研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
オキシジェニクス(高分子錯体)
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 土田 英俊 早稲田大学理工学部 教授
3.研究内容及び成果
 「オキシジェニクス(Oxygenics)」とは、酸素の分子科学とその利用技術全般、それから派生する材料や広範な応用のすべての総称である。酸素は生命の根幹であり、人類の安全保障にも密接に関連している。体内における酸素の役割の再現への挑戦と、資源として大気酸素を利用する次世代革新技術の確立が"オキシジェニクス"である。
 このプロジェクトは、高分子錯体が構築する極微小特異空間を利用した「錯体部の配位活性制御と革新的化学反応の構築」を研究目標とした。例えば、酸素架橋の複核錯体を介し一段階の4電子移動を生起させると、従来は反応しないとされてきた化合物でも活性化できるようになり、興味深いことに大気圧下、室温、空気の吹き込みだけで、重合反応(直鎖高分子量体生成)が進行する。他方、分圧(濃度)差だけで簡単に結合や脱着が認められるヘモグロビンの場合には、酸素配位は電子移動を生起しない。そこで、酸素結合席のポルフィリンだけを取り出し、電子移動抑制の仕掛け(グロビンの役割代替)を備えると、水中でも酸素配位は可能となり、血液の役割代替ができる酸素輸液となる。
 研究開始当初から、次の二面「多電子移動と分子変換」及び「電子移動抑制と分子機能」に分けて研究を展開した。
 「多電子移動とそれにより引き起こされる分子変換」では、μ-dioxo型複核錯体に着目し多くの新規な酸化重合を生み出した。すなわち、この方法により、1)一段階4電子過程を芳香族ジスルフィド化合物の重合に応用すると、容易に直鎖高分子量体(ポリチオフェニレン)が生成することを見出した。これを契機として、2)ポリヘテロアセン、環状チオフェニレン、ポリ(チオエ−テルスルホン酸)、ポリ(フルオロフェニレンエ−テル)などの新物質群を合成し、さらに、3)多核錯体の修飾電極を正極とする空気電池の開発へと展開した。
 他方「電子移動の阻止あるいは抑制」に関しては、酸素の可逆的配位を酸素の濃度で表現出来ることから、1)鉄ポルフィリン誘導体の自己集合体や、アルブミンに包接させた複合体について、酸素配位平衡がヘム近傍の分子環境と相関づけできること。2)光電子利用による酸素配位能復元法の開発、さらには、3)生体の細胞呼吸(生存)に必要な酸素供給を可能とする酸素輸液、等の開発を行なった。
(1)多電子移動と分子変換
1)酸素4電子過程の確立
 バナジウムμ-dioxo錯体が多電子過程を簡単に引き起こす系であることの発見が契機となり、中心金属を第一遷移系列元素に拡張、その殆んどがμ-dioxo型多核錯体を形成することを見出した(特許出願)。そして、それらが錯体固有の臨界温度を境界として、4電子移動生起により酸素を還元開裂する普遍的方法になることを確立した。特に一段階10電子移動錯体([(O=V)10(μ2-O)9(μ3-O)3(C5H7O2)6])では、溶存酸素の4電子還元が最も効率が高くなることを明らかにした。この錯体をグラファイト電極に充填させた修飾電極を正極とし、これにポリスルホニウム隔膜と亜鉛負極とを組合せた空気電池では、従来のMn系を正極とする空気電池を超える高い放電電圧値と容量が観測された(特許出願)。
2)新しい酸化重合の確立
 μ-oxoバナジウム複核錯体を触媒とするジフェニルジスルフィドの酸化重合では、4電子移動による酸素開裂が効率高く生起し、室温大気圧下でポリチオフェニレンが生成する(特許出願)。酸素開裂を利用した分子変換系の拡張として、複核銅錯体を触媒に用いると、フルオロフェノ−ル類の重合が生起することも初めて見出した(特許出願)。生成高分子は高純度、直鎖、高分子量(分子量70 kD)で、熱分解温度500 ℃以上の新しい非晶質耐熱材料として得られた。また、スルホニウムの近傍芳香核に対する親電子置換により、超分極スルホニウムで連結されたポリヘテロアセンの芳香族連鎖が得られ、幅広い応用ができる物質系として確立した(特許出願)。さらに、スルホン酸化されたポリチオフェニレンスルホン酸(PTPS)が、溶媒キャスト法により成膜も容易で、優れた耐熱性を有するイオン交換樹脂となることを明らかにした。PTPSとポリオキシエチレン(POE)の非水系複合膜が、高温下(150 ℃以上)でも高いプロトン伝導度(10-3 Scm-1)を保持できることも見出された(特許出願)。
(2)電子移動抑制と分子機能
1)リピドヘム自己組織体の構築
 両親媒性ポルフィリン鉄誘導体(リピドヘム)が、水相系で自己集合した組織体(小胞体、繊維、平板、管状体など)の形成現象を明らかにした。集合形態は構成分子の構造とその親疎水平衡に支配される。また、この種のリピドヘム組織体は生理条件下で酸素を可逆的に結合解離できる(特許出願)。酸素配位平衡の動力学、配位酸素の電荷分極状態の分光観測から、集合構造との相関を解明した。自己組織化した二分子膜小胞体の酸素錯体の半減期は生理条件下で約20時間ともなり、実用にも耐える安定性を持つようになった(特許出願)。
2)アルブミン−ヘム複合体の構築と酸素輸液
 分子内に近位(proximal)塩基を共有結合したリピドヘム類をヒト血清アルブミンに包接させて得た複合体アルブミン−ヘムが、生理条件下で酸素を可逆的に結合解離できることを見出した(特許出願)。アルブミン1分子当たりのヘム導入数は最大8であり、結合部位はビリルビン、ヘミン、脂肪酸サイトと一致する。平衡定数は104〜106 M-1。酸素結合解離曲線(P12:32 Torr)の調整により、酸素輸送効率をヒト血液と同等に調節できる。また、この酸素錯体寿命はヘムの構造変化により25時間以上まで延長できる。アルブミン二量体をつくり、ヘム16分子を包接させると、溶液の膠質浸透圧(18 Torr)を保持したまま、単位体積当りの酸素の分散濃度が赤血球の1.3倍量になる(新聞発表)。
3)光電子利用による配位機能の復活
 生体系では酵素の任務となっている錯体部中心金属の還元活性化について、光電子利用による方法を検討し、これを確立した。アルブミン−ヘム複合体の場合、アルブミン自身が電子供与体としての役割を受け持つので、容易に光還元が進行する。得られたFe(U)体は速やかに酸素錯体を形成し、その結合解離は可逆的である(特許出願)。
 この他、コバルトポルフィリン酸素錯体を高濃度に含有する高分子膜で酸素の促進輸送が起こり、酸素富化空気の調整が出来ることも見出した(特許出願)。
 このように本プロジェクトから、新規高分子化合物、空気電池、酸素輸液や富化膜等、将来性の高い材料や方法論が見出された。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 生体にとって重要な酸素に焦点をあて、「酸素錯体を介した多電子移動による新反応」提案と「酸素の電子移動を抑制する系の開発から新規生体機能」案出をねらった。
 前者では、新規複核錯体を触媒として芳香族スルフィド等の化合物が常温で酸化重合を起こすことを見出した(特許出願、関連も合わせて12件)。特に、今まで重合不可能とされていたフルオロフェノ−ルの高分子体が合成出来た(特許出願 国内2件、外国1件)。その他、重合体の変成や応用、錯体の電子移動能の活用等幅広い展開がある。
 一方後者では、両親媒性ポルフィリン鉄錯体(リピドヘム)の自己組織化により酸素の取込みが可能となり、これをヒト血清アルブミンと包接させることにより、常温で酸素を高濃度で運ぶ輸液が出来た(特許出願、関連も合わせ16件、外国3件)。現在はそれを実用化するための基本特性を検討している。
 このように新規材料に関し、一研究室としては特許出願はもちろん、学会発表(国内学会135件、国際学会71件)、国際誌への投稿等の論文発表(英文112件、和文17件)も極めて多い。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 酸素が関与する各種の反応開発により新しい材料が数多く提案され、重合プロセスとともに新しい用途開発が待たれている。一方の酸素輸液に関しては、厚生労働省のプロジェクトが進行中である。これらの成果が一研究室でなされたのは驚異的であり、狙いの鋭さを反映していると言える。
 ただ、材料の評価にはかなり時間を要するので、評価を依頼できる企業や研究者と共同の研究体制を確立することが重要である。

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