研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
低次元金属・超伝導体の超異方性強磁場効果
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者石黒 武彦京都大学大学院理学研究科 教授
主たる研究参加者前野 悦輝京都大学国際融合創造センター 教授
 矢持 秀起京都大学大学院理学研究科 助教授
 池田 隆介京都大学大学院理学研究科 助教授
 矢口 宏京都大学大学院理学研究科 助手(平成11年6月〜平成13年11月)
 前里 光彦京都大学大学院理学研究科 助手(平成12年6月〜平成13年11月)
  *全期間に亘っては研究参加していない場合は参加期間を記載
3.研究内容及び成果
 本研究は、固体物性に於ける低次元機能性の解明と探索のため、層状構造を持つ分子性物質とSr2RuO4を対象として、高い精度で強い磁場を低次元軸に合わせた時に見られる極限的な異方性環境下での物理現象(超異方性強磁場効果)を研究したものである。その為の超精密高性能な2軸回転機構付き超低温強磁場装置の開発、Sr2RuO4の良質単結晶試料の育成と物性実験、その超伝導が3重項超伝導であることの発見、層状分子性超伝導体におけるFFLO状態の実証等、CREST研究期間中に挙げた幾多の優れた成果は研究開始時の予想を上回る。これらの内容について以下に少々詳しく述べる。
 近年著しい発展を遂げつつある超伝導体など電子機能性物質の多くは低次元的な性質を有している。低次元的な電子系に磁場をかけると、その特性は磁場方位により著しく変化する。磁場に電子系を低次元化させる働きがあるためで、それが物質本来の低次元的な金属・超伝導性と相乗すると、電子系に対する超異方的な磁場環境が実現される。
 本研究では、高い精度で強い磁場を低次元軸に合わせたときに見られる極限的な異方性環境下での現象を‘超異方性強磁場効果(Exact Angle Effect:ぴったり角度効果)’と名付け、このときに実現される金属・超伝導体に関わる量子効果・電子現象・電磁現象に着目して、低次元機能性の解明と探索また応用への基礎づくりに関する研究を進めた。研究対象として取り上げた物質は層状構造を有する分子性物質とSr2RuO4を中心とする準2次元酸化物である。また、機能性の低次元新物質の開発研究を進めた。
 本研究の内容は (1)有機導体の強磁場極限域における超伝導状態の研究、(2)準2次元ルテニウム酸化物のスピン三重項超伝導の研究、(3)層状超伝導体の磁束状態と磁場中相図の研究、(4)新低次元物質の開発 に大別される。
 (1)層状の有機超伝導体の層面に平行に強磁場をかけることによって、スピン分極による効果が顕わになる強磁場極限状態が実現する。電気伝導、熱伝導などの輸送現象および磁化率、比熱などの熱力学量の測定によりその状態の解明を目指した。磁場・温度相図を得るに当たって、単に電気抵抗あるいは磁化率によるのみならず、比熱ならびに熱伝導の測定効果を併せ用いたことが、磁束状態等の超伝導転移に及ぼす因子の影響を明らかにしつつ解明することに繋がった。
 比熱・熱伝導の超異方性強磁場下の測定には、極低温・強磁場中で回転可能な真空カプセルの開発などの実験技術開発が鍵となった。現在知られている分子性超伝導体の主要なものについての強磁場極限下における超伝導状態についてのデータベースを構築した。また、1964年に理論的にその可能性が指摘されたものの、未だ明確な実験的検証のないFFLO状態を熱伝導による実験で確認する事ができた。
 (2)Sr2RuO4をめぐる研究については、本研究グループにおいて世界第一級とみられる純良結晶が得られたものをベースに国内外60余ヶ所に結晶を送るなどによる研究を進めることができた。その結果、三重項超伝導であることを確定するに至るのみならず、時間反転対称性が自発的に破れた超伝導状態になっていることが明らかにされて、超伝導の秩序変数を決めるに当たっての重要なデータを与えることになった。
 一方、磁場方向を制御しつつ磁化率、比熱、熱伝導を測定する実験では、その異方性とそれに係わる超伝導ギャップ構造がフェルミ面上で線状にゼロとなるラインノード状態に近いことが見出された。また、準2次元面に1度以内の角度に磁場方向を設定したとき、上部臨界磁場付近に超伝導2段転移が誘起されることが、比熱、交流磁化率、熱伝導率の測定から明らかになった。その特徴は既存の理論モデルでは説明できないものの、Sr2RuO4の新しい超伝導状態を解き明かす重要な手がかりを与えている。
 以上のほか、Sr2RuO4とRu金属との共晶系でSr2RuO4では1.5KであったTcが倍増して3Kに達するという興味ある事実が発見された。なぜ、Tcがこのように上がるのか、その機構はまだ明らかではないが、析出したRu金属を利用したトンネル効果の実験から異方的超伝導であることが分っている。
 (3)層状超伝導体における磁束状態を明らかにすることは、高温超伝導体の電磁応用を展開していく上で必須のものである。本研究ではジョセフソン状磁束を中心に、磁束のピンニングを介した超音波・電磁波相互変換法、高周波磁化率による測定を進め、磁束がピンニングを介して電気機械変換をすることを実証してその特性を明らかにし、ジョセフソン状磁束が面内磁束間の結合を弱めることを明らかにした。
 準2次元金属に対して方位を制御した高磁場の効果を観測することによってその電子構造についての重要な情報を得ることが出来る。量子振動、角度依存磁気抵抗振動により幾つかの2次元金属についてFermi 面を明らかにする過程で、Sr2RuO4における量子振動にかかわる2次系特有の化学ポテンシャル振動効果を見出した。
理論研究では強磁場極限下の超伝導状態、特にFFLO状態の研究、層状超伝導体における磁束相図に関する研究を進め、面平行磁場中の準2次元異方的超伝導体における、超伝導の上部臨界磁場と秩序変数の空間構造を明らかにした。また、層状超伝導体のボルテックス状態に関して、ユニバーサルスケーリング則を見直し、乱れの強さの効果を明らかにし、線状欠陥、更に点欠陥が存在する場合にも適用できる理論を構築した。更に、ジョセフソン磁束状態、乱れによる量子臨界点近くでのスピン三重項超伝導ゆらぎ、磁場誘起超伝導−絶縁体転移現象についても明らかにした。
 (4)新しい準2次元モット転移系としてCa2RuO4とSr2RuO4との固溶系の物性相図を完成させ、一定の組成比で現れる量子臨界点における物理機構を明らかにした。Sr3Ru2O7については強磁性に近いフェルミ液体状態を明らかにし、メタ磁性転移が量子臨界現象として取り扱えることを示した。また、パイロクロア型酸化物で金属・絶縁体転移と幾何学的フラストレーションを示す新物質を開発した。
 一方、低次元分子性導体の開発では遷移金属を含む対イオンMX4 (M=Fe, Ga, X=Cl, Br)を用いた新しい錯体、分極率の大きな錯体の開発を目指して、HCDAH2-などの有機陰イオンを用いた錯体の開発を行ったほか、自己凝縮能を持ったBEDO-TTF分子とその誘導体を用いた物質開拓を行ない光透過性の金属性膜を開発した。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 本課題の研究を進めるに当たって当チームが‘超異方性強磁場効果(Exact Angle Effect:ぴったり角度効果)’と名付け研究の先鞭を付けた新分野をめぐり国際ワークショップを発足2年目に行なった。その効果が表れて、低次元超伝導体の高導電面に平行な磁場を掛けたときに見出される強磁場極限域の研究が、超伝導体研究の新しい視点として国外でも次第に取り上げられて来た。
 即ち、層状の有機超伝導体の層面に平行に強磁場をかけることによって、強磁場極限状態が実現することに関わる研究は本研究と同時進行的に世界的に強磁場施設を中心に発展させられることとなった。これらの中で当研究チームの研究設備は磁場強度の点では譲るものの数週間にわたる高精度実験が可能であり、また、比熱、熱伝導、圧力効果測定用のセルをセットできる点において極めてユニークなものになっている。本研究では、この特徴を活かして、現在知られている分子性超伝導体の主要なものについての強磁場極限下における超伝導状態についてのデータベースを構築したが、この取り組みを発展させて、1964年に理論的にその可能性が指摘されたものの、未だ明確な実験的検証のないFFLO状態(強磁場下で超伝導秩序変数が空間的な振動構造を持つ状態)を熱伝導による実験で確認するに至った。
 当研究が挙げた中で最も世界的に注目される成果は、良質のSr2RuO4試料を用いて精密な測定を行なってスピン3重項超伝導を見出したことで、超伝導科学に大きなインパクトを与えた。このSr2RuO4をめぐる研究については、本研究グループが世界第一級の純良結晶を多数作り、それを国内外60余ヶ所に結晶を送るなどして共同研究を進めた。その結果、本研究チームはSr2RuO4研究の世界的なCOEとなり、研究推進の中核に位置するとともに、この物質の超伝導が三重項超伝導であることを確定した。更に、時間反転対称性が自発的に破れた超伝導状態になっていることが明らかにするなど、超伝導の秩序変数を決めるに際しての重要なデータを与えた。
 また、Sr2RuO4の純良結晶を作る研究を発展させる間に、新しい準2次元モット転移系としてCa2RuO4とSr2RuO4との固溶系を見出すと共に、Sr3Ru2O7については強磁性に近いフェルミ液体状態を明らかにし、量子臨界現象に関わる問題として発展させた。パイロクロア型酸化物では金属・絶縁体転移と幾何学的フラストレーションを示す新物質の開発の足掛かりを得た。これに関する成果の一環として「イリジウム系パイロクロア導電性物質およびその製造法」ならびに「パイロクロア導電性物質」の2件の特許申請を行った。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 本研究を通じて、世界の固体物性物理の分野に最もインパクトの大きな成果は、やはりSr2RuO4良質単結晶試料を用いてのスピン3重項超伝導の発見であるが、これを含めて同分野に貢献する他の成果について記す。
(1)Sr2RuO4をめぐる研究において、純良な単結晶育成技術を確立し、国内外との共同研究を発展させ、その結果、3重項超伝導であることを確定するに至った。また、時間反転対称性が自発的に破れた超伝導状態になっていることが明らかにされ、超伝導の秩序変数を決めるに当たっての重要なデータを与えるに至った。この他、本研究特有の磁場方向を制御しつつ磁化率、比熱、熱伝導を測定する実験により、その異方性とそれに係わる超伝導ギャップ構造がフェルミ面上で線状にゼロとなるラインノード状態に近いこと、また、準2次元面に1度以内の角度に磁場方向を設定したとき、上部臨界磁場付近に超伝導2段転移が誘起されることを見出したことによって、新しい視界を拓いた。
 従来の超伝導が合成スピン0のスピン一重項電子対によって担われていたのに対して、合成スピン1のスピン三重項という画期的な超伝導状態を確立した科学的意義は大きい。今後、スピン三重項に基づく超伝導現象の機能性をめぐる新しい応用に結び付く可能性が期待できる。
(2)Sr2RuO4とRu金属との共晶系で発見されたSr2RuO4では1.5KであったTcが倍増して3Kに達するという興味ある事実が今後の超伝導の高温化に利用できないか、検討する価値がある。
(3)本研究において、高い精度で強い磁場を低次元軸に合わせたときに見られる極限的な異方性環境下での現象を超異方性強磁場効果(Exact Angle Effect:ぴったり角度効果)と名付けて課題展開したことに触発されて世界の強磁場施設でこの方面の研究が発展し始めた。
 新しい実験技術として、当研究チームが開発した、極低温・強磁場中で回転可能な真空カプセル、並びにピエゾ素子を使ったバックラッシュが無く微調整に適する回転機構は、今後強磁場中における先端的実験などに活用されるものと思われる。
(4)1964年に理論的にその可能性が指摘されたものの、未だ明確な実験的検証のないFFLO状態(超伝導の秩序変数が空間的に振動している状態)を熱伝導による実験で確認する事ができた。
 理論研究で明らかにした、層状超伝導体における磁束相図は、単なる一般的な理論展開を超えて実験と直接的に対比できるレベルのものとなっている。具体的には、層状超伝導体のボルテックス状態に関して、ユニバーサルスケーリング則を見直して進展させ、乱れの強さの効果を明らかにすると共に、線状欠陥、更に点欠陥が存在する場合にも適用できるものになっている。
(5)物質開発面では新しい準2次元モット転移系としてCa2RuO4とSr2RuO4との固溶系の物性相図を完成させ、一定の組成比で量子臨界点が現れることを明らかにした。Sr3Ru2O7についても強磁性に近いフェルミ液体状態を明らかにし、メタ磁性転移が量子臨界現象として取り扱えることを示すなど、次なる物質研究の種を提供することになった。パイロクロア型酸化物で金属・絶縁体転移と幾何学的フラストレーションを示す新物質は、応用上重要な意義を持つものと考えられる。
 一方、低次元分子性導体の開発では遷移金属を含む対イオンMX4 (M=Fe, Ga, X=Cl, Br)を用いた新しい錯体、分極率の大きな錯体の開発を目指して、HCDAH2-などの誘起陰イオンを用いた錯体の開発を行ったほか、自己凝縮能を持ったBEDO-TTF分子とその誘導体を用いた物質も今後高い関心の基に発展させられるものと思われる。
4−3.その他の特記事項
 当研究チームは代表者の統率の下に低次元物質開発グループと理論グループとの纏まりは良く研究は順調に進んだ。低次元物質開発グループにより育成された良質のSr2RuO4単結晶は数々の研究機関との共同研究に供され、この物質の研究に関して国際的な指導的役割を演じるとともに、3重項超伝導機構を解明した。
 斯かる成果を背景にしてSr2RuO4のスピン三重項の解説記事を日本、米国の両物理学会誌に発表した。いずれにおいても関連図が学会誌の表紙を飾った。(日本物理学会誌2001年11月号 (vol. 56 (2001) 817-825)、Physics Today 2001年1月号 (vol. 54 (2001) 42-47))また、研究チームメンバーの前野悦輝教授が超伝導科学賞(2000年)および久保亮五賞(2000年)を受賞した。
 本研究において開発した2軸回転機構付き超低温強磁場装置は円滑稼働迄に2年余りを要したが、全面稼働後は研究が大いに進展した。その結果の一部を現在論文として投稿中である。その中には1964年に理論的に予言されたが実験による確認が求められていたFFLO状態(強磁場下で超伝導秩序変数が空間的に振動している状態)を分子性超伝導体?-(BETS)2GaCl4において見出したという成果が盛り込まれており、本研究課題の代表的成果論文の一つである。

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