研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
銅酸化物超伝導体単結晶を用いる超高速集積デバイス
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者山下 努東北大学 未来科学技術共同利用センター 教授
主たる研究参加者
(1)東北大学グループ
 前田 弘東北大学金属材料研究所 教授(平成9年4月〜11年3月)
 岸田 悟鳥取大学工学部 教授(平成10年4月〜13年11月)
 呉 培亨中国南京大学電気科学系 教授(平成11年4月〜13年3月)
 Zheong G.Khimソウル国立大学 教授(平成10年4月〜12年3月)
 Iouri Latychev東北大学未来センター 客員教授(平成11年4月〜13年3月)
 C.K.Ong東北大学電気通信研究所 客員教授(平成12年4月〜13年3月)
 李 厚宗東北大学未来センター 客員教授(平成13年4月〜13年11月)
 佐藤 充典北見工業大学工学部 教授(平成13年4月〜13年11月)
 藤田 敏三広島大学大学院先端物質科学研究科 教授(平成13年4月〜13年11月)
 酒井 滋樹産業技術総合研究所 ラボリーダー(平成13年4月〜13年11月)
 鈴木 光政東北大学情報科学研究所 助教授(平成8年10月〜10年3月)
 中島 健介東北大学電気通信研究所 助教授
 陳 健東北大学電気通信研究所 助教授
 神戸 士郎山形大学工学部 助教授(平成10年4月〜12年3月)
 K.Charソウル国立大学 助教授(平成10年月4〜12年3月)
 王 華兵東北大学電気通信研究所 助教授(平成13年4月〜13年11月)
 S. Chafraniuk東北大学電気通信研究所 外国人研究員(平成9年4月〜12年3月)
(2)山梨大学グループ
 兒嶋 弘直山梨大学工学部 教授(平成9年4月〜10年3月)
 田中 功山梨大学工学部 助教授(平成9年4月〜13年11月)
(3)宇都宮大学グループ
 大矢 銀一郎宇都宮大学工学部 教授(平成10年4月〜13年11月)
 入江 晃宣宇都宮大学工学部 助教授(平成10年4月〜13年11月)
3.研究内容及び成果
 本研究では、銅酸化物高温超伝導体が通常のジョセフソン接合よりも2桁高いプラズマ振動数と、2桁短い磁界侵入長を有することに着目し、この優れた特性を活用した超伝導デバイスの開発を目的とした、銅酸化物超伝導体単結晶を素材に用いて、ゲート長が短く、密度集積化、超高速動作が可能な、低消費電力の電子素子の開発を目指して5年間の研究を行なった。当初の計画にほぼ添って着実に研究を推進し、超伝導デバイス技術の基盤として以下の様な多くの重要な成果を得た。
*[1]サブミクロンサイズの固有ジョセフソン接合プロセスの開発と新電子素子の実現
 高品位の高温超伝導体単結晶の微細加工技術を確立して、1mm2以下の微小なデバイスを作製することに成功した。この結果、サブミクロンの素子で単一超伝導電子トンネル効果が起きることを発見すると共に、固有ジョセフソン効果における量子サイズ干渉効果を初めて観測した。これらの基礎的データを解析した結果、結晶中を運動する磁束量子の速度が5×106m/sという速いものであることを確認し、THZ波帯周波数が発生することを理論的に予測した。以上の結果をまとめると次の様になる。
(1)磁束量子運動を用いる極小サイズ、省電力の単結晶素子で、THZ帯の周波数動作と電子素子の基本特性を実測することに成功した。
(2)積層単結晶構造を用いる単電子トンネル素子は、サブミクロンの大きさで電子1個を出し入れするメモリー素子となりうることを明らかにし、極小消費電力単電子トンネルトランジスターの実現が可能なことを実証した。
(3)省電力THz 帯動作の電子素子と単電子メモリー及びトランジスターを提案した。これは、大規模情報ネットワークに対応する高速コンピューターと新しい量子コンピューティングに必要とされるデバイスである。
*[2]固有ジョセフソン接合の両側加工プロセスの開発
 当研究チームは最近、新しい両側加工プロセスを開発した。このプロセスで作る固有接合の特徴は、
(1)単結晶内部に作られるため、臨界電流(Ic)は均一となり、
(2)二次元集積回路が作製できるためアンテナやrfチョーク回路と共に固有接合が集積できる。
 例えば、接合数が18個の接合にサブミリ波を基板側から照射すると明確なシャピロステップが観測できた。照周波数fFIR=1.6THZに対応するジョセフソン電圧V=Φ0fFIRN=3.4×NmVが発生することを確かめた。ここでNは接合数である。I-V特性には明確なゼロクロスシャピロステップ電圧が見られ、これは固有接合とTHZ波の結合が極めてよいことを示している。この結果は、精密電子計測に必要な量子電圧標装置やTHZ波検出器実現の可能性を示している。
 また、Bi系単結晶を用いて固有ジョセフソン接合アレーを作成した。11000個の接合アレーからなるこのデバイスは、そのI-V特性を測定したところ、鋭い共振特性を示した。この鋭い共振特性は、500GHZ帯のレーザー発振していることを示していることが、検波実験により明らかになった。この高温超伝導体固有接合アレーレーザー技術は、THZ帯連続波レーザー発振し、その出力が約2mW概算される。
 以上の結果をまとめる。単結晶素子を二次元アレーに並べる集積回路プロセスを開発した。テラヘルツ帯のアンテナとチョーク回路のついた10,000個以上単結晶素子アレーが作成され、その結果、テラヘルツ波を高感度に受信できることを確認、直流電流を注入するとテラヘルツ波発光超伝導レーザーとなることが分かった。
1.山梨大学研究グループ
 銅酸化物超伝導体単結晶を用いた超高速集積デバイスを実現するため、本研究では、デバイス特性などの評価やデバイス作製に利用するためのLa214系およびBi2212系酸化物超伝導体の高品位単結晶を育成した。
2.宇都宮大学研究グループ
 Bi2Sr2CaCu2Oy(BSCCO)単結晶を用いて、その固有ジョセフソン接合積層系におけるジョセフソン・ボルテックス・ダイナミックスおよび高周波特性を明らかにするとともに、GHZ ~ THZ帯超高周波(発振、伝送、検出等)デバイスの開発を目指した。
 矩形および円筒形接合におけるボルテックスフローの速度は、4.2Kでは(1−5)×106m/sと見積もられ、同接合における電磁波の最高位相速度にほぼ対応することを定量的に明らかにした。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 本研究による集積デバイスの製造技術開発に創意工夫が見られ、技術的なインパクトは大きい。今後の超伝導デバイス開発の方向を指し示しており、その意義・重要度は高い。得られた成果が触発するデバイス製造技術の発展・浸透によって一層大きな発展がもたらされることを期待できる。本研究はその独創性の点から見ても国際的に極めて高い水準にある。
 開発研究と云う性格ながら、論文発表は国内7件、海外140件に及び、招待講演も国内4件、海外21件に達した。特許出願は国内23件、海外5件でこれから海外出願数が増す。プレス発表1件、新聞報道11件で、5件の受賞を得た。成果を実用に結び付けるべく、ベンチャー企業を2001年6月に設立した。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
当研究チームによる新科学技術への極く具体的な貢献として下記の4点について記す。
(1)単結晶積層構造に由来する新しい超伝導単電子トンネル効果の発見と、これを基礎とする単電子トンネルメモリーおよびトランジスターの実現性を示した。: 微小単結晶で超伝導単電子トンネル素子高温超伝導物質の単結晶を集束イオンビームで加工し、世界で初めて1mm2以下の接合面を持つ単結晶素子を開発した。さらにサブmm2の素子の接合面を通過する電子を一個ずつ制御できる上、実用可能な液体ヘリウム(絶対温度4K=−269℃)温度で作動する単電子対トンネル効果を発見した。
(2)新しい単結晶両面加工プロセスの開発とこれによる超伝導集積回路を作製した。:固有ジョセフソン接合の新しい作成プロセスを開発し、明確なテラヘルツ帯のシャピロステップの観測に成功した。この成果は、テラヘルツ帯超伝導レーザーの可能性に繋がるものである。この開発では、素子となる領域を両側から加工しボウタイ・アンテナとチョークがついた200nm厚の孤立型Bi2Sr2CaCu2O8+x固有ジョセフソン接合を作成している。この新しい加工プロセスは次の利点がある。第1に、接合中の層の数が制御できる。第2に、単結晶の内部を用いた孤立型の接合であるため表面の汚れなどの影響がなく、そのため臨界電流の値が均一である。第3に、アンテナなどと接合の結合が容易で、そのため、高周波電力の出し入れの効率が向上した。
(3)本研究成果の更なる展開として:当研究チームでは、超伝導単結晶の固有ジョセフソン効果を用いた新しい単結晶素子などのデバイスの提案をし、この新しい単結晶エレクトロニクス素子は、従来のジョセフソン接合よりも1/100程度に小型化でき、スイッチ速度も100倍速く、動作周波数は、数THZと期待できることを示した。当研究チームでこのような単結晶素子を作る新しいFIB加工技術を開発し、高温超伝導単結晶を用いて、液体ヘリウム温度(マイナス269度)で作動する単電子トンネル素子を実現した。Bi2Sr2CaCu2O8針状単結晶にFIB(集束イオンビーム)加工を行ない、サブmm単結晶素子を作成し、この素子面積を1mm2程度にすると、電子が1個ずつ通過する超伝導単電子トンネル現象が起こることが明らかになった。さらに、単結晶の積層数を1000位にすると、77Kくらいで動作する超伝導単電子素子が実現できると予想される。半導体デバイスやNb系ジョセフソン素子では到達できない高性能電子デバイスの開発が可能となることが予測される。
(4)研究期間末に、超伝導体単結晶内部から固有ジョセフソン接合を作製する新たな方法である両面加工プロセスを開発した。この新しい方法は通常のフォトリソグラフィ技術に基づいているが、単結晶デバイスの作製に関するブレークスルーであり、様々なデバイスとその集積回路の作製を可能にした。特筆すべきは、開発したプロセスが研究室レベルのものから今後の工業生産段階のものへ容易に移行させ得ることである。実際に150ミクロン×170ミクロンの領域に256個直列接続した積層スタックを作製し、10,000以上もの固有ジョセフソン接合を形成させることに成功した。更にこの開発をもとに、そのテラへルツ応用を多角的に研究した。その例を挙げると、2.5THzまで観測された零交差ステップは、より高温動作が可能な電圧標準器が近々実現可能であることを示す。さらに、10,000もの固有ジョセフソン接合からなる大規模アレーは、コヒーレント放射に基づく連続発振テラヘルツレーザーとして非常に有望である。この成果は高温超伝導単結晶を利用した実用研究成果のうち、近年の最も重要なものの一つと言えよう。産業技術分野、特に情報技術産業上注目すべきものである。
4−3.その他の特記事項
 BiSrCaCuO−2212単結晶の内部から固有ジョセフソン接合を作製する画期的なプロセスを生み出した。このプロセスにより、数個の接合から10,000以上もの接合アレーを作製することができる。シャピロステップは、2.5 THZまで観測され、これらのアレーがテラヘルツ帯のエレクトロニクス応用に対して非常に有用であることを示した。その成果を多数の国際会議で報告し、専門誌Physical Review LettersとApplied Physics Letters に掲載された。同分野の研究者達からは "Ground−breaking!","One of the best results I've heard in recent years.","extremely nice!"等と当研究チームの成果を言い表す絶賛の言葉を浴びた。Supercomもまた結果について報告している。(Vol.10, 2,p.9,2001)。同一チップ上に例え100,000接合でも作製することが可能であり、この数はこれまでの報告に比べて1000倍もの数値である。その出力パワーは従来の値よりも106も高いmWのオーダーになる。それゆえ、本研究が掲げた課題はこの分野では先駆的であり、更なる研究を進めるに値することは疑う余地が無い。
 本研究チームが挙げた成果を中心に据え、超伝導デバイス開発を推進すべく‘International Symposium on Intrinsic Josephson Effects and Plasma Oscillations in High-Tc Superconductors’を仙台に於いて1998年2月および2000年8月に開催し、共に国内外から100名を越す第一線の研究者が集い、活発な発表と討議が行われた。

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