研究代表者 | 名取 俊二 | 理化学研究所 特別招聘研究員 |
1) | 昆虫の自己と非自己の識別機構では、幼虫と蛹の体液細胞の間で、表面に露出している蛋白質の相違を調べるために、蛹の体液細胞のみと反応するモノクローナル抗体を取得した。その抗原は、蛹体液細胞の表面だけに発現する分子量120kDaの蛋白質であった。クローニングしたcDNAから、このものは1回膜貫通型の蛋白質で、C-末端側47残基が細胞内にあり、細胞外に突き出ている部分には18個のEGF(Epidermal growth factor)様構造が存在することを明らかにした。この蛋白質は、崩壊した幼虫組織の断片や、不要となった幼虫細胞を掃除するために、蛹の時期だけに出現するスカベンジャーレセプターであることが示唆された。今までに、この様なスカベンジャーレセプターの報告はない。 |
2) | 新規生理活性物質5-S-GADでは、5-S-GADがv-srcの自己リン酸化反応を阻害することから、ヒト癌細胞に対する増殖阻害効果を検討した。試験した38培養株の中、2株の乳癌細胞と1株のメラノーマ細胞の増殖を顕著に阻害することを見出した。5-S-GAD分子のβ-アラニル基が癌細胞選択性に寄与すること、細胞毒性発現には産生される活性酸素種が重要であるが、それだけでは抗癌活性は説明できないことから、5-S-GADのチロシンキナーゼ阻害活性と抗癌活性との関わりを調べている。また、5-S-GADは、マウス骨髄細胞から破骨細胞が分化する過程を著しく阻害することから、分化途上で発現する遺伝子の中で、5-S-GADにより影響を受けるものをDNAマイクロアレイ法を用いて検出、同定している。 |
3) | 抗菌性蛋白質では、ザーペシンBの活性中心を改変して得られたペプチドが、好中球を活性化して活性酸素を放出させ、マウスでMRSA感染を抑制することを明らかにした。好中球上のこのペプチドのレセプターがカルレティクリンであり、G-蛋白質を経由するシグナル伝達により活性酸素の放出が起きることを明らかにした。小胞体の分子シャペロンであるカルレティクリンがシグナル伝達にも関わることを初めて見出し、分子シャペロンの研究に新たな視点を加えた。 |
4) | 上記3つの研究の過程で、幾つかの新しいテーマが派生した。 「昆虫の細胞増殖因子に関する研究」では、センチニクバエ胚由来培養細胞の産生する細胞増殖因子を精製し、そのcDNAをクローニングした。これは昆虫から初めて単離された細胞増殖因子であり、アデノシンデアミナーゼ活性を持つことを明らかにした。 「抗菌活性を持つセリンプロテアーゼに関する研究」では、センチニクバエの蛹の時期特異的に抗菌活性を持つプロテアーゼが中腸に出現することが判り、この酵素を精製して機能を明らかにした。 「中枢神経系の再編成に関する研究」では、変態時期の中枢神経系の運命を調べ、幼虫脳のある一部の領域ではアポトーシスが、また別の部分では神経芽細胞が増殖して、神経ネットワークのリモデリングが起きること、この反応が変態ホルモンであるエクダイソンにより制御されていることが示された。 「昆虫のプロテアーゼに関する研究」では、幾つかの新規プロテアーゼを精製し、その構造を明らかにした。特に26/29-kDaプロテアーゼは昆虫特有の新しい酵素であった。 「センチニクバエの新しいレクチンに関する研究」では、新規レクチンを精製し、その構造を決定した。また、このレクチンが哺乳動物のリンパ球系の細胞を活性化し、サイトカインの分泌を促進することを見出した。 |