研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
Fc受容体を介する生体防御システムの解析
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 高井 俊行 東北大学加齢医学研究所 教授
主たる研究参加者 羅 智靖 順天堂大学医学部 講師
中田 勝彦 参天製薬(株)眼科研究本部 グループ長
田邊 忠 国立循環器病センター研究所 部長(平成8年4月〜平成12年3月)
3.研究内容及び成果
 Fcレセプター(FcR)は、免疫複合体を認識し、エフェクター細胞の活性化あるいは抑制を行って生体防御系を調節する重要な分子群である。本研究では、抑制的機能を担っているFcγRUB、逆にIgGを介して正の働きをするレセプターと考えられるFcγRV、及び複数の活性化型FcRの共通シグナルアダプター分子であるFcRγの遺伝子欠損マウスを用い、これらの炎症・アレルギー誘発、自己免疫に対する応答能を解析することによって、生体防御調節機構の分子及び細胞ネットワークを解明することを目的としている。
(1)高井グループ(FcR及び新規受容体分子群ILRを介する生体防御システムの解析)
1) 一種あるいは複数のFcR遺伝子欠損マウスであるFcRγ-/-マウス、FcγRV-/-マウス、FcγRUB-/-マウス、all-FcR-/-(FcR null)マウス、Lyn-/-/FcγRUB-/-マウス等を作製した上で、IgEを介するT型アレルギーにもFcγRUBが抑制的に機能すること、V型アレルギーにはLynキナーゼの関与は低いことを示した。総括すると、FcγR群が自己免疫疾患に密接に関与しており、特にFcγRUBが自己免疫の発症を抑制する重要な機能を持っていることを証明できた。
 これに関連し、FcγRUB-/-マウスを用いてグッドパスチャー症候群モデルマウスの作製に成功すると共に、従来よりも格段に発症率が向上したコラーゲン誘導関節炎モデルマウスを作製した。自己免疫性糖尿病や実験的アレルギー性脳脊髄炎にもFcRが密接に関与していることを示す証拠が得られつつあり、また、FcRが抗原提示細胞による免疫開始機構を調節していることを証明し、癌免疫賦活方法として樹状細胞上のFcRに癌特異抗原をパルスすることを考案して、検証を始めた。
 また、FcR及びその関連シグナルアダプター分子群が、免疫系のみならず中枢神経系の細胞にも発現しており、その欠損によって脳神経細胞の発達過程に変調をきたし、ある場合には精神神経疾患につながりうることを発見した。
2) ヒトのKiller Immunogloblin-like Receptor(KIR)と塩基配列で50%の相同性を持つ新規イムノグロブリン様レセプターであるp91(現在ではPaired Ig-like Receptor、PIRと呼ばれる)をマウスで見出した。PIR-Aが活性化型のレセプターであること、FcRγとβサブユニットを活性化シグナル伝達に利用していることを明らかにした。
 PIR-Bとgp49Bの欠損マウスを作製でき、PIR-BはB細胞、血小板、マスト細胞等において活性化の閾値を決定している可能性を示すことができ、現在詳細な解析が進行している。
(2)中田グループ(眼局所免疫におけるFcRの機能解析)
 FcγRUB-/-マウスを用いたアレルギー性結膜炎誘導機構の解析を行った。
 結膜局所におけるアレルギー性結膜炎は皮膚とは異なり、FcγRUB-/-マウスと野生型(+/+)との間で差異が認められなかった。さらに、IgEにより誘発されるアレルギー性結膜炎では両者に差異は無いが、IgGによる血管透過性亢進はFcγRUB-/-マウスが野生型よりも強かった。結膜アレルギー反応には、皮膚と同様にIgGによる負のフィードバック機構は存在するものの、IgE-dominantであることが示唆された。
(3)羅グループ(FcεおよびFcαレセプターを介する生体防御システムの解析)
 FcαRは、粘膜における生体防御を担うIgAを認識するFcレセプターであり、炎症を誘引する細胞として知られる単球・マクロファージ、好中球、好酸球で選択的に発現されるが、生体内における役割は殆ど判っていない。その一方で、アレルギー疾患やIgA腎症等の炎症性疾患においてFcαRの発現に変動を来すことが観察されていることから、本レセプターがこれらの疾患に関わる重要な生理的役割を担っていることが推察される。FcαR遺伝子の転写レベル及びRNAスプライシングレベルにおける発現調節機構を明らかにし、その発現に影響を及ぼす遺伝子領域並びに細胞内因子を同定することにより、遺伝子発現のメカニズムの面からFcαRの生理的役割ひいては疾患との関わりを理解しようとするものである。
 研究の結果、単球や好中球へと成熟するメカニズムとFcαR遺伝子発現調節機構とが核内因子レベルで密接に連動していることを示唆すると共に、疾患あるいは炎症時の外的環境におけるFcαRの発現制御の重要性を強調できた。IgA腎症との相関を示すプロモター多型の発見は、FcαRと疾患との関わりを遺伝的要因という点で捉えた初めての例である。本研究成果は、粘膜免疫におけるFcαRの役割及び疾患の発症あるいは進展のメカニズムを分子レベルで解析する際の基礎を提供するものと思われる。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 上述の研究成果は英文論文・総説38件、和文論文10件として発表され、その主要なものはJournal of Experimental Medicine 5報、Journal of Biological Chemistry 3報、Journal of Immunology 3報、Biochemical and Biophysical Research Communications 1報等である。
 また、学会発表も国内学会68件、国際学会11件行われた。
 特許は国内出願8件、国際出願3件で、この3件は実施許諾の契約がされつつある。
 論文の数はさほど多くはないが、質の高い専門誌に発表されており、自己免疫疾患モデルマウスの作製など応用面での成果は高く評価できる。DAP12欠損マウスの脳神経細胞の発達過程の変調の発見は、FcR及びその関連シグナルアダプター分子の欠損と脳、中枢神経系との関わりの解明につながるものと期待される。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 Fc受容体を介する生体防御システムにおける活性化型受容体と抑制型受容体による制御バランスが重要であることを、アレルギー、自己免疫疾患等の実験系において明らかにし、国際的にもレベルの高い成果と評価できる。また、自己免疫疾患モデルマウスの作製は、アレルギー、自己免疫疾患の治療法開発の手掛かりとなるもので、科学的・技術的インパクトも大きいと評価できる。
4−3.その他の特記事項
 研究代表者は、この研究課題の採択時は岡山大学工学部の助教授であったが、平成9年10月に東北大学加齢医学研究所教授として異動した。異動に伴う研究の中断があったにも拘わらず、成果を挙げたことは評価できる。

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