研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
次世代精密分子制御法の開発
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 山本 尚 名古屋大学大学院工学研究科 教授
主たる研究参加者 八島 栄次 名古屋大学大学院工学研究科 教授(〜平成10年9月)
3.研究内容及び成果
 物質科学の潮流は、マクロからミクロへ解析的に追求する「ブレ−クダウンの時代」から、制御された物質を設計図に従って原子・分子から人工的に組み立てる「ビルドアップ時代」へと移りつつある。この新しいビルドアッププロセスを通じて、原子・分子の持つ構造・機能から分子集合体の高次構造・機能を初めて効率的に創製することができる。これはもはや以前のような偶然に支配された物質系ではないので、高度な機能を持つ物質や材料の真の意味での設計が夢ではなくなりつつある。本研究グル−プは、精密有機合成や分子認識、精密触媒等に関しビルドアップするため、研究代表者の山本尚を中心にチ−ムを構成し、工学の枠を集め次世代を先導する独自の精密有機合成化学を完成させることを目標とした。グル−プは当初、八島らと共同し、6人の研究者を中核として形成し、各分野の特徴を活かした研究を行い、それぞれの成果を結集し、低分子から高分子に至る精密分子構造と高次構造の完全制御法の開発と確立を目指した。
 当初の研究計画は多くの成果を上げつつ順調に展開した。例えば、アミド化の新手法を見出したことが、その後のエステル化の触媒発見につながった。また、高分子坦持型の超ブレンステッド酸の開発に成功したことにより、反応効率の向上を図る上で新しい展開が見えてきた。これは、ルイス酸・ブレンステッド酸の混合型を構想した当初からの課題であったが、副次的に発生してきた研究結果である。一方、アルミニウム、ホウ素、チタン等の従来型ルイス酸触媒の研究も、こうした知識を活用することで一層進展した。銀触媒の反応効率はアルド−ル合成や桜井反応の不斉合成において世界最高の水準に達した。また、課題であった環境調和型の反応に仕上げることができた。当初の研究計画になかったルイス酸型の酸化反応にも成功し、ルイス酸触媒の幅広い発展につながってきた。
 これらの研究成果は、有機分子を精密分子設計する上での必須のツ−ルを提供したばかりでなく、それ自身、新しい材料としての今後の発展を示唆している。
(1)ルイス酸触媒を用いるアミド化、エステル化反応の開発
 新規開発の3,4,5-トリフルオロフェニルホウ酸触媒を用いて、ジカルボン酸とジアミンの触媒的直接重縮合に成功した(特許出願)。本反応により、1万を越える平均分子量をもつアラミドが容易に合成出来るようになった。本反応により副生成するものは水のみであり、環境保全型の触媒システムとなっている。更に、回収が困難な3,4,5-トリフルオロフェニルホウ酸の代わりに、3,5-ビス(パ−フルオロデシル)フェニルホウ酸を使用すると回収容易なアミド縮合触媒となることがわかった。このホウ酸はパ−フルオロアルカンとの親和性に優れているが、この性質を利用して、触媒を含んだフッ素溶媒相を繰り返しアミド化反応に再利用できる(特許出願)。
 エステルは生体から医療材料、繊維などを構成する重要な官能基であるが、既存の合成法は環境保全や原子効率の点で必ずしも好ましい反応になっているとは言えない。エステル化反応の脱水縮合触媒として様々な金属塩をスクリ−ニングした結果、四価のハフニウム塩が極めて高い活性を持つことを見出した(特許出願)。この触媒系は非常に汎用性に富み、3級アルコ−ルを除くいずれの基質を用いても高収率でエステルが得られることがわかった。また、ポリエステル化においても高収率で高分子量のポリマ−が得られた(新聞発表)。
(2)高活性酸触媒の設計
 トリス(トリフリル)メタン及びそのスカンジウム塩が、ベンジルエステル、ベンジルエ−テル及びベンジルアミドの脱ベンジル化反応の均一酸触媒として極めて優れていることがわかった(特許出願)。また、Me3SiNTf2がトリメチルシリル求核剤とカルボニル化合物との炭素−炭素結合生成反応の触媒として非常に有効であることがわかった。Me3SiNTf2は桜井−細見アリル化反応同様、向山アルド−ル反応の触媒としても有効であった。ポリマ−坦持型ブレンステッド酸の中でも、酸触媒となり得る強い酸性プロトンを持つものは、ナフィオンR以外にもほとんど例がない。今回、超強酸であるペンタフルオロフェニルビス(トリフリル)メタンを初めて合成し、これをポリスチレン樹脂に坦持することに成功した(特許出願)。また、ペンタフルオロフェニルビ(トリフリル)メタンのリチウム塩のパラ位にポリスチレン樹脂のフェニルアニオンを反応させることによって、強酸坦持型ポリスチレンを合成した。この固体酸触媒は、アシル化反応に対し優れた触媒活性を示した(特許出願)。反応後は濾過によって触媒を回収し、再利用できることを確認した。
(3)ルイス酸複合型キラルブレンステッド酸(LBA)を用いるエナンチオ画区別反応の開発
 四塩化スズ−光学活性ビナフト−ル誘導体というルイス酸複合型キラルブレンステッド酸(LBA)を酵素の代わりに用いることで、世界で初めてバイオミメティックエナンチオ選択的ポリエン環化反応に成功した。多くのジテルペノイド天然物の中間体合成を可能とする。また、本手法はさらに長いホモファ−ネシルトルエンにも有効であり、四環性天然物を65%収率、77%eeで得ることに成功した(特許出願)。
(4)アルミニウムトリス(2,6-ジフェニルフェノキシド)(ATPH)を用いる反応
 芳香族酸塩化物を用いてATPH存在下の有機金属反応剤との反応を行ったところ、他の芳香族カルボニル化合物ではほとんど反応が進行しなかったMeLi、リチウム酢酸エステルエノラ−トや有機グリニヤ−ル反応剤でさえも、効果的に脱芳香族化を伴う共役付加が円滑に進行することを見出した。また、ATPHとリチウムエノラ−トを用いる新しい三成分連結法を実現した。この手法における三成分とは、1)有機リチウム反応剤、2)ATPH-2-シクロペンテン-1-オン錯体、3)ルイス酸-2,5-ジヒドロフラン錯体である。これらを順次加えることにより、プロスタグランジン誘導体やジャスモン酸誘導体のように、ω鎖とシスオレフィンをシクロペンタノンのβ-位とα-位にそれぞれに持つ化合物を効率的に得ることに成功した。
(5)軸不斉を持つ光学活性ヒドロキサム酸の設計
 軸不斉を有する骨格として良く知られたビナフチル骨格を持つ新規ヒドロキサム酸配位子を合成し、不斉エポキシ化反応における不斉配位子としての機能を検討した。いくつかの特徴的なヒドロキサム酸を合成してエポキシ化反応を行ったところ、立体的に嵩高いアミノ酸誘導体配位子が良好な結果を与えることが判明した(特許出願)。二置換型のアリルアルコ−ルでエナンチオ選択性は、バナジウム触媒を用いたこれまでの反応で最高の95%eeを与えた。
(6)光学活性ジホスフィン・銀錯体を用いる触媒的不斉反応の開発
 (R)-BINAP・フッ化銀触媒の存在下でクロチルトリメトキシシランとベンズアルデヒドとの反応を行ったところ、γ付加体のみを与え、しかもクロチルシランの二重結合E/Z比に拘わらず高いアンチ選択性とエナンチオ選択性が得られた(特許出願)。さらに、アリルトリメトキシシランを用いるアルデヒド類の不斉アリル化反応において、BINAP-AgOTf錯体にフッ化カリウムと18-クラウン-6エ−テルを加えたものを触媒に用いてTHF中で反応を行った場合、良好な化学収率と高いエナンチオ選択性が得られることがわかった。この系は毒性のあるスズ化合物を使用しない不斉反応として、応用が拡大する方向にある。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 山本らのグル−プは、有機化学の基本であるC-C骨格形成に重要な役割を担うルイス酸触媒を、(目的反応に沿うよう)独自なデザインで変成させ、数多くの進展をみた。特に当初の目標を超えて、優れた着想で非常に原子効率の高い(無駄のない)アミド化反応、エステル化反応を見出した(それぞれ特許出願済 国内外国合わせて計7件)。これらは重合も同一概念で進行する。このうちエステル化反応(Hf触媒)についてはScience誌に掲載され、大きな反響があった(特許開示 技術指導申し込み多数)。
 これら以外にもルイス酸ブレンステッド酸の混合系による超強酸の発生、それを高分子に担持する方法等へも進展した(特許出願3件)。また、不斉合成に関しても国際的に先導するレベルで各種触媒系の構築があった(特許出願6件)。
 これらの研究成果は、前述のScience誌を含む国際誌等への論文投稿(英文96件、和文4件)及び学会(国内学会46件、国際学会28件)にて発表された。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 新規なキラルルイス酸系触媒の開発を主眼にして研究を進め、合成化学的見地から非常に高い成果を上げている。特に精緻な実験観察力から、世の中を揺るがすエステル化、アミド化反応が出てきたことは特筆に値する。エステル化、アミド化は有機合成化学工業の基本的かつ通常的な反応であり、新規でかつ効率的な方法はそのままプロセス化に結びつく。その意味で社会的インパクトは非常に大きいといえる。
 なお、山本教授は期間中、東レ科学技術賞(平成9年)、マックスティシュラ−賞(平成10年)を受賞した。
4−3.その他の特記事項
 目的反応に応じてデザインするルイス酸触媒の研究は、日本の研究者が多面的にすすめており、平成11年に研究代表者が主催した「ルイス酸に関する国際シンポジウム」で、日本のレベルの高さは明確になった。その先端をいく研究代表者からインパクトの大きな新技術が出たことは、CREST事業の有効性を立証するものである。今後、「ルイス酸精密反応剤の開発」として平成12年度に採択された基礎的研究発展推進事業において、さらに大きく展開することを期待する。

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