研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
有機ゼオライト触媒を用いる反応制御に関する研究
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 青山 安宏 九州大学有機化学基礎研究センタ− 教授
主たる研究参加者 増田 秀樹 名古屋工業大学工学部 教授
岡畑 恵雄 東京工業大学生命理工学部 教授(〜平成10年3月)
3.研究内容及び成果
 固体触媒のメリットの一つは回収・再利用の容易さにある。ゼオライトのように内孔が存在する場合には、酵素作用にも類似した基質取込みの利点が加わる。このような多孔質の固体触媒(有機ゼオライト)を有機骨格をベ−スに構築できれば、その意義は計り知れない。有機物は形やサイズ、相互作用のトポロジ−において多様であり、また可溶性の有機(錯体、有機金属)触媒は数多く知られているからである。このような観点から、本研究における「有機ゼオライト触媒」の開発は、当初は有機物のみで構築することを考えていたが、後になって既存の可溶性(均一性)触媒を多孔質不溶化(不均一化)するという形をとった。金属成分としては最初にルイス酸を検討し、次いでランタンなどの希土類、さらには重金属へと展開した。それぞれ、酸触媒反応、塩基触媒反応、酸化還元反応を対象としたものである。もうひとつのキ−ワ−ドは水であった。水は生体にとってはかけがえのない媒体であるが、これほど化学の分野、特に有機合成の分野で敬遠されてきた溶媒は無く、強塩基や強酸を無水の有機溶媒中で使用するドライな有機化学が前世紀を通じ独自の進展を見せた。しかしながら、環境保全の立場からも、生体系になじみやすいプロセスを構築するためにも、水を媒体とする物質変換や有機化学全般を見直す時期になっている。このような観点から、プロジェクト後半には有機ゼオライトを多孔質酵素モデルとみなし、水中での有機合成触媒反応の開発を目指した。
 これらの研究は、名古屋工業大学の増田グループ及び東京工業大学の岡畑グループの協力のもとに、九州大学有機化学基礎研究センタ−で行った。
(1)金属含有有機ゼオライトの開発
 本研究の出発時に提案していた、ホスト化合物の水素結合ネットワ−クを用いる有機ゼオライト研究を基礎として、金属配位ネットワ−クを有する金属有機ゼオライト触媒を開発した。この研究では有機ゾル−ゲル法とでも呼べる簡単な方法により、水素結合ネットワ−クが金属配位に変換されることを見い出した。この手法により、Al3+、Ti4+、Zr4+などのルイス酸が有機ネットワ−クに固定できた。得られた非晶質(アモルファス)の金属を含む有機ゼオライトが多孔性を持ち、かつディ−ルス・アルダ−反応などに著しい触媒活性を示すことを明らかにした。例えば、Zr4+ホストは比表面積200 m2/gと平均空孔サイズ0.7 nmを有し、ゲスト吸着はラングミュア型であり、アクロレイン−1,3-シクロヘキサジエンの反応に対する触媒活性は対応する均一(可溶性)のZr4+錯体に比べて200倍も高い。触媒は容易に回収・再利用でき、生成物への金属の漏れは見られないことから、ディ−ルス・アルダ−のような典型的な合成反応が触媒を詰めたカラムを用いてフロ−法で行うことができるようになった(特許出願)(新聞発表)。
(2)希土類金属の固定と水中での有機合成反応
 希土類のランタンを同様な方法で固定化したLa3+ホストは、ランタンのルイス酸性に加えて配位オキシアニオンの塩基性も働くため、ケトンのエノ−ル化が促進される。その結果、マイケル付加やアルド−ル縮合などに対する良好な固体触媒となる。特に注目すべきは、La3+ホストの金属配位ネットワ−クは加水分解を受けず、そのため反応を水の中で行うことができる点である。水中からも効率的な基質(ケトン)の取り込みがあり、酸(La3+)と塩基(O-)の協同的な活性化により、ケトンはエノ−ル化をうける。ここでエノ−ル受容体としてのアルデヒドが存在する場合には、アルド−ル縮合が触媒的に進行する。そして、ホストが真に多孔体であるために、生成物の空孔からの脱離も速い。この系は、多孔質酵素モデルとでも呼べる回収・再利用可能な固体触媒である(特許出願)。
(3)糖鎖の細胞認識能の解明
 La3+ホストの金属配位ネットワ−クが水に対して安定なことを利用して、水中での極性相互作用をさらに検討すべく、モデルとして糖を選んだ。糖は電荷をもたず、極めて高い親水性を有しており、水中で重要な疎水性効果や静電相互作用の寄与を最小限に抑えられるからである。大環状骨格(カリックスレゾルシン)を用いて8個の糖鎖を固定した糖クラスタ−化合物は、リン酸イオンにより凝集するなど、驚くべき多点水素結合能を示した。糖鎖は細胞表面で種々の認識過程に関わっており、糖鎖と受容体との特異的な相互作用を利用した肝細胞への薬物や遺伝子の指向運搬にも成功した。これにより水中での多点相互作用を基盤とした細胞認識に関する新たな戦略を提供することもできた(特許出願)。
(4)有機金属錯体のネットワ−ク化
 これまでの知見より、孔のある有機金属を作成することへ展開した。この目的には、ホスフィンなど低原子価の安定に必要なソフトな配位子をネットワ−ク化する必要がある。ここではランタンをネットワ−ク介助者とする方法を用いた。すなわち、トリフェニルホスフィンのモノカルボン酸誘導体とLa3+との錯形成により生じるトリス(トリフェニルホスフィン)誘導体をネットワ−ク化剤とする方法であり、これによりPd2+やRu2+などの遷移金属を固定化することができる。得られたものは比較的小さな空孔を有する多孔体であり、水やCO2などの小分子を可逆的に取り込む。エチレンもゲストとして取り込まれ、Pd2+−ホストを用いることにより、ワッカ−型の触媒反応が進行する(特許出願)。
(5)共同研究チ−ムの成果
 増田グル−プでは、水素結合能のある種々の金属錯体を合成し、水素結合による集積・組織化がどのような構造を誘起し、どのような機能を生み出すのかについて詳細な検討を行った。ここでは金属部位と水素構造モチ−フが現れることが見い出されている。さらに、水素結合を利用した組織化によりプロトン移動と電子移動を共役させることにも成功しており、構造設計や機能設計に新たな指針を提供した。
 岡畑グル−プは、包接現象につき水晶発振子(QCM)法を用いて解析した。QCM法では、ホストを塗布した水晶板の発振周波数が重量に依存し、ゲストの吸着は周波数の変化に反映される、という原理を用いている。この方法ではサンプルの必要量がμgで済むので、数多くの水素結合ホストによるゲスト吸着挙動を測定し、ゲスト吸着がゲスト濃度(圧)について敷居値をもつことを明らかにした。これはゲストの取り込みがホストに関してアロステリック型の協同効果であることを示しており、協同効果の程度や吸着の速度を定量的に評価することにも成功した。
 全般的に、多孔質有機固体触媒という前例の全くない課題に取り組み、所期の成果を挙げ、この重要な未開拓分野に鍬を入れることができた。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 研究代表者の提唱していた「有機ゼオライト」は、無機ゼオライトと比べ組成の多様性から構造の自在性を生み出すことが出来るという点で、独創性の高いものであったが、その構造が水素結合によって支えられているため耐用性に欠けるという問題があった。このことを解決するために、構造母胎を金属との共有結合に切り替えることにより非常に興味ある系を編み出すことに成功した。
 大別するとミクロ孔を有する、1)ルイス酸含有有機ゼオライト、2)ランタナイド含有有機ゼオライト、3)重金属含有有機ゼオライトで、それぞれ酸触媒能、塩基触媒能及び酸化還元触媒能を有し、カラムフロ−型反応を実現できた。そのどれも新規性が高く、主要欧文雑誌をはじめとした論文発表(英文33件、和文12件)、学会発表(国内学会67件、国際学会27件)はもちろんのこと、特許出願(国内6件、外国1件)も行い、その一部は既にライセンスされ、上市に至っている。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 研究代表者の見出した「有機ゼオライト」は、その概念とともに触媒反応の応用が拡がるところがあり、興味深い。この新規な材料と触媒作用は、高度の物理化学的手法を用いてゼオライトへの基質取込を詳細に検討したことにより生み出された。固有の触媒反応を見出すことが出来れば、もっとインパクトは大きくなる。その意味で、ランタナイド含有有機ゼオライトの水に対する安定性と水中に於けるC-C結合生成反応活性の発現は、多孔質酵素モデルとして機能の展開が期待できる。
4−3.その他の特記事項
 青山教授はCREST終了後京都大学へ転出したが、CRESTの成果をふまえ『水媒体中での有機化学』に関し、世界をリ−ドする研究者の一人になることが期待される。

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