研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
極微細構造の化学設計と表面反応制御
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 岩澤 康裕 東京大学大学院理学系研究科 教授
主たる研究参加者 堂免 一成 東京工業大学資源化学研究所 教授(〜平成10年9月)
和田 昭英 東京工業大学資源化学研究所 助教授(平成10年10月〜)
楠 勲 東北大学科学計測研究所 教授
朝倉 清高 北海道大学触媒化学研究センタ− 教授(平成11年4月〜)
3.研究内容及び成果
 目的の物質のみを合成する高効率活性触媒や原子レベルで制御された新機能素材を開発するためには、表面反応プロセスを完全に制御する必要がある。表面反応プロセスの完全制御は、表面化学プロセスが起こっている状況で原子・分子の動きを直接捕らえ、プロセス全体を支配する素過程を解明するとともに、原子・分子レベルで表面の極微細構造を制御して、はじめて達成される。本研究グル−プは、表面化学プロセスを完全に制御した触媒反応を実現すること、及び表面の新しい化学現象の発見を目標として、それに必要な極微細反応解析法を開発し、触媒反応機構の解明と表面反応制御技術の確立を図ってきた。
 本プロジェクトを強力に推進するために、研究代表者の率いる東京大学の岩澤グル−プ(原子分子レベルの触媒設計を中心に、in situ走査プロ−ブ顕微鏡や、複合放出電子顕微鏡、全反射蛍光X線吸収微細構造、時間分解X線吸収微細構造、in situ電子刺激脱離法など)に加えて、東北大学の楠グル−プ(分子線/反射吸収赤外分光法)、東京工業大学の和田グル−プ(ピコ秒赤外レ−ザ分光法等による表面反応ダイナミクスの追跡)、そして北海道大学の朝倉グル−プ(表面反応の画像化を目的とする複合放出電子顕微鏡や、全反射蛍光X線吸収法の開発)が参画し、共同で研究を行った。
(1)新規表面解析装置の開発とその応用
1)複合放出電子顕微鏡の開発とそれを用いた新規表面現象の発見(朝倉グル−プと共同)
 同一試料表面のメゾスコピック領域のリアルタイム観察が可能な放出電子顕微鏡を開発した(特許出願)。これは紫外光、X線及び電子を励起源として表面から放出される電子を検出することにより、試料の同一ポイントでPEEM、XPEEM、LEEM、AEEM、SEEM及びMEM像を観察することが可能である。この方法を用いて、銀の酸化過程のダイナミックな観察に成功した。活性表面の不均一現象、非線形現象など、表面におけるナノ〜ミクロ領域の集団化学変化のリアルタイム観察に威力を発揮している。
2)時間分解エネルギ−分散型XAFS(X線吸収微細構造)測定装置の開発(朝倉グル−プと共同)
 従来のXAFS法が10分以上の測定時間を必要とするのに対し、約1秒でスペクトル測定可能なエネルギ−分散型XAFS(DXAFS)を確立した(特許出願)。Mo(CO)6の分解過程の構造変化など、金属−金属結合、金属−配位子結合、金属−担体結合の生成や分解速度、構造変化が秒スケ−ルで観察でき、ダイナミックな触媒活性構造の形成情報が得られる。
3)Temporal Analysis of Products(TAP)装置の製作と触媒反応機構の解明
 TAP法は、真空下に置かれた触媒にパルス状のガスを導入したときの応答を質量分析計で調べる手法である。このTAP装置を用いて、PtやPd触媒より低温のCO酸化反応に高活性を示す新規担持金触媒Au/Ti(OH)4の活性酸素種及び反応機構を明らかにした。すなわち、Au触媒でのCO酸化反応は、分子状O2と寿命の長い可逆的に吸着したCOとの直接反応により進行すること、そして活性酸素種の生成には約50ms〜数100msの時間がかかること、その寿命は数秒であることが明らかとなった。これらの現象はPtやPd貴金属触媒上のものと全く異なっており、Au触媒の高活性を説明できる。
4)多素子半導体検出器型全反射蛍光XAFS測定装置の開発と表面の異方性構造解析(朝倉グル−プと共同)
 19素子からなる半導体検出器を備えた、その場観察用全反射蛍光XAFS測定システムを開発した(特許出願)。シンクロトロン放射光からの偏光X線を用いることで、表面の3次元結合情報を高感度で得ることを可能とした。例えば、TiO2(110)表面の異方性MoO3ダイマ−構造、Cu3三角形構造、Cu6プリズム構造などの存在がわかる。表面の活性金属サイトの3次元結合情報を提供できる手法はほとんどないため、本法は今後多くの系に適用されるものと期待される。
5)ピコ秒赤外レ−ザ−システムの開発(和田グル−プ)
 固体触媒上の反応を解明するため、時間幅6 ps、線幅12 cm-1のピコ秒赤外レ−ザ−を開発し、アルミナ表面水酸基及び多層吸着水の振動緩和のメカニズム、ならびに吸着種の構造を明らかにすることに成功した。
6)超音速分子線と赤外分光装置を組合せた新しい計測法(楠グル−プ)
 固体表面反応を理解するには、反応物である原子・分子を固体表面に照射した後の反応の進行に伴う変化を追跡することも一方法である。このための超音速分子線と赤外分光装置を組合せた新しい計測法の開発に成功した。それを用いて、シリコン表面や遷移金属表面における反応の詳細を明らかにすることができた。
(2)触媒・ナノ調製法の開発
1)紫外光照射による金ナノ粒子制御
 TiO2(110)上にAu(PPh3)(NO3)のアセトン溶液を滴下し、乾燥後各温度に加熱することによりAu錯体が分解され金粒子が形成される。これを紫外光照射することで、1.2 nmの極めて小さな金粒子が生成することを見出した。通常の調整法では平滑表面に小さな金粒子を得ることは難しく、本法は新しいナノ粒子形成法である。
2)前駆体を用いる金ナノ粒子作製
 金属錯体やクラスタ−を前駆体として用いる固定化法は、比較的均質な活性構造を設計できる方法であるが、金ナノ粒子を作成することは困難であった。しかし、As-precipitated金属水酸化物を酸化物担体の前駆体として用い、金のAu(PPh3)(NO3)錯体を用いることにより、CO低温酸化に関し極めて高い活性を持つ担持金ナノ粒子触媒を作ることに成功した。
(3)新規SbRe2O6複合酸化物の触媒作用
 選択酸化反応は重要な化学プロセスである。本研究でイソブタン及びイソブチレンのアンモ酸化反応、さらにはメタノ−ルの部分酸化反応に優れた触媒作用を示す新しいアンチモン−レニウム複合酸化物(SbRe2O6)を見出した。これまで、メタノ−ルから一段で酸化的にメチラ−ルを合成する(3CH3OH+2O2→CH2(OCH3)2)優れた触媒は報告されていないが、SbRe2O6触媒は93.5%もの高い選択率でメチラ−ルを生成した(特許出願)。また、SbRe2O6触媒はイソブタン及びイソブチレンのアンモ酸化によるメタクリロニトリル生成に活性を示し、低級炭化水素類のアンモ酸化反応に有望な触媒である(特許出願)。
(4)触媒概念"Surface Catalytic Reactions Assisted by Gas Phase Molecules"
 Co/Al2O3触媒上でのNO-CO反応において、触媒作用の新規概念"Surface Catalytic Reactions Assisted by Gas Phase Molecules"を見出した。すなわち、表面コバルトジニトロシル(Co(NO)2)を経て進むNOの還元反応が、表面に観察されないCO分子(Spectator)により著しく促進される。Co(NO)2における2個のNO配位子間の角度がCOの存在により大きく増大し、同時にNO吸着量が増大する。反応中間体の構造と量がSpectator分子により著しく影響を受け、結果として触媒反応が促進される現象である。水性ガスシフト反応等にも応用可能であり、本現象を利用した触媒反応速度の向上や新反応ル−ト開拓が期待できる。
 このように本研究では、反応条件下での動的な表面反応解析法を種々開発して表面化学過程を直接捕らえ、単一分子やその集団の反応特性と活性表面創出に関する基本原理を明らかにしてきた。触媒反応過程に関し、反応中間体及び生成物も含めての反応場が直接画像化されるようになり、新触媒開発の礎を固めた。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 研究代表者らのグル−プは、まず固体表面における構造変化や反応分子の挙動をリアルタイムで観察することを目指し、そのための各種解析装置を開発・導入した。プロジェクト期間内に、1)複合放出電子顕微鏡(特許出願3件)、2)時間分解型DXAFS、3)TAP装置、4)多素子半導体検出型全反射蛍光XAFS(特許出願3件)等をそれぞれ立ち上げ、別途共同研究者らの開発した装置も含め、固体表面における金属や酸化物の局所構造と挙動、また吸着物質等の挙動を観察することに成功した。次にこれら以外の装置・手法も駆使して、反応場観察より触媒作用の新概念の提出や、ナノスケ−ルに制御された触媒調製法、そして新規Re触媒による選択酸化反応(特許出願5件、外国2件)等を生み出した。
 これらは関連する学会報告(国内学会243件、国際学会36件)や論文発表(英文164件、和文29件)により、世界中に発信された。関心度が高く、招待講演の要請も多い。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 研究代表者らのグル−プは固体表面の反応に関する研究では、日本ではもちろん国際的にもトップグル−プにあるが、今回さらに最新鋭の機器を開発・導入したことにより、世界水準を抜く成果が得られている。特に、複合顕微鏡等により材料表面を瞬時に画像化・観察することに対し、評価が高い。また、高選択的酸化触媒などは興味ある系であるが、開発にはもう少し時間が要る。ただし、今までの精緻な手法の活用からさらに高度な展開が期待できる。
 これらの業績により、岩澤教授は平成11年に触媒学会賞、平成12年に日本表面科学会賞を受賞した。
4−3.その他の特記事項
 朝倉教授は平成12年に北海道大学触媒化学研究センタ−教授に昇進。

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