研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
低次元異常金属の開発
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者佐藤 正俊名古屋大学大学院 理学研究科 教授
主たる研究参加者水貝 俊治名古屋大学 教授
 加倉井 和久日本原子力研究所 グループリーダー
 黒田 義浩名古屋大学 教授
 鈴村 順三名古屋大学 教授
  (平成11年4月〜13年11月)
3.研究内容及び成果
 本研究課題では銅酸化物高温超伝導体を、強い相互作用を持った(強相関の)低次元の電子系がもたらす典型的異常金属として捉え、まず、その物性および超伝導発現機構に対する理解を深めること、さらにその理解に基づいた多元の遷移金属化合物系探索を行なって、新しい異常金属・異常物性を創出することの2つを当初からの目標とした。研究の遂行には名大グループと東大物性研の加倉井和久教授(現在、日本原子力研究所先端基礎研究センターグループリーダー)とのグループで1つのチームを作って行なった。目標の追求を堅実に実施し、銅酸化物の電子状態と超伝導転移機構に関する統一的描像の確立を始めとして新しい物質や物性の開拓等に関して期待通りの優れた成果を挙げている。それらについて以下に記す。
 
1.高温超伝導体の実験的相図の提出および理論による再現
 高温超伝導銅酸化物のT-δ相図(縦軸温度T、横軸・・(モット絶縁相にドープされた正孔濃度))を提案し、超伝導発現に関する物理描像を明確にした。このために、(1)La214系やY123系など多くの銅酸化物を用いた多種多様な研究、(2)低次元スピンギャップ系CaV4O9やCuNb2O6の発見および物理研究、(3)パイロクロア化合物R2-xBixRu2O7やR2-xCaxRu2O7(R=Y, Sm等)の開発的研究等がなされた。さらに、d-pモデルのバンド的描像で、その相図が再現された。これは、反強磁性相関と擬ギャップ形成とが銅酸化物の高温超伝導を含めた異常物性の出現に最も本質的であることを示すものである。また、強相関電子系の記述に大きな基盤をあたえた。
2.“ストライプ”の超伝導発現に対する役割研究
 La214系に見られる“ストライプ”秩序もしくはそのゆらぎが、Y123系やBi2212系でも超伝導や低エネルギー物性に顔を出してくるかどうかを、Tc-・・曲線決定、輸送特性やNMR測定、中性子散乱等を手段に調べた。その結果は、“ストライプ”秩序もしくはそのゆらぎの効果の存在に対して否定的である。
 Y123系の磁気励起に現れるincommensurate peakやresonance peakも動的な“ストライプ”秩序の存在の実験的証拠としてよく議論され、高温超伝導を発現させるもののように言う向きもあるが、じつは“ストライプ“とは直接関係のない描像を用いて自然な説明が可能なことなど、重要な多くの発表を行なった。
3.高温超伝導体のラマン散乱
 Y123、La214、Bi2201, さらにはBi2212系の電子励起、磁気励起、格子振動の総合的理解を得る目的にラマン散乱の研究を行い、超伝導ギャップのコヒーレントピークの対称性のキャリアー濃度依存性に興味ある振舞いを見出している。
4.物質および物性開拓
(1)低次元量子スピン系、スピンギャップ系等:CaV4O9,AV2O5 (A=Na, Li、Mg)、AV3O7 (A=Sr, Ca)、ACuCl3 (A=K, Tl)、Na0.33V2O5、SrCu2(BO3)2、Sr14-x-yCaxYyCu24O41、LaCuO2.5、CuNb2O6、[N(CH3)4]V3O7、(en)2ZnV6O14 (en=エチレンジアミン)、(C6H14N2)V6O14・H2O、etc.
(2)低次元のモット金属・絶縁体転移系等:La1+α-xSrxMS3+α(M=遷移金属元素)、BaCo1-xNixS2、Rb2M3S4(M=Ni,Pd)、La3Ni2O7-δ、La4Co3O10+δ、Tl(La2Sr2)Ni2O9
(3)フラストレーションによる磁気揺らぎを持つ系:R2-xCaxRu2O7やR2-xBixRu2O7 (R=Yおよび稀土類元素)、Ho2Ti2O7、Tb2Ti2O7、R2GaSbO7 (R=稀土類元素)、etc.
(4)スピンカイラル秩序による(?)特異な異常ホール効果をもつ系:Nd2Mo2O7、Cr3Te4、CuCr2S4, Cu1-xZnxCr2Se4、SrFe1-xCoxO3-δ
上記の項目に名前が現れなかったいくつかの物質について以下に触れる。
BaCo1-xNixS2が濃度xの変化または外部圧力p印加のどちらの手段でも絶縁体―金属転移を誘起できる系であることを発見しこの系の温度(T)-x-p相図を詳しく決め、転移近傍での異常物性を明らかにした。とくに、抵抗の極めて巨大な圧力効果を発見し、その振舞を詳しく発表した。
銅酸化物の高いTcの直接要因はCu-Cu間の交換相互作用が大きいことであるが上記のVO51次元鎖をもつ[N(CH3)4]V3O7、(en)2ZnV6O14、(C6H14N2)V6O14・H2Oはそれと匹敵する大きな交換相互作用をもつことがわかった。
パイロクロア型Nd2Mo2O7の異常ホール効果が従来の考えの枠内にないことを発見した。また、それを発端としたスピンカイラリティχ(χは3個のスピンS1,S2,S3に対して、χ=S1・(S2xS3)と定義され、3個のスピンが張る立体角に比例する)と異常ホール効果の関係の追究を行い、Cr3Te4、CuCr2S4, Cu1-xZnxCr2Se4等にスピンカイラリティχからの異常ホール効果への寄与の可能性を見出している。
スピンギャップをもつ量子スピン系のCaV4O9、CuNb2O6の発見のほかにも、NaV2O5、SrCu2(BO3)2、ACuCl3 (A=K, Tl)、LaCuO2.5、Sr14-x-yCaxYyCu24O41等多くのスピンギャップ研究を中性子散乱やラマン散乱を手段に行い、スピン一重項形成のメカニズムを解明した。
5.理論的研究
 1.に記述した研究以外にも、低次元有機導体における秩序状態と揺らぎの性質に関する理論的研究、特に閉じ込め、非閉じ込めの理論、SDWの理論、さらには不純物アンダーソンモデルや格子アンダーソンモデルの理論的研究などで多くの成果を挙げた。
6.機器開発
 中性子散乱機器の開発の面では、縦と横にベントしたアナライザーの開発により、従来のものの4.5倍の中性子強度を得ることができた。熱中性子用高次フィルター速度選別機をドイツのDornier社と設計、設置して性能を評価した。さらに、大型単結晶の準備を簡便化する高エネルギーX線装置を設計、設置した。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 高温超伝導の発現機構を知り、さらにその強相関電子系が示す物性の根本的理解に至ることを第一の目標とした。第二はそれと同時進行の形で銅酸化物系以外の新規物質を提出して行くことにあった。ここでは、必ずしも多くの者が集まる陽のあたるところで研究することではなく、むしろ、大切と思われるところを辛抱強くやるという気持ちが強かった。
 まず、銅酸化物の相図の提出し、さらに、そこに流れる核心の物理描像を多くの実験結果を添えて根気よく主張したが、これは、高温超伝導の発現機構の理解に影響力を持った。今日では多くの人が当研究チームを引用せずともこの相図を使っている。
 また、d-pモデルの1/N展開という理論を使い、上記の物理描像に沿った形で相図を再現させた。これは、フェルミ液体論に基づいた理論とそれに対立する非フェルミ液体論に基づいた理論との2つの流れを統一するかのような成果である。高温超伝導研究においては、いまだ多くの未解決な問題があるとして活発な研究が続いているが、当研究チームの成果により重要部分の決着はほぼ付いたとの観がある。今後、強相関電子系を理解する上での長期的で確固とした基盤を与えるものになると期待される。
 物質開発の面で言えば、3.にリストした物質は、すぐに応用を目指すものよりも長期的に見て学問的興味をもたせるものが多い。ただ、BaCo1-xNixS2の電気抵抗の大きな圧力依存性に関する詳しいデータは、応用にも供せるものに見える。
 CaV4O9に関する研究はこのプロジェクトが始まったころ、ほぼ完成しつつあったが、ここではplaquette singletをベースにした2次元RVB状態を示す初の物質として、今後も忘れられずにとりあげられることになろう。VO5ピラミッドの1次元鎖を持つ物質系は底面のedgeを共有して連なる場合、V-V間の交換相互作用が銅酸化物内のCu-Cu間のそれと同じほど大きいことが知れたが、これは高温超伝導の転移温度を上げるひとつの因子であることを考えれば、記憶しておくべきことに見える。
 いわゆるgeometrical frustrationのある系のパイロクロア型やスピネル型化合物でも、いくつかの進展があった。Ho2Ti2O7のスピン系に見られるフラストレーションの問題は、古くから知られた氷のプロトンの位置に関するフラストレーションの問題と等価なので、このような系をスピンアイスと呼ぶが、本実験でなされたスピン系の低温での短距離秩序形成に関する観測結果は、物質の基底状態に関する問題を深く理解するきっかけと方向性を与えよう。
 金属的強磁性相を持つパイロクロア型およびスピネル型化合物の特異な異常ホール効果の発見に対して、スピンカイラリティの秩序が関与する可能性が指摘されて注目を集めた。最初に注目されたNd2Mo2O7では、必ずしもその指摘が当てはまらないことを詳しい実験で示したが、その後、複数のスピネル型化合物の実験的研究を通してその可能性を指摘した。これはスピンカイラリティという新しい物理量が輸送特性のような基本量に入り込んでくることを示し今後の研究の展開を期待させるものである。
 以上の例のように、当研究チームは基礎的物性分野に長期的な観点に立ち、新たな概念と情報をもたらす役割を果たした。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 当研究チームは銅酸化物高温超伝導の発現機構の理解や、強相関電子系の記述の基盤を作ることを主たる目的としていることから、物質・物性の開拓も強相関電子系に対する新しい概念形成のためのものにウエイトが自然に置かれている。それ故、技術面ですぐに応用に役立たせ得るという物質はないが、これまで調べられた系の情報が将来、役立つものになり得る例として、BaCo1-xNixS2の電気抵抗の巨大圧力効果に関する多くの詳しい情報、パイロクロア型やスピネル型の強磁性金属に見られる特異な異常ホール効果とそれに関する種々の知見が挙げられる。しかし本研究の目的と成果の真価は、即応用と云うよりは寧ろ異常な電子的振る舞いを示す物質群の物性の真相解明にある。高温超伝導体に見られる擬ギャップ現象、“ストライプ”秩序、等多くの新規現象の研究を通して示した固体物性の総合的理解に見られる様に、今後この物質系の超伝導転移温度や超伝導特性に関しての出来るだけ幅広く深い基本的情報を提供しており、固体物理の基礎並びに応用の分野に将来的に大きな利益をもたらすことと予想される。
4−3.その他の特記事項
 本研究チームでは挙げた幾多の優れた成果の殆どを外国ではなくて国内の専門誌上に発表して来た。それには「国民からの期待を背負い、資金を預かって研究するからには国内専門誌になるべく投稿してその国際的価値・評価を高めて行く義務が当然伴う」との研究代表者の信念があり、成果の流布に不利であることを重々承知の上で貫いて来た。その姿勢を批判する向きも有るが、やはり真摯な姿勢は高く評価すべきであろう。真理を究めた研究の価値は減じること無くて、少々遅れてでもやがては必ず海外の専門家の目に留まり、本研究チームの業績並びに日本発行の国際誌の重要性を認識させることになろう。
 猶、2000年1月24日〜26日に本研究のCREST成果を基にCREST International Workshop― PseudoGap, Spin Gap and Anomalous Metals― を名古屋大学で開催した。海外6名、国内16名の招待講演と70のポスター発表がなされ、参加者は100名を超えた。

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