研究代表者 | 遠藤 将一 | 大阪大学 極限科学研究センター 教授 |
主たる研究参加者 | 天谷 喜一 | 大阪大学 基礎工学部 教授 |
那須 三郎 | 大阪大学 基礎工学部 教授 | |
鈴木 直 | 大阪大学 基礎工学部 教授 (平成9年4月〜13年11月) | |
金道 浩一 | 大阪大学 極限科学研究センター 助教授 | |
小林 達生 | 大阪大学 極限科学研究センター 助教授 | |
小林 融弘 | 大阪大学 基礎工学部 助教授 (平成9年4月〜13年11月) | |
宮城 宏 | 大阪大学 基礎工学部 助教授 (平成9年4月〜13年11月) | |
石塚 守 | 大阪大学 極限科学研究センター 助手 | |
清水 克哉 | 大阪大学 基礎工学部 助手 | |
長柄 一誠 | 大阪大学 基礎工学部 助手 (平成9年4月〜13年11月) | |
美田 佳三 | 大阪大学 基礎工学部 助手 | |
M.I.Eremet | 大阪大学 客員教授、CREST研究員 (平成8年10月〜10年3月) |
極限環境を生成しその条件下で研究を行なうことは自然を深く理解する上で必要不可欠である。超高圧、超強磁場、極低温等の極限生成技術並びに測定技術の開発はそれぞれ単独で行われることが多いが、本研究課題ではこれら圧力、磁場、低温の3つの極限条件を複合化することにより、多様な物性研究を展開し、物質の本性を多元的に追求することを目的とした。その為、それぞれ異なる極限研究分野に属する第一人者が結集し、CREST雇用の研究員、招聘外国人研究者を加えて、複合極限環境の生成および測定新技術を開発して実験を行なうとともに、諸現象の理論的裏付けや予測を行ない、複合極限環境下の物性研究にメンバーが一丸となって当たった。その結果、世界最高レベルの複合極限生成技術を獲得し、それを用いて種々の物質について超伝導、磁性、誘電性等の研究を行い、鉄や固体酸素の超伝導を発見するなど、多くの新現象を発見している。当研究チームが得た成果のうちの主なものを取り上げて以下に記す。 |
1)極低温・超高圧複合極限の生成: |
3He/4He希釈冷凍機と超高圧発生用ダイヤモンドアンビルセル(DAC)を組み合わせることで30mK・100GPa(1GPa≒1万気圧)級の複合極限環境の生成に成功した。その下での高感度電気・磁気測定技術の開発に成功した。 |
2)パルスマグネットの開発とそれを用いた複合極限条件下の物性研究: |
強磁場下で物性研究のできる非破壊パルスマグネットの開発を行った。最も成功を収めたのは、銅銀合金線で作ったコイル部分をマルエージング鋼で補強する方法である。マグネットの内径は10mmで、内側から1層、3層、5層そして9層の各コイル間に補強材を入れた18層マグネットが発生した80.8Tは世界記録である。このマグネットを用いて極低温下および高圧下での強磁場磁化測定が可能となった。(i)60mKで60Tまで、ヘリウム温度で70Tまでの測定が可能となった。一次元ハイゼンベルグ型反強磁性体においてそのスピンが1である時に現れる非磁性基底状態の解明とそのエネルギーギャップの振る舞いを明らかにした。(ii)1GPaの圧力下で60Tまでの測定が可能となった。強相関伝導電子系物質において磁場中で観測される相転移現象に対する圧力と磁場の相関を明らかにした。 |
3)超高圧・パルス強磁場下の磁化測定: |
パルス磁場による渦電流の影響(発熱や磁気シグナルの擾乱)を避けるため、絶縁体をガスケットに用いるDACと非破壊パルスマグネットを組み合わせた新しいシステムを開発し、FePtインバー合金について低温、4GPa付近で強磁性状態から別の磁気状態への転移を観測した。 |
4)超高圧・低温下の精密磁化測定: |
超高圧下での高感度かつ高精度な磁化測定を行うためにSQUID振動コイル型磁束計を開発し、超伝導や強磁性転移のみならず反強磁性転移の観測も可能にした。圧力に関しては最高218 GPa を達成し、測定温度範囲は1.4 K-100 Kで、10-10 emuの高感度測定が可能になった。 |
5)高圧・低温・強磁場下のメスバウアー分光: |
DACを用い、物質の超高圧下での性質、圧力誘起構造相転移や圧力による磁性や原子価状態など電子状態の変化をメスバウアー分光測定から明らかにした。本研究では高密度ガンマ線源の使用やDAC内蔵可能なクライオスタットの用意などを新たに行い、低温・高圧・強磁場下メスバウアー分光測定を可能にした。(i)ペロブスカイト型鉄酸化物の温度・圧力・磁気状態図を作製した。(ii)金属鉄高圧相イプシロン鉄の磁性を明らかにするため、20GPa 4.5Kでのイプシロン鉄のメスバウアー分光測定を7Tまでの強磁場下で行い、誘起超微細磁場が観測されないことからパウリ常磁性と結論した。 |
6)複合極限下の超伝導探索: |
複合極限技術を駆使し、種々の物質について絶縁体―金属転移の観測、及び低温における超伝導探索を行い、成功を収めた。具体的には元素物質(Ca,I,Br,O,S,Fe)を始め、イオン結晶(CsI,BiI),有機分子結晶(C6I4O2,C6I6)等の他、重い電子系として注目を集めている一群のCe化合物、U化合物についても極低温・超高圧下の圧力誘起超伝導の観測に成功した。酸素や鉄は単になじみ深い元素というだけでなく、それらが低圧下で示す反強磁性及び強磁性といった強い磁性が圧力で抑止されたところで超伝導性が出現するという興味ある結果が得られ、磁性がからむ超伝導として今後の他の磁性金属への展開が期待されている。 |
7)バナジウムの超伝導転移温度の圧力効果: |
Vの超伝導転移温度TCをSQUID振動コイル型磁束計を用いて160 GPa付近まで測定した。TCは120 GPa付近まで0.1 K/GPaの割合で増加し、その後はほぼ一定になることがわかった。120 GPaでの超伝導オンセット温度17.2 Kは単体金属元素では最高の値である。 |
8)水素結合型結晶KDPとDKDPの強誘電性相転移機構: |
TCの同位元素効果について半世紀を越えて議論のある2つの結晶の誘電率を高圧下で測定し、DKDPでは6 GPaでTCが消滅すること、相転移機構が途中で変位型に転換すること、両結晶とも高圧低温ではこれまでペロブスカイト型結晶で見出されていた量子常誘電性が現れることを発見した。 |
9)高圧力下における反強磁性体の分光学的研究: |
ラマン散乱により、反強磁性体(固体酸素、NiO、MnO)のマグノンを観測した。酸素の低温高圧下での磁気相転移を見出し、NiOでは交換相互作用定数の圧力依存性を解明した。 |
10)半導体および絶縁体の圧力誘起金属相の分光学的研究: |
従来未知であった高圧金属相の電子物性を決定する新たな実験法として赤外反射分光法を開発し、MnOの絶縁体−金属相転移をはじめて観測した。 |
11)圧力誘起相転移の第一原理的研究: |
電子状態、格子振動、電子格子相互作用の第一原理計算を行った。(i) 固体酸素の圧力誘起絶縁体−金属転移はバンドオーバーラップによるものであり、100 GPa 以上では分子性結晶の非磁性金属状態が実現されている。(ii) VのTCが示す特異な圧力依存性は、圧力誘起フォノン異常によるものであることを解明した。(iii)ε -鉄の100 GPa における超伝導転移温度は高々 0.5 K 程度であると予測した。 |
12)超高圧下の水素及びハロゲン族分子性固体の理論的研究: |
LDA に基づく第一原理バンド計算の手法を用いた。(i) 固体ヨウ素・臭素・塩素分子相については、ラマン活性 Ag モードの振動数の圧力変化を調べ、実験とのよい一致を得た。(ii) 水素の分子相及び原子相での実現可能性の高い構造を知るため、エンタルピー、分子相でのヴィブロン振動数の圧力変化、分子解離圧へのプロトンの量子効果の影響を調べた。原子相の構造としては Cs-IV構造、分子相では200 GPaまでは Cmc21かこれに近い構造、さらに高圧では Cmca に近い構造の実現性が高い。プロトンの零点エネルギーは分子解離圧を 100 GPa 以上も下げることがわかった。 |
超高圧、超強磁場、極低温の複合生成技術開発およびそれを用いた物性研究を目的とし、十分な成果を挙げている。世界水準を凌駕する装置を開発し、欧米に於ける関連研究と比較して明らかに高い水準の成果を挙げている。固体酸素、アルカリ・ハロゲン化合物、鉄などでの超伝導転移の実現は世界の幾つかのグループ間で競争的に進められていたが、本研究チームが何れも観測に初めて成功した。
得られた多数の成果は国内外の学会で発表するとともに、論文の形でNature, Phys. Rev. Lett., Scienceを始めとする著名な科学誌に投稿し、掲載された。大部分の成果が専門家の強い関心を呼び、高い評価を受けた。Natureに掲載された鉄と酸素の超伝導については、朝日を始めとする各新聞に報道され広く社会の関心を集めた。 成果公表件数は論文発表85、学会発表342に及び、超高圧科学に於ける当研究チームの存在感を十分に示す重要な成果を数多く挙げて来たが、より広い物質科学の視点から観た場合の重要度は今一つの観がある。基盤技術が十分整備されたことから、今後は広い分野にインパクトを与える研究成果が挙がることを期待したい。出願申請件数はゼロであることが惜しまれる。複合極限生成技術の開発を主要課題とし、実際に開発された技術の中には出願の芽になり得るものがあることから、今一歩踏み込んで出願に結び付けることを期待する。 |
当研究チームが複合極限環境生成技術やその環境下での物性測定技術の開発、物性研究の質は何れも国際的水準から見て極めて高い。挙げた成果の中心は基本物質の超高圧下における超伝導を始め種々の相転移の観測と機構解明である。鉄や固体酸素の高圧下に於ける磁性と超伝導の研究、高圧下のMnOの絶縁体/金属相転移の光学的研究などの業績は極限環境下の物性物理に大きなインパクトを与えている。
本研究の特色は超高圧, 強磁場, 極低温の3つの極限条件を複合化し、新しい現象を探索することにあった。極限の複合化は世界で始めての試みであり、極限環境の生成とその下での測定手段の開発が当面の克服すべき課題となって、それに全力を投入した。その結果200万気圧を越える圧力下且つ極低温での電気抵抗測定と、逆に本来低温でしか機能しないSQUIDを用いての、100Kに至る温度での精密磁化測定などが可能になった。これらはいずれも現在の世界の水準を大きく抜き出る技術であり、今後、国内はもとより諸外国の研究機関が真似ることになる。 これらの技術を用いての研究では, 酸素, 鉄など人々に馴染みのある物質での超伝導化と、Slater 以来60年にわたって追求されてきた水素結合型結晶の強誘電性転移機構について得られた成果が大きい。 これまで確立した技術を用いて、今後は多岐にわたる物質について数多くの成果が得られることは間違いない。 |
200万気圧以上での精密磁化測定は、それまでの最高水準を維持していたモスクワの高圧物理研究所の所長に激賞され, 実施に当たってきた石塚博士は英国エジンバラ大学より破格の条件で正教授招聘を受けている。また、酸素と鉄の超伝導を発見した天谷、清水両博士は仁科記念賞を受けた。 |