研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
合金クラスター集合体の極限構造・磁性制御
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者隅山 兼治名古屋工業大学工学部 教授
主たる研究参加者前田 弘北見工業大学欧学部 教授
 仁科 雄一郎石巻専修大学理工学部 教授
 鈴木 謙爾財団法人特殊無機材料研究所 所長
 粕谷 厚生東北大学学際科学研究センター 教授
 田路 和幸東北大学大学院工学研究科 教授
 B.Jeyadevan東北大学大学院工学研究科 助教授
 (平成8年10月〜平成13年11月)
 須藤 彰三東北大学大学院理学研究科 助教授
 川添 良幸東北大学金属材料研究所 教授
 小野寺 秀也東北大学金属材料研究所 助教授
 今野 豊彦東北大学金属材料研究所 助教授
 伊藤 文武群馬大学工学部 教授
 池田 進高エネルギー加速器研究機構 教授
 斉藤 建勇株式会社日本ビーテック 代表取締役
 石井 清宇都宮大学工学部 教授
(成9年4月〜平成13年11月)
 西谷 龍介九州工業大学 情報工学科 助教授
(平成9年4月〜平成13年11月)
 日原 岳彦名古屋工業大学工学部 助手
(平成9年4月〜平成13年11月)
 森川 浩志名古屋工業大学工学部 助教授
(平成12年4月〜平成13年11月)
 岩津 文夫名古屋工業大学 講師
(平成12年4月〜平成13年11月)
 大野 かおる横浜国立大学工学部 教授
(平成10年4月〜平成13年11月)
 Yurii Barnakov東北大学学際科学研究センター 客員研究員
(平成10年4月〜平成13年11月)
 Oscar Jane Perales Perez東北大学大学院工学研究科 客員研究員
(平成10年4月〜平成13年11月)
3.研究内容及び成果
 本研究課題の目標は「サイズ特有の高機能性を有するクラスター(部品)を作り集合させる」ことを基本構想とする新しい物質合成にある。その背景として、物質の化学組成、構造、組織、形状をナノサイズ制御することにより、機能性の飛躍的な向上、量子効果などの特異な性質の発現などへの期待が高まってきたことがあり、ナノテクノロジーとして様々な取り組みが始まっている。最も実用性の高いナノサイズ制御法として、バルク物質をエネルギーの高い気相、液相、固相の混合状態から急冷凝縮して均一固溶体を作製後に熱処理し、媒質中に微小クラスターを析出・分散させる方法がある。この方法では、物質釣り合いの制約のため大きな析出物同志は遠く離れて存在し、小さな析出物同志は近隣に存在することになり、サイズと分布状態を独立に制御することが難しい。そこで、MBEなど人工格子を作製する精密成膜法と微細加工・エッチング技術の組合わせによりサブミクロン形状制御材料が合成され、要素の最小サイズや要素間距離は、制御限界(20-30 nm)まで小さくなってきている。また、トンネル電子顕微鏡のチップ先端での電界蒸発や電気化学的反応を利用した原子レベルの堆積制御などが試みられている。それに対して、ナノサイズクラスター(サイズ1−5nm、構成原子数100−10,000個)の集合化は第3の物質合成法と考えられる。
 この発想に関連して我が国では上田良二、久保亮五教授以来、サイズ10nm以上の微粒子の基礎研究や、林主税氏(真空冶金株式会社)をリーダーとした科学技術振興事業団のプロジェクト研究があり基礎、応用両面で広範囲で重厚な研究成果が達成されてきた。一方、ヨーロッパを中心にわが国でも、構成原子数が数10個の自由マイクロクラスターについて、質量分析の手法を用いたマジックナンバーの発見、サイズに依存した電子状態や光学的性質などの基礎研究がなされてきた。しかし、微粒子とマイクロクラスターの狭間の1-5nmオーダー領域に物質の機能発現の最小単位(素機能単位)があること、それに匹敵するサイズのクラスターの構造や性質が特異なサイズ依存性を示すことはある程度理解されていたが、表面に位置する原子の割合が大きく、構造・物性の揺らぎが大きく不安定であるため、殆ど研究がなされていなかった。
 本研究では、サイズの揃った5nmオーダーあるいはそれ以下のクラスターの大量合成、クラスターの安定化、サイズ特有の性質の探索、クラスターを素材とした物質創製・応用を研究課題とした。先ず、不純物の混入の可能性が少ない気相法により、単分散サイズの遷移金属・合金クラスターを生成し集合化させ、構造、磁気的・電気的性質を解明し、微小サイズに起因する磁気モーメントの増強効果や超常磁性の特徴を調べ、磁気記録、電流磁気効果など応用に向けての基礎的知見を得ることを目的に掲げた。また、金属にも増して電子状態、電気的・光学的性質のサイズ依存性が著しい化合物半導体や酸化物クラスターも極めて重要であることから、それらの大量合成に適した溶液法やコロイド法の改良、液体クロマトグラフィーを用いたサイズ選別、電子状態や光学的性質とその応用を研究対象とした。そして、微小で微量のクラスターの構造や機能性を評価するため、放射光X源やパルス中性子源を用いた構造、磁気状態の解析、トンネル顕微分光をベースにした構造、電子状態解析法の開発を掲げた。更に、シミュレーションにより複雑なクラスターの形成過程を解明したり、クラスターの安定性や電子状態、磁性を理論的に解明したり予測することも必要であるとの判断に立った。
 研究チームは、A.金属・合金クラスター、B.半導体・酸化物クラスター、C.理論・シミュレーションの3グループで構成した。本研究を通して、単分散サイズのクラスターが効率よく作製できるようになったこと、特定サイズのクラスターが安定であること、サイズの揃ったクラスター集合体の磁性、電気伝導性、光学特性のサイズ依存性や温度変化などサイズ特有の機能性が明快になり、クラスター集合体の物質科学的基礎と応用への基盤が確立された。特に、II-VI族半導体の複合クラスター集合体は、エネルギー・環境の観点で重要な光触媒化学反応(高効率水素発生)を示し、実用的に有望である。これらの研究成果は著名な国際的学術雑誌に公表するとともに、特許申請も行った。3研究グループ相互間の意思疎通は常に努めるものの、グループとしてそれぞれ大きくまた独立性も或る程度有することから整理の都合上、各グループが挙げた数多い研究成果の概観を以下に区分けして行なうことにする。
A.金属・合金クラスターグループ
 平均サイズd =5−13 nmの範囲で単分散サイズ遷移金属クラスターの気相合成に成功し、ガス中蒸発法で得られる微粒子(d>10nm)とレーザー蒸発法で得られるマイクロクラスター(d<1nm)を橋渡しするサイズのクラスターが堆積可能となった。より小さいクラスター合成に挑戦し、気相中で生成した遷移金属クラスターは、d<5nmの時は基板上で大きくなるがd5nmの時は不変であることを見出した。数10個の原子で構成される遷移金属クラスターにも構造特有のマジックナンバーが存在し、遷移金属酸化物クラスターでは表面に酸素原子が配置した準安定構造が存在することを明らかにした。機能性の観点では、サイズ単分散化により、クラスター集合体の物性のサイズ依存性や遷移温度が明瞭になることが判明した。例えば、室温でのCoクラスターの強磁性/超常磁性転移が約8nmで生じること、気相合成Co/CoOコア・シェルクラスター集合体の電気伝導、磁気緩和現象が高温の熱活性型から低温の量子トンネル型へと明瞭に遷移することを観測した。また、高輝度X線源を用いた磁気円2色性分光の実験により、クラスターのサイズや構造に依存して軌道磁気モーメントが変化することを見出した。
B.半導体・酸化物クラスターグループ
 コロイド溶液中に形成される逆ミセル(微小反応場)を利用してクラスターを大量合成すると共に、液体クロマトグラフ法のカラム剤の選択、展開液やカラムと微粒子の相互作用を調整して、幾何学的、化学的にサイズ選別が可能であることを見出した。また、界面活性剤の種類や量により、粒子のサイズのみならず形状も制御でき、例えば、数nmの球形や棒状のPbI2、PbNO3微粒子の生成が可能である。合成したCdSeクラスターを光照射エッチングすると、光吸収スペクトルのブルーシフトが不連続に起こり、マジックナンバーに相当する構造安定性が存在すること、CeO2クラスターではサイズ減小にともない混合原子価状態が明瞭になることが判明した。特に、コロイド法で作製したZnS/CdS複合クラスター集合体が優れた光触媒特性を有し、光照射により極めて高い水素発生効率を示すことは応用上注目される。実用化に向けたエネルギー変換用ミニプラントの試作・改良を行っている。その他、Si 単結晶上に堆積した炭素クラスターC60が特異な界面反応により良質なSiC膜を形成することを見出し、ナノサイズのクラスターの機能性を評価するためのトンネル発光(円偏光)分光装置を試作した。
C.理論・シミュレーショングループ
 スーパーコンピューターを駆使して、原子・分子(実空間で局在)と巨視的固体(逆格子空間で局在)の狭間に位置するクラスターの構造、物性を理論的に考察する第一原理バンド計算手法を開発し、種々の系に適用した。遷移金属クラスターの最安定構造と全エネルギーを算定し、金属や酸化物自由クラスターのマジックナンバーの存在を検証した。また、単純金属クラスターのイオン化ポテンシャル、電子親和力の実験値の再現を試みた。更に、2次元モンテカルロ直接法により、気相中のクラスター形成過程、基板上での構造緩和過程を動的にシミュレートした。錯綜する原子間の相互作用、原子密度、流速、温度、冷却用ガス圧、成長空間の長さなどの因子が区別でき、形成過程では成長空間の長さの寄与が大きく、堆積過程では、クラスター堆積速度が充填率、薄膜の形状を支配することが明らかになった。その他、3次元人工格子やクラスター集合体の磁気多値記録媒体の可能性について議論した。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
金属・合金クラスターグループ
 (a)プラズマガス中凝縮クラスター堆積装置の設計・試作
平均サイズ3-15nmの範囲で、サイズ分布偏差10%以下のサイズの揃ったクラスターの気相合成が可能なプラズマガス中凝縮クラスター堆積装置を設計・試作し、形成プロセス、生成条件(Arガス圧、Ar流量、成長室温度、スパッタリング電力、成長室容積等)のクラスターサイズ、サイズ分布、生成量に及ぼす影響を明らかにした。
 (b)自由クラスターの基板堆積とサイズ変化
飛行時間型質量分析計を設計・試作し、クラスター生成領域の滞在時間がサイズ制御のカギを握ること、自由クラスターのサイズ約5nmを境に、それ以下のものは基板上で大きくなり、それ以上のものはサイズが保持されることを明らかにした。また、透過電子顕微鏡観察により、室温ではクラスター同士の界面の構造は乱れているが、570 Kにおいてはクラスター界面で活発な表面拡散、表面融解が生じること観測した。
 (c)クラスターの基板上集合過程
クラスターの基板上での連結の様相をパーコレーションとして解析し、幾何学的・電気的連結に比べ磁気的連結が早く達成されることを明らかにした。クラスターの流入密度、基板温度の影響についても検討した
 (d)合金クラスターと非平衡構造
合金化によるクラスターの機能向上を図るため、プラズマガス中凝縮法による合金クラスターの形成能を比べた。クラスターにおいても、バルクの平衡状態図を反映した構造が生成されるが、クラスターでは揺らぎが大きく、不規則相が生成し易い。
 (e)基板坦持クラスターの磁性平均サイズd=6 -15nmのCoクラスターの様々な堆積状態(独立分散、連結、集合)の磁化測定より、室温における超常磁性/強磁性転移がd=8nm付近で生じ、理論的予測とほぼ一致することを明らかにした。
 (f)クラスター集合グラニュラー物質
クラスターと原子状金属を同時堆積できるホロ−カソードターゲットを用いたガスフロースパッタリング装置を開発した。この装置により低磁場での磁気抵抗変化が顕著グラニュラー膜が作製できた。
 (g)Co/CoOコア・シェルクラスター
化学活性なクラスター表面を酸化させ、不働態化することができた。強磁性Coコアと反強磁性CoOシェル界面のスピン間に強い交換相互作用が働き、周知の一方向異方性のみならず一軸異方性が誘起(保磁力が向上)される。このようなCo/CoOコア・シエルクラスターは、低温で2種類のトンネル現象(巨視的量子トンネル型磁気緩和、トンネル伝導におけるクーロンブロッケード効果と大きい磁気抵抗効果)を示す。
 (h)自由クラスターのマジックナンバー
レーザー蒸発クラスター源で発生した遷移金属自由クラスターの質量分析により、原子数7,13,15のマジックナンバーが存在する。更に、金属酸化物クラスターにおいてもM13O8の化学組成比を有するマジックナンバーが観測された。第一原理計算(構造最適化)によれば、D4hの対称性を有する13個のM原子のコア表面の8個の3配位位置にO原子が存在する構造(ステンレスの最小単位)と考えられる。
 (i)放射光源(高輝度X線源)を用いたX線磁気円2色性分光
Coクラスター(d=6-13nm)集合体のX線吸収端付近の微細構造(XAFS、XANES)、X線磁気円2色性(XMCD)の分光測定を行なった。サイズが大きくなるにしたがいfcc構造にhcp構造が共存し、クラスター表面の0.6nm程度は酸化されていること、スピンおよび軌道磁気モーメントが薄膜やバルク状態より小さくなり特に軌道凍結が著しいことを明らかにした。
 (j)極限微小サイズの電界放出型タングステンエミッターの作製
 タングステンチップに高電界を印加した状態で熱処理して、ティップ先端に(111)極の突起形成過程を、電界放射顕微鏡像と局所電流―電圧測定、透過電子顕微鏡および走査電子顕微鏡観察により調べ、ほぼ単原子レベルの曲率半径を有するタングステンエミッターを作製することに成功した。
半導体・酸化物クラスターグループ
 (a)構造に特徴のある安定なクラスターの高効率単離と精製
アーク放電で生成した炭素煤から、高次フラーレンやその二量体の多量抽出、ナノチューブの高純度精製する水熱処理法を独自に開発し、光学測定、走査トンネル顕微鏡(STM)により、構造と物性を解明した。
 (b)単一径炭素ナノチューブの作製と半導体と金属状態の解析
アーク放電法で直径1.1-1.4nmのサイズ単分散ナノチューブを作製し、水熱処理法で高純度精製した。ラマン散乱スペクトルより、振動エネルギーの直径依存性は分散関係がナノチューブの対称性に準拠して折り返されること、金属と半導体ナノチューブを明瞭に同定できることを初めて示した。
 (c)炭素クラスターC60を前駆体とする高品位SiC薄膜の作製
C60前駆体をシリコン表面と反応させ、従来困難であった歪みが極めて少ない単結晶薄膜の低温合成に成功した。機械強度、熱・化学的安定性、熱伝導率、絶縁破壊耐性に優れた高出力、高周波数、高電圧仕様のワイドギャップ半導体素子への応用が期待される。STM観察によりC60の分解、C原子とSi原子の反応素過程を調べ、Si(111)7x7表面では非晶質層が格子歪を緩和し、コヒーレント面がSiCのエピタキシャル成長を促すことを解明した。
 (d)基板坦持クラスターの構造・電子状態の解析手法の開発
STMと高分解能電子エネルギー損失分光(HREELS)を組み合わせた装置により、表面基板に形成されるクラスターの局所構造と電子・振動・結合状態が解析可能となった。本装置により、Si(111)表面に配列した炭素クラスターC84にアルゴンレーザー照射した際のナノ尺度の構造変化、光エレクトロニクス機能が観測できる。
 (e)局所トンネル発光円偏光度分布測定装置の開発(クラスターの物性解析法)
STMを用いた局所トンネル発光による光学測定の方法を開発し、発光のスペクトルの空間分布、磁性薄膜やクラスター(Ni,Co)からの発光の磁気光学効果(磁気円二色性の空間分布)を測定した。来不可能であった液―体固体界面の局所光学特性、磁性クラスター薄膜のナノ尺度磁区構造の解析、原子ステップ構造のスペクトル分解光学像が測定できるナノ尺度局所分光法が確立された。
 (f)界面活性剤を用いたFe3O4 クラスターのナノサイズ選別と磁気特性
多分散粒子に分子の長さが異なる界面活性剤の使用あるいは無極性溶媒中に安定分散した粒子に極性溶媒(アセトン)を添加して界面活性剤層厚、粒子間距離を制御し、ナノ尺度サイズ選別法を確立した。化学的共沈法により作製した粒径40nm以下標準偏差6%のFe3O4 微粒子から、サイズ6nm、標準偏差0.2以下のクラスターが分離できた。小さいクラスターの選別度が増すにしたがい超常磁性の特徴が顕著となる。
 (g)単分散サイズ酸化物ナノクラスターの電荷移動状態に関する新しい知見
界面活性剤あるいは液体クロマトグラフィー法を併用して作製した単分散サイズCe-O、Sn-OクラスターのUV光吸収スペクトルでは、O 2p HOMOバンドからCe 4f LUMOバンドあるいはSn 3d LUMOバンドへの電子遷移が支配的である。X線回折、XPSの測定、点電荷モデル計算より、粒径の減少にともなうブルーシフトの増強は、Oイオン周りで正ポテンシャル、陽イオンの周りで負ポテンシャルが増大し、バンドギャップが増大したことに起因する(直接的な量子サイズ効果でない)。
 (h)層状化合物による円筒状クラスターの作製と物性測定
溶液合成法における層状化合物PbI2やPbSO4の成長を、界面活性剤の添加、配列により制御し、円筒状試料(直径10nm、長さ50nm)が得られた。
 (i)篭状CdSeクラスターの合成と光物性
コロイド溶液法により、逆ミセル中で直径1nm以下のCdSe試料の作成に成功した。光吸収スペクトルは量子閉じ込め効果により短波長側へシフトする。質量分析により短波長側の鋭い吸収ピークはマジックナンバー13、19、33、34であり、CdSeクラスターの基本構造が籠状多面体( (CdSe) 12で1個、(CdSe) 16で3個、(CdSe)28で5個又は6個のCdSe分子を内包)であると推測される。
 (j)半導体クラスター集合体による薄膜光触媒の作成と光反応過程
II-VI 族半導体ZnSやCdSクラスターを電析法でTi 電極の上に薄膜状に堆積させ、(Pt 対向電極として)、ポリ硫化物溶液および酸性溶液中での電気化学的特性、触媒機能の変化を調べた。光照射により試料電極に酸化反応、対向電極で還元反応が生じ、H2SがH2とSに分解する。更に、ストラティファイド構造(粒径が数10 nm 、内壁がZnSで覆われて殻の厚さが約100 nmの中空殻構造)をもつCdSクラスター集合体が、Na2S 溶液中で極めて高効率に水素を発生することが見出した。太陽光に対する水素生成のエネルギー変換効率は10%以上であり、2層の試料は1層の試料に比べて1桁以上効率が向上する。
 (k)水素生成の実用化に向けた反応過程の解析とミニプラント作製
光電気化学反応はH2Sの分解であり、分解エネルギーはH2Oの半分(約 0.5 eV)である。しかし、酸化と還元反応にそれぞれ約0.5eVの活性化エネルギー(過電圧)が必要で、高い反応効率を得るには合計1.5eV、水分解には2.5 eVの光子エネルギーが必要である。太陽光スペクトル分布の中心は約2eVにあり、H2SはH2生成に適している。H2Sの分解効率は溶液のpHによっても改善される。また、硫化物イオンと硫化物半導体との組み合せは、pHが高い場合、腐食反応が硫化物イオンによる逆反応で阻止される点でも優れている。
 (l)硫化水素の分解過程を用いた太陽光による水の水素と酸素への光分解
H2Sの分解反応の逆過程が効率よく進行する第2の触媒があれば、第1の触媒でH2Sを分解してH2を取り出し、残りのSを第2の触媒でH2Oと反応させO2とH2Sが得られる(H2SとSが循環して消費されず、H2Oを原料としてH2とO2が得られる)。太陽光でこの光化学反応を効率よく進行させるナノクラスター集合体光触媒の創製を試み、チタン酸化物等による予備実験の結果から実際に逆反応が進行することが確認している。
理論・シミュレーショングループ
 (a)貴金属マトリックス中のFeナノクラスターの磁性(第一原理計算)
離散変分法により、Cu、Ag等のfccマトリックス中に析出したFeクラスター(原子数n<43:第3隣接まで)の磁性を議論した。Cu中では、n<13で強磁性、n=13で強磁性と反強磁性、n>13では反強磁性が安定であり、Ag中では強磁性のみが安定である。強磁性状態のFe原子磁気モーメントはバルク固体に比べて大きいが、格子定数の大きいAg中ではその特徴がより顕著であることを明らかにし、実験結果を裏付けた。
 (b)金属、酸化物、化合物自由クラスターのマジックナンバー(第一原理計算)
密度汎関数法により、自由クラスターのマジックナンバー、最安定構造を検討した。遷移金属酸化物クラスターにおいては、M9O6(C2v対称)、M13O8(D4h対称)のクラスターが安定であることを示した(実験グループの結果を確認すると共にそれらの磁気特性を予測した)。また、Ti、Cu、GaやAl-Hクラスターのマジックナンバーを議論した。
 (c)GW近似による励起クラスターの評価(第一原理計算)
GW近似計算コードに新しくプラズモンポールモデルをインプリメントして、準粒子エネルギーの絶対値が評価できるようになり、NaやLiクラスターのイオン化ポテンシャル、電子親和力の実験値が再現できた。
 (d)自由クラスターの電子状態と磁気的性質
タイトバインディングLDA+Uモデルにより、広範なクラスターの電子・磁気状態を解析した。Feマイクロクラスターの磁気異方性が計算でき、キュリー温度の計算値と実験値を比較検討した。
 (e)モンテカルロ直接法によるクラスター成長過程
モンテカルロ直接法(ボルツマン方程式の確率解法)により、ガス中のクラスター成長過程を解析した。クラスターの飛行距離、気化金属原子の数密度、外壁温度、不活性原子/金属原子混合比などの因子の中で、クラスターサイズは、飛行距離および混合比と相関性が強く、外壁温度、数密度との相関性は弱い。
 (f)3次元的な人工格子あるいはクラスター集合体の多値記録媒体
3次元的な人工格子やクラスター配置により、超高密度記録が達成可能であることを示した。磁気双極子相互作用を含む古典的ハイゼンベルグ型スピン配列についての非線形方程式に基づきヒステリシスループの解析を行ない、多数のドメインの3次元配列系は2次元より多値ビット数が増し、より高密度になることが示された。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
金属合金クラスターグループ
 (a)単分散サイズのナノクラスターの清浄な気相雰囲気中での生成、飛行時間型質量分析計によるサイズ測定が可能となった。また、基板上で維持できる初期クラスターサイズの下限は約5nmであることが明らかになり、気相合成クラスター集合体の作製基盤を確立した。
 (b)Coクラスターにおける超常磁性/強磁性遷移サイズがほぼ8nmであることが明らかになった。単純にサイズ8nmの強磁性Coクラスターに1個の情報を記録できると仮定すると、現時点での記録密度に比べて2桁増加する。但し、Coクラスターにおいては、軌道磁気モーメントが小さくなる可能性があり、スピン・軌道相互作用を誘起する元素を加えて磁気異方性を増強させねばならない。また、この記録単位を識別するため、新しい技術的ブレークスルーが不可欠である。
 (c)クラスターの機能性を高めるためには合金化が重要であり、2種類のターゲットを独立にスパッタ蒸発させて合金クラスターが生成可能になった。今後、組成、構造制御について技術的な改良開発が必要である。
 (d)本研究で開発したクラスター生成・堆積装置においては、ビーム状クラスターが得られる。基板を移動させて組成や磁気特性の異なる合金クラスターを複合堆積することにより、理論グループが指摘しているような階段状磁化曲線を有する磁気多値記録媒体が実現され、飛躍的に記録密度が向上する。
 (e)コア・シエルクラスターとすることにより不働態化され、クラスターの複合機能化が図れることが示された。より小さなクラスターを適度な温度の基板上に坦持して安定化させることにより、クーロンブロッケード効果に基づく単電子トランジスターの作製、集積演算素子の更なる高密度化、高速化が期待される。
 (f)CVD反応によりカーボンナノコイルを生成する際、遷移金属ナノクラスターを触媒として使用し、収率、キラリティー、サイズ制御が期待される。電磁吸収、水素吸蔵、エネルギー変換等の機能に優れたナノコイルの合成をめざし、共同研究を開始している。
半導体・酸化物クラスターグループプ
 (a)半導体や酸化物クラスターの寸法と形状をナノ尺度で整えて大量合成できる技術を確立した。微粒子は、物質の一形態として基礎、応用の両面において重要であり、その特性の均一化、最適化、集合化が可能となったので、多岐分野に亘り新機能創出の新展開が期待できる。
 (b)II-VI族化合物半導体クラスターの表面化学活性と集合体の電子的光学的機能を巧みに活かし、光電気化学効果によりH2Sを極めて効率よく分解して水素を発生する特性が見出され、大気汚染の環境修復やエネルギー源の獲得への実用化が期待できる。化石燃料から多量に発生する公害物質H2Sを太陽光により清浄なエネルギーに変換する安価な技術として工業的、社会的価値は極めて高い。更に、硫化物の化学変換は地熱、水熱、微生物、有機廃棄物反応においても重要な位置を占め、地球規模による循環過程の解析と技術開発が将来的に必須である。本研究で試験的に成功した硫化水素の分解と生成の光誘起循環反応は水のみを消費する反応サイクルであり、太陽光による水の水素と酸素への分解技術として現実的な新手法を与える。
 (c)直径約1nmの安定なII-VI族化合物(CdSe等)クラスターを大量に合成、単離できる。これまで単離可能なクラスターはC60等カーボン系に限られていた。本研究によって化合物一般に拡張されたことは化学組成の選択肢が飛躍的に増大したことになり、ナノテクノロジーを支える新物質系としての広がりは計り知れない。
 (d)Ce-O等の有用な酸化物クラスターにおいて、ナノ尺度構造に由来する特性の変化を原子レベルで明らかにした。
 (e)材料の機能性の微視的機構を原子レベルで明らかにするために、電子分光、トンネル分光偏光分光、田エネルギー損種津分光等を組み合わせた超高感度複合機能測定装置を開発した。
理論・シミュレーショングループ
 (a)スパーコンピューターをベースにした第1原理計算手法として、分子軌道法とバンド計算法の長所を併せ持つ全電子混合基底法を開発した。その結果、孤立分子も結晶も同じベースで効率良く計算が可能となった。
 (b)第1原理計算が不可能な大きなクラスター、イオン化クラスター、クラスターの磁気異方性などの特長についても、タイトバインディング法の近似精度を高めることにより、実験結果を解釈できるようにした。
 (c)モンテカルロ直接法によりクラスター生成過程をシミュレートして、実験では解析不可能な、様々なパラメーターの個別の寄与を分離して理解が可能となった。
 (d)シミュレーション計算に基づき、人工格子やクラスター集合体制御をベースにした超高密度の3次元構造磁気記録媒体実現の可能性を示した。
 (e)クラスター生成・堆積過程の原子レベルシミュレーションに基づき、最適なクラスター集合体作製条件を見い出すため、研究を展開している。
 以上、クラスター集合体はナノテクノロジーの根幹を支え、材料工学、半導体工学、触媒工学、エネルギー工学、環境工学、医用工学等への具体的な貢献と関連分野への多大な波及効果が見込まれると言える。
以上の事柄が科学技術への貢献として挙げられる。当初の目標であった遷移金属クラスターの巨大磁気モーメント発生機構の解明や特異な磁性発現の探索では左したる成果が挙がっていないが、その反面、半導体クラスターでは光触媒としての機能を発見するなど、始めの計画に無かった方向での成果を挙げる形となった。
4−3.その他の特記事項
 本研究チームで挙げた種々の成果を世に公表し、この分野の興隆を図りクラスター研究の更なる飛躍を期して2001年6月9日〜10日、名古屋工業大学に於いて「クラスター集合体に関する国際シンポジウム」を開催した。外国から10名、国内から3名の招待講演者の他、欧米から更に10名の自費参加者があり、総参加者数約160名を数えて活気に満ちた講演と討議の裡に2日間の国際集会を終えた。

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