研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
準結晶の創製とその物性
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者蔡 安邦物質・材料研究機構 材料研究所 チームリーダー
主たる研究参加者山本 昭二物質・材料研究機構 主任研究官
 竹内 伸東京理科大学 教授
 柴田 薫東北大学金属材料研究所 助手 (平成9年4月-平成11年3月)
 青木 清北見工業大学 教授 (平成10年4月-平成13年11月)
3.研究内容及び成果
 本研究の究極の目的は、結晶でもなく非晶質でもない第3の物質群としての準結晶の本質を解明し、その物性の特徴を明らかにするとともに、更には実用材料としての可能性を見極めることにある。この目的を達成すべく、新準結晶合金の開発を行うとともに、良質大型の種々の単準結晶を育成した。それら新準結晶および単準結晶を用いて構造解析、電子物性、原子振動等の研究を行い、諸物性に関して得られた結果を集約して総合的に解明することに努めてきた。当研究チームは新準結晶の創製を中心として構造、物性、材料開発の研究を展開し、チームメンバーがそれぞれ独自の研究を行いつつ、グループ同士が連携して進めてきた。
 以下、物質創製・育成、構造解析、物性解明の3課題について研究実施内容および主要成果を纏める。
 
1)物質創製・育成
 物質創製では新しい準結晶の開発、および既知の安定準結晶の良質大型単準結晶育成を行なった。
 (a)新しい準結晶の開発で挙げた成果は本研究課題最大の収穫である。Cd-Yb系とCd-Ca系の2元安定準結晶をはじめCd-Mg-RE系など新しい3元系の安定準結晶を開発し世界の注目を集めた(Physics Today 2001年2月号)。5年間の本研究で見出した安定準結晶の数は実に20個にのぼり、既知の準結晶より多いことは特筆に値する。これら新物質の開発によって世界の準結晶研究促進に拍車が掛かることになろう。
 2元系準結晶は従来の3元系準結晶と異なるクラスターから構成されており、準結晶の基本構造に関する探究に大きな一石を投じることになった。またCd-Yb系およびCd-Ca系のCdを、周期律表上Cdを挟むInとAgで置換することによって、新たな準結晶In-Ag-Yb系およびIn-Ag-Ca系を発見した。これは準結晶が普遍的な電子化合物の一種であるということの検証となった。3元系のCd-Mg-RE、Zn-Mg-Sc、Zn-Mg-Ti系でも新しい型の安定な準結晶が見付かった。Cd-Mg-REでは種々の希土類金属を第3元素に持つことから、磁性等に関わる興味深い物性の出現が期待される。
 (b)既知の単準結晶の育成ではAl-Ni-Co正10角形(2次元)準結晶およびZn-Mg-RE正20面(3次元)体準結晶でcmオーダーの良質単準結晶を得、Al-Cu-Co、Al-Cu-FeおよびAl-Pd-Reでも 5mm前後の単準結晶を得て、良質大型の単準結晶育成技術を確立した。これらは構造解析と物性測定に充分な大きさである。
 (c)種々の単準結晶育成を行なう前にその安定性を確かめるべく金相学的研究を綿密に行ない、各系の状態図を作成した。
 (d)準結晶表面を基板にして元素を蒸着させエピタクシャル成長させることにより、その元素としては新しい構造を有する膜状物質を創製することに成功した。(e)Al-Cu-Fe準結晶がメタノールの水蒸気改質反応に極めて高い触媒活性を示すことを見出した。工業的に応用できる可能性がある。
 
2)構造解析
 準結晶の構造は極めて複雑なクラスターから構成されるので、X線回折のみでは構造解析は困難で、電子顕微鏡による局所構造の情報も必要となることから、本研究チームは両方法を駆使した。準結晶専用の装置の開発と解析プログラムの作成を行ない、それらを適用して準結晶の構造解明に取り組んだ。則ち(a)準結晶用のイメージングプレートワイセンベルグカメラを作製し、その回折データを迅速に収集するソフトウエアーシステムを開発した。この解析システムを用いてAl-Pd-Mn正20面体準結晶の構造を明らかにした。(b)高角度環状暗視野法をAl-Ni-Co準結晶解明に適用した。この方法では比較的重い原子のコントラストが強調されてNiあるいはCoが鮮明に観察される。これにより局所的構造が決定された。この例では準結晶を構成するクラスター内部の対称性が準結晶としての対称性と異なるという意外な事実を見出し、準結晶構造の解明・解釈に新たな展開をもたらした。(c)Zn-Mg-Ho正20面体準結晶には、大きな原子クラスターをもった近似結晶(クラスターの構造では準結晶と同様であるが、クラスター自身の配置は周期的になっている結晶)が無いため、従来の構造解析法を用いることができない。そこで低密度消去法を準結晶に初めて適用した。Hoは原子番号が大きいことから、準結晶構造中のHoの占有位置が何等仮定を用いることなく決定された。このHo原子位置はその後行なった中性子磁気散漫散乱実験の結果と矛盾しない。この様に新旧種々の解析手法を駆使してAl-Pd-Mn、Al-Ni-Co準結晶の構造をR因子10%以下の精度で決定し、Zn-Mg-Ho準結晶中のHo原子位置を決定した。Zn-Mg-Ho、Cd-Yb、Zn-Mg-Sc準結晶の構造解析も近々行う予定である。
 
3)物性解明
 準結晶の物性では電子物性、磁性および力学的性質について調べた。(a)電子物性では一連のAl-Pd-TM(遷移金属)の準結晶および近似結晶の電子輸送現象を明らかにした。準結晶の中で最大の抵抗値を示すAl-Pd-Re単準結晶についてはその電子輸送挙動を調べ、低温において絶縁体−金属転移が観測されないことからモット転移では説明できないことが分かった。特に注目すべきことは最近発見されたCd系2元準結晶と近似結晶に関する電子物性である。これらの準結晶は抵抗値が小さく、その温度依存性は正で、電子比熱係数が大きく、デバイ温度が低い。これらはこれまで考えられて来た準結晶の電子輸送機構では説明できない結果であり、新しい理論の出現が待たれる。高分解能光電子分光実験並びに近似結晶によるバンド計算の結果では、電子状態密度分布のフェルミレベル近傍に擬ギャップが現れる。擬ギャップはp、d電子の混成によって形成され、準結晶の安定性に強く寄与することと考えられる。(b)準結晶の磁気的性質については磁性を有するHoを含むZn-Mg-Ho 正20体単準結晶に焦点を当てて中性子磁気散乱実験を行ない、この準結晶では長距離秩序の磁気相関が存在せず、約1nmの短距離秩序が存在することを観測した。この磁気秩序は準結晶の対称性を反映しており、計算では高次元格子のHo原子サイトにスピンを置くことによって実験の結果をよく再現できた。更にこの合金に中性子非弾性散乱を行なって低エネルギー励起を観測しており、準結晶の磁気ボゾンピークの可能性が期待され注目されている。(c)力学的性質に関しては、準結晶中の転位の挙動を実験とシミュレーションの両方から調べ、準結晶は融点近傍でも極めて高い破壊応力値を示すことを発見した。原子移動に関して理論的に予測されていた Phasonダイナミックス現象が高温高分解能電子顕微鏡によって観測された。Phasonダイナミックスとは特定の原子が2つの位置を可逆的に行き来するという現象で、直接観察により証明されたことは注目を集め、専門誌にも取り上げられた(Physical Review Focus,15 August,2000)。Al-Ni-Coの単準結晶で中性子散乱実験を行なった。この結晶は原子配置に周期方向と準周期方向を有するが、この2つの方向では意外にも理論的予測と異なって、原子振動モードに違いは殆ど無いことが明らかになった。
 以上に述べた様に、当研究チームは代表者の優れたリーダーシップの下に体制が適切に機能し、サブグループはそれぞれ明確な役割を担ってそれを果たした。新物質、特にCd-Yb 2元系準結晶を発見し、良質な単準結晶の育成、新しい構造解手法の開発と構造決定、単準結晶を用いた磁気構造や電気伝導性の解明がかなり進んだ。これらは当初の構想に基づいて実施され、十分の成果を得た。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 単準結晶作成の成功によって「準結晶の物理」が可能になったことは高く評価される。並進対称性を持たない準結晶に特有な物性の発見に関しては不満足感が残り、今後の展開に期待したい。
 新物質に広がりが見られ、準結晶の物性についてかなり解明が進み、計画通りに成果を得ている。残念ながら新材料となるような特性が見付かっていない。今のところ新材料になるような特性は発見されていないが、準結晶について多くの知見が得られているので新展開が期待できる。新物質の探索、単準結晶の育成、構造解析、物性の解明など総合的な成果として水準は高い。
 Cd系を始めとする新しい準結晶の発見は準結晶研究分野全体に新たな活気をもたらした。準結晶の構造、凝縮機構、安定性、状態図、物性等に関する概念構成に新しい大きなインパクトを与えた。論文による成果発表直後にCHEMICAL & ENGINEERING NEWS 誌上(DECEMBER 4 (2000)p.14)や2000年のMRS秋期大会で傑出した論文として挙げられ、Physics Today 2001年2月号にも取り上げられた。
 本研究において初めて準結晶の原子位置を、3次元的周期性を有する結晶の構造解析と同程度の精度で決定できて、それに基づいて種々の構造モデルを提出した。これらの構造モデルは物性解析および理論計算の基礎となるものとして注目されている。
 準結晶構造決定のための高分解能電子顕微鏡観察においては、高角度環状暗視野法と呼ぶ新しい方法を適用してその有用性を実証し、電子顕微鏡の応用技法の分野に大きな衝撃を与えた。また理論的に予測されていたPhason ダイナミックスの可逆的現象を高温高分解能電子顕微鏡観察で観測して注目を集め、その詳細は専門誌のPhysical Review Focus(15 August, 2000)とScience (289, (2000)1451)に紹介された。
 Zn-Mg-Ho 正20体単準結晶を用いて行なった中性子磁気散乱実験では、長距離秩序の磁気相関が存在せず、約1nmの短距離秩序が存在することを観測した。これは中性子散乱による準結晶磁性研究の初めての成果で、その反響は大きかった。また撮影した中性子回折パターンは非常に綺麗であることから、中性子研究会の年刊誌(1999年)の表紙を飾った。
 準結晶が持つ優れた触媒活性の発見は、2000年MRS秋期大会のシンポジウでも注目論文として紹介された。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 物質科学の分野では試料が最も重要な鍵を握る。その点、2種の新しい2元合金および20種に及ぶ3元合金の発見は準結晶研究の進展に大きな影響を及ぼすことが予想される。特に、2元準結晶は3元よりも原子結合上単純であることから、準結晶物質の凝縮機構と物性の解明に有用と思われる。Cd系2元準結晶の発見に伴ってIn-Ag系、Zn-Mg-Sc, Zn-Mg-Tiなど同じ系列の準結晶が次々と発見されており、更にはCu系の準結晶の発見にも及んで準結晶の研究領域が拡がる勢いである。
 準結晶の構造解析ではワイセンベルグカメラ自動測定装置の作製および解析法の開発、新しい電子顕微鏡応用技術の適用等はいずれも本研究による初の試みであり、また高次元投影法を用いた構造解析法は数学と物理に跨る新しい基礎科学的な手法である。これらの新手法は準結晶のみならず他の物質研究にも今後適用される可能性が有る。
 準結晶表面を基板としてのエピタキシー成長は新物質創製の新しい方法として学問的に興味深いが、準結晶構造に由来する新規の量子ドットの開発にも繋がる可能性が有る。また準結晶はメタノールの水蒸気改質反応に高い触媒活性を示すことから、燃料電池などへの応用が期待される。
 並進対称性を持たない準結晶に特有な物性の発見に関しては不満足感が残り、今後の展開に期待したい。
 新物質に広がりが見られ、準結晶の物性についてかなり解明が進み、計画通りに成果を得ている。残念ながら新材料となるような特性が見付かっていない。今のところ新材料になるような特性は発見されていないが、準結晶について多くの知見が得られているので新展開が期待できる。新物質の探索、単準結晶の育成、構造解析、物性の解明など総合的な成果として水準は高い。
4−3.その他の特記事項
 蔡氏は準結晶研究に於ける世界的な第一人者で、新準結晶物質の創製、良質大型単準結晶の作製、準結晶物質の原子配列構造、物性、触媒性等の研究で多数の優れた成果を挙げ、その名が広く知られている。その中でも特に新しい準結晶物質の創製に於いては20種に及び、3元系のIn-Ag-Yb、In-Ag-Ca、Zn-Mg-Sc、Zn-Mg-Ti20等の創製、更には'準結晶物質は3元系以上に限られる'との世界の常識を打ち破る2元系のCd-Yb、Cd-Caの創製は世界の準結晶研究者の目を瞠らせ、イギリスの専門誌 nature にも取り上げられた。
 当該研究チームが新準結晶物質の創製、良質大型単準結晶の育成、準結晶の構造、物理・化学的性質の研究で挙げた成果は世界に於ける準結晶研究の幅を大きく拡げるとともに活発にした。当研究チームの成果発表を核として2001年9月に仙台で準結晶の国際会議を開催した。会議は非常な成功を収め、各国から参加した100人を超える一線の研究者から賞賛を浴びた。折しもニューヨークでの同時多発テロの直後であり、7月の応募締切時に登録した外国からの参加希望者60余名のうちには危険回避のため取り止める人々も或る程度現れることと見られていた。ところが予想に反してアメリカからの登録者を含め全員が来日して主催者側を驚かせたが、準結晶分野に於ける世界最重要会議なればこそ危険を賭しての参加は当然の事で有った。
 当研究チームの成功並びに国際会議の成功の裏には若手の人々の活躍があった。若手の育成に極めて優れていることも蔡研究チームの大きな特色で、それぞれが責任と自覚、活気を持って研究に日々励んでいる姿が印象的であった。

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