伴い励起子ボーア半径が収縮し、ドット表面での非発光確率が減少することにより励起子発光寿命は増大する。
2)磁性半導体量子細線の創製と巨大磁気光学機能の開発
  次世代の超高密度集積回路や量子干渉素子の作製には、極めて細い導線を用いる必要がある。すなわち、1次元的な電子状態をもつ量子細線が重要な役割を果たす。磁性半導体量子細線は、電子スピンの1次元特性を反映した電気的・光学的特性を示すことが期待され、新しいスピンエレクトロニクス素材を提供する。本研究では、MBE法と電子ビームリソグラフィー法を用いて、2種類の磁性半導体量子細線を作製した。第1は、MBE法で作製した2次元量子井戸に細線描画を行い、化学エッチングにより量子細線を作製する方法であり、第2は、基板のGaAsにリソグラフィー法によりメサ構造加工を行い、このメサ上にMBE法により磁性半導体層を成長させ、量子細線を形成させる方法である。これらの方法により、Cd1-xMnxSe、Zn1-x-yCdxMnySeなどを用いて、世界的に最も細い20 nmの幅の磁性半導体量子細線の作製に成功した。Cd0.90Mn0.10SeやZn0.69Cd0.23Mn0.08Se量子細線にFaraday 配置で磁場を印加すると、それらの励起子発光は巨大ゼーマンシフトを示し、磁性イオンの影響を強く受けた量子細線励起子の巨大磁気光学特性が発現していることが確認できた。細線幅を20 nmまで狭くすると、量子細線中の励起子は高エネルギーシフトし、またその発光が細線の長さ方向に直線偏光してくることが観測され、1次元量子閉じ込め効果に由来した特長を示す。線幅の減少にともないゼーマンシフト量は減少し、励起子と磁性イオンの交換相互作用が、細線幅に依存していることが測定された。メサ上の量子細線形成では、〔1-10〕方向のGaAsメサ上に、Zn1-xMnxSe量子細線を形成させた。この方法で作製した細線は、化学エッチングによる加工損傷を受けていないため強い励起子発光を示し、高効率発光特性をもつ磁性半導体量子細線が得られた。これらの細線作製技術の開発により、励起子の大きさに迫る磁性半導体量子細線の形成に成功し、1次元巨大磁気光学機能性が確認できた。
3)磁性半導体量子井戸の創製と磁気光学機能性の開発
  磁性半導体2次元量子井戸は、MBE法により構造の精密制御が行える系である。この研究では、CdTe/Cd1-xMnxTe、Cd1-xMnxTe/Cd1-yMgyTe、Zn1-xMnxTe/ZnTeおよびCd1-xMnxSe/Zn1-yCdySe 系の「2重量子井戸」、「スピン分離量子井戸」の系統的な作製を行った。その結果、CdTe/Cd1-xMnxTe 系の2重量子井戸において「励起子スピントンネル」および「励起子スピン輸送・注入」の実現に成功し、そのトンネル過程とスピン注入過程の機構解明を行った。CdTe/Cd1-xMnxTe系の2重量子井戸における励起子スピン輸送・注入では、Cd1-xMnxTe磁性量子井戸で生成されスピン分極した励起子が、CdTe非磁性量子井戸に高いスピン分極を保ったまま注入され、正孔のスピン緩和を経て発光する過程が捕らえられた。
 「スピン分離量子井戸」は、磁性層と非磁性層からなる量子井戸で、外部磁場が印加されると、上向きと下向きの電子スピンの状態が二つの層に別々に分離される系である。この量子井戸では、電子スピン配置の空間的な制御を行うことができる。Cd1-xMnxTe/Cd1-yMgyTe系およびZn1-xMnxTe/ZnTe系スピン量子井戸の作製を行い、その円偏光磁気光学特性を研究した。Cd1-xMnxTe/Cd1-yMgyTe量子井戸は、MnおよびMgの濃度をコントロールすることにより、Cd1-xMnxTe層とCd1-yMgyTe層のエネルギーギャップを同一にすることが可能である。磁場を加えると、Cd1-xMnxTe層の電子・正孔準位が大きなゼーマン分裂を起し、上向きと下向きの電子正孔スピンの状態がCd1-xMnxTe井戸層とCd1-yMgyTe障壁層に空間的に分離されることが円偏光発光スペクトルにより確認された。また、Zn1-xMnxTe/ZnTe量子井戸では、磁場の大きさにより電子正孔の上向きと下向きスピン状態を、Zn1-xMnxTe層とZnTe層で入れ替えることができることを示した。これらの結果は、電子正孔スピンの空間的制御を実現したものである。
 磁性半導体ナノ構造の磁場下の超高速電子現象は、その磁気光学的応用性と密接に関連している。この超高速電子現象を解明するために、磁場の下で磁性半導体ナノ構造を波長可変フェムト秒レーザーパルスで励起し、その後に起きる励起子発光の時間変化を、ストリークカメラを用いて精密に計測する「超高速時間分解発光測定システム」を構築した。このシステムにより、磁性半導体の量子井戸、量子細線、量子ドットからの励起子発光の詳細な研究が可能になった。その結果、量子井戸における励起子の磁気ポーラロン形成、量子井戸揺らぎによる励起子局在過程、LOフォノンを伴った磁気ポーラロン形成などの詳細が明らかになった。また、量子ドットでの磁場による励起子発光寿命の増大、量子細線における励起子発光特性についても、時間分解発光分光の結果より、その原因を明らかにすることができた。発光の時間分解分光よりさらに時間分解能の高い超高速分光として、ポンププローブ過渡吸収分光システムが構築された。この分光では、200 fsの時間分解能の分光測定ができる。これより、磁性半導体量子井戸における熱い電子正孔の緩和、励起子磁気ポーラロンの形成の初期過程、磁性イオンの光による整列などに関するフェムト秒ダイナミクスが新たに解明された。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 本チームは、II-VI化合物半導体に磁性イオンのMnをドープした磁性半導体を用いて、量子井戸、量子細線、量子ドットなどを作製し、このナノ構造の量子効果で発現する新奇な磁気光学特性(巨大磁気光学機能性)を探索することを目標にした。 ナノ構造作製技術の開発から研究を開始したが、MBEによる結晶成長技術、EB露光装置を用いた微細加工技術を工夫して、II-VI化合物半導体系の磁性半導体という困難が予想された材料に対して、構造的にナノレベルで制御されたナノ構造の作製技術を高いレベルで開発したことは評価される。 量子ドットについては自己組織化成長による量子ドットの他にEB露光を用いた直径30nmの量子ドットアレイ作製技術、細線については20nm幅の量子細線作製技術、などは注目される技術である。機能発現についても、量子ドットの励起子発光の磁場による発光強度と、発光寿命の増大、量子細線中の励起子発光の高エネルギーシフト、発光の細線長さ方向への直線偏光、量子井戸における「スピン分離量子井戸」では磁性井戸層から非磁性井戸層への励起子スピンの注入による発光現象の観測など、磁性半導体低次元ナノ構造による興味ある現象を見出し、それらに対する物性的知見を得ている。しかし、量子ドット、量子細線、量子井戸の発現する現象として、研究提案当初、大いに期待していた次元性に依存した著しい磁気光学効果については、現状は、必ずしも、期待通りの結果とは言えない面がある。これは、作製された低次元構造の評価技術が、マクロ的な分光手法によるナノ構造の平均的な物性評価に限られており、個々のナノ構造を直接利用するナノデバイスとしての具体的開発、それに関連したナノ構造物性、乃至はデバイス機能評価に進展していないことにもよるであろう。 しかし、II-VI族の磁性半導体の細線やドットの研究は、世界的には歴史が浅く、この分野の「さきがけ」として、複合ナノ構造作製技術をさらに発展させて、引き続き研究を深めていけば、多様な成果の展開は期待できる。
 外部発表401件、特許2件となっている。特許については、「磁気光学素子」ということで2件出願された。一つは磁場により励起子発光の強度、波長を変調するもの、他は、磁場などの外場によってスピンの空間配置を変換する素子を提供するもので、研究結果に沿った内容になっている。しかし、将来の応用をかなり意識した研究としては、特許の数は少ない。 特に、ナノ構造作製に関する特許出願がなかったのが惜しまれる。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 磁性半導体ナノ構造の研究は、将来の新規なスピントロニクスデバイスへの期待から、最近、主にIII―X磁性半導体を中心に研究が盛んになってきている。 II-VI磁性半導体については、まだ、研究が緒についたばかりである。 本研究で得られた成果が、何か具体的なデバイスに結びつくことは期待できないが、磁性半導体のナノ構造エピタキシー成長技術、リソグラフィー極微細加工による量子ドット、量子細線作製技術、また、超高速レーザー分光による電子スピンのダイナミクスの解明とスピン制御技法など、この分野の「さきがけ」的役割を果たした。
4−3.その他の特記事項
 実質的に研究は1研究室体制で行われており、まとまりはあったが、広がりに不足する面があった。幸い、研究開発に必要な大型装置など研究環境は整備された。この分野の研究の裾野を広げて行くためにも、今後は、外部研究機関との協同研究を積極的に進めて、この分野のパイオニアとしての役割を果たすことを期待する。
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