研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
普遍的な生体防御機構としてのストレス応答
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 永田 和宏 京都大学再生医科学研究所 教授
主たる研究参加者 矢原 一郎 東京都臨床医学総合研究所 副所長
河野 憲二 奈良先端技術大学院大学 教授
3.研究内容及び成果
 本研究は、ストレス応答による生体防御の分子機構を明らかにするために、@ストレス応答を制御しているストレス転写因子に注目しながら「ストレス応答の分子機構の解明」、Aストレス蛋白質が、ストレスによって細胞内に蓄積される変性蛋白質をどのような相互作用によって、細胞を死から守っているか「ストレス蛋白質の分子シャペロンとしての機能の解明」を研究テーマに設定し、このテーマに沿って3グループで研究を進め、以下の成果を挙げた。
(1)永田グループ
1) ストレス転写因子HFS3の機能について調べ、HSF1とストレスの強度に応じて、相補的に活性化されることを明らかにした。即ち、HSF1は比較的軽度のストレスに応じて活性化され、より強いストレスが付加されると、先ずHSF1が活性化された後、HSF3がゆっくりと活性化されて、長く活性化状態が持続する。また、DT40細胞のHSF3遺伝子欠損株を作製し、高温(45℃)に晒した時の生存が、野性株よりも低下していることを示した。
2) 新規に見出したコラーゲン特異的分子シャペロンであるHSP47は、コラーゲン特異的に結合するだけでなく、その発現もコラーゲンとよく相関し、種々の線維化疾患(肝硬変、肺・腎の線維症、動脈硬化、ケロイド)などの病態進行に関与していることを明らかにした。このコラーゲンと相関する組織特異的発現には、プロモーター領域だけでなく、イントロン中に組織特異的発現を規定するシス配列が存在することを明らかにした。また、HSP47欠損マウスの作製に成功し、この欠損は胎生11.5日で致死となり、コラーゲン繊維及び基底膜が形成されないことを明らかにした。
3) 変性蛋白質を小胞体にとどめ、分泌されないようにするキー蛋白質EDEMを発見し、その遺伝子をクローニングした。変性糖蛋白質は小胞体関連分解(ERAD)によって、いったん細胞質まで逆輸送された後にプロテアソーム系によって分解されるが、この分解にはmannoseが9個ついたMan9型からMan8型への糖鎖のトリミングが必要であり、小胞体中にはMan8を特異的に認識して分解系へまわす、Man8レクチンが存在すると考えられていた。このMan8レクチン(EDEM)を世界に先駆けてクローニングに成功し、EDEMが実際にα1-antitrypsin mutantの分解を促進することを見出した。
(2)矢原グループ
1) HSP90の分子構造を電子顕微鏡観察により明らかにした。即ち、HSP90は生理的条件で2量体を形成しているが、NCCN(NはN端側ドメイン、CはC端側ドメイン)に並んだ串団子状の構造で、この串は自由に湾曲する柔軟な構造である。高温やATPの添加により湾曲してN端どうしを付着してリング状の構造になることを見出した。
2) HSP90を介した変性蛋白質のシャペロン間、プロテアソーム間の受け渡し機構を発見した。HSP90は高温処理によって変性蛋白質に強く結合する性質を獲得する。HSP90・変成蛋白質複合体はreticulocyte lysate(RL)とインキュベートすると、解離して変成蛋白質は効率よく再活性化される。RL中の再活性化因子を探索し、変成蛋白質はHSP90にトラップされ、プロテアソーム活性化因子PA28に受け渡され、次いでHSP70に移行して、HSP70はHSP40と共同作業することによって、再活性化された蛋白質を遊離する。HSP90は変成蛋白質の再生と分解の交点に位置する可能性が示唆された。
(3)河野グループ
1) 小胞体ストレスによってストレスセンサーの活性化そのものが、シャペロンによって制御されていることを見出した。小胞体ストレスセンサーとして動物細胞では現在までに少なくとも、IRE1α、IRE1β、PERKの3種が知られており、IRE1αとIRE1βは、小胞体ストレス時に小胞体シャペロン遺伝子群の転写レベルでの誘導に関わっていると報告されていた。ヒト小胞体ストレスセンサー、IRE1βが28S rRNAの特異的な切断を起すことによって、PERKと同様に蛋白質合成を抑制し、小胞体のfolding capacityの維持に関わっていること示した。
2) 小胞体ストレス下に、変性蛋白質の蓄積を回避するための新しい遺伝子を見出し、その制御機構を明らかにした。非ストレス時には、小胞体HSP70のホモログであるBiPが、センサー蛋白質Ire1Pに結合することにより、そのオリゴマー化を抑制しているが、小胞体ストレス負荷時には、BiPがIre1Pから解離して、Ire1Pの活性化が起きる負の制御を受けていることを実証した。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 上述の研究成果は、国際学会58件、国内学会165件、論文発表は英文86件、和文5件として発表された。主要な論文は、Genes & Development 1報、Nature Cell Biology 1報、EMBO Journal 1報、Journal of Cell Biology 1報、Proceedings of the National Academy of Sciences, USA 1報、Circulation 1報、Molecular and Cellular Biology 1報、Journal of Biological Chemistry 9報、Oncogene 1報、Journal of Molecular Biology 1報、Genes to Cells 1報、Laboratory Investigation 1報、FEBS Letters 1報、European Journal of Biochemistry 3報、Matrix Biology 1報、Biochemical and Biophysical Research Communications 5報など、質量共に優れている。特に、新しい分子EDEMの発見とその機能の解析、HSP47がコラーゲンの正常な合成に必須であると共にマウスの個体発生にも必須であることの発見、さらに小胞体ストレス制御を担うIRE1βによるrRNAを介した翻訳調節機構の発見等は注目される成果で、今後の発展が期待される。
 特許は国内出願2件で、海外への出願はない。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 この領域の研究は国内外で競走が激しいが、小胞体品質管理に関わる新規蛋白質EDEMの発見や基質特異的分子シャペロンHSP47の機能解明などはオリジナリティーがあり、世界をリードする研究である。基礎的な研究レベルは高いが、どう実用面へ繋げていくかは今後の課題である。HSP47を手掛かりに、肝硬変、肺・腎の線維症、動脈硬化等の線維化疾患の病因解明と治療法の開発などの応用研究への展開が期待される。
4−3.その他の特記事項
 永田グループの中井氏(当時京都大学再生医科学研究所助手)が平成12年9月1日付で山口大学医学部教授に就任した。

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