研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
ウイルス持続感染による免疫均衡の破綻機序とその免疫治療法の開発
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 神奈木 真理 東京医科歯科大学医学系研究科 教授
主たる研究参加者 山本 直樹 東京医科歯科大学医学部 教授
井川 洋二 東京医科歯科大学医学系研究科 教授
中村 正孝 東京医科歯科大学疾患遺伝子実験センター 教授
田中 勇悦 琉球大学医学部 教授
藤井 雅寛 新潟大学医学部 教授
高橋 秀実 日本医科大学医学部 教授
3.研究内容及び成果
 本研究では、レトロウイルス感染によって引き起こされる腫瘍、免疫不全、自己免疫等の生体内での病態形成機序とその分子メカニズムを解明し、究極的にはウイルスを抑制して免疫不均衡を矯正する免疫治療法の開発を目指した。従って、生体内解析を可能にするための動物モデルの開発、宿主側の免疫応答及びウイルスによる細胞内シグナル修飾の解析を当面の目標として、7研究グループが、成人T細胞白血病ウイルスI型(HTLV-I)、ヒト免疫不全ウイルスI型(HIV-I)、フレンド白血病ウイルス(F-MuLV)を対象に研究を行い以下の成果を挙げた。
(1)神奈木グループ
1)成人T細胞白血病(ATL)動物モデル
 まず、試験管内でHTLV-Iを感染させ、増殖性を獲得したラットT細胞株FPM1を樹立し、これを腫瘍細胞として、T細胞免疫の欠損した同系のヌードラット(nu/nu)に接種したが、生体内腫瘍増殖は起らなかった。この細胞株をnu/nuの生体で継代して得たサブクローンFPM1-V1AXは、nu/nuに致死的T細胞リンパ腫を起した。同系の免疫正常ラット(nu/+)では、いずれの細胞株も腫瘍を起さず、長期間観察しても増殖可能な腫瘍への進化は認められなかった。これは、HTLV-I感染細胞の生体内腫瘍化には、試験管内でのT細胞不死化だけでは不充分で、付加的変化が必要であること、宿主の免疫低下はこの進化過程を助長することを示唆している。  腫瘍退縮を起したnu/+個体からは、腫瘍細胞を特異的に傷害する細胞傷害性T細胞(CTL)活性が検出され、その主な認識抗原はHTLV-I Taxであることが判明した。更に詳細な解析を行い、CTLの主要認識エピトープを同定し、エピトープ部位のペプチドを免疫原としてワクチン接種した動物のT細胞を移入することにより、FPM1-V1AXを接種したnu/nuの致死的リンパ腫増殖は回避された。Tax cDNAを含むDNAワクチンによっても同様の抗腫瘍効果が認められ、Taxを標的とするT細胞性免疫がHTLV-I感染細胞増殖を生体内で抑制することが明らかになった。  ヌードラットを用いた一連の研究結果は、HTLV-Iに対する免疫応答の低い個体では感染細胞集団の増殖制御が不充分であり、ワクチンによる細胞性免疫強化が発症予防的意義を持つ可能性を示した。本実験系は、現在のところHTLV-I腫瘍に対する抗腫瘍免疫効果を検定できる唯一のシステムであり、ATLの予防治療法の開発に極めて有用である。
2)宿主CD8陽性細胞によるHIV-I抑制機序
 無症候HIV-IキャリアのCD8陽性細胞は、試験管内でHIVの複製を抑制する。この抑制機序を解析し、抑制にはMHC-I拘束性と非拘束性の少なくとも2種類があること、進行期患者ではMHC-I非拘束性のCD8依存性HIV抑制活性が有意に低いことが判明した。しかし、この抑制の強さはSDF-1等の既知のケモカインの発現とは相関しなかった。CD8細胞によるHIV-I抑制の強さは病期の進行と逆相関することから、生体内でもHIV-I産生の抑止力として働くことが示唆された。  また、このHIV-I複製抑制は、試験管内でPMA、SEB等の添加により解除されることが判り、中和抗体による解析から、TNFαがCD8陽性細胞のHIV抑制効果の解除に関与していることを明らかにした。これは、生体内でもTNFαが増悪因子として働く可能性を示唆しており、病後期にTNFαが増加することと合致している。
3)HIV-I インテグラーゼの機能
 インテグラーゼはプロウイルスのゲノムへの組み込みを行う酵素であるが、組み込み以前のウイルス複製段階で重要な機能を持つこと、その一つが核移行であることを明らかにした。また、ウイルス複製に必須であるインテグラーゼのアミノ酸配列部位を特定し、この部位を標的とした抗ウイルス剤のスクリーニング法を考案した。
(2)山本グループ
 ヒト末梢血リンパ球を生着させたSCIDマウスを用い、nefがHIVの生体内病原性に重要であることを示した。また、R5-HIV-1株はTh1細胞で、X4-HIV-1株はTh2細胞で選択的に増殖し、これがHIVコレセプターの発現の違いによることを示した。 (3)井川グループ
 ウイルスgp55のエリスロポエチン受容体(EPO-R)への結合によりJAK1、STAT5がリン酸化され、EPO-EPORのシグナルとの共働で、増殖を誘導することがわかった。また、免疫T細胞によるFriend白血病の発症阻止実験系を樹立した。
(4)中村グループ
 増殖休止G0/G1期のヒトT細胞株Kit225にHTLV-I Taxを強制発現させると、転写因子E2Fの活性化を伴い、細胞周期がS期、G2/M期に進行することを見い出した。さらに、TaxによるE2Fの活性化は、直接の遺伝子発現誘導の他、cyclin-dependent kinases (CDK2、CDK4)の活性化を介することを明らかにした。
(5)田中グループ
 ヒトT細胞を生着させたSCIDマウスを用い、マクロファージ指向性HIV-1が増殖し、著明なCD4+T細胞の枯渇を伴うHIV-1感染動物モデルを確立した。さらに、脾臓内に限局したヒト末梢血移植実験系を作成し、マウス個体レベルでの免疫誘導とHIV-1感染防御誘導が可能であることを示した。
(6)藤井グループ
 HTLV-1 Taxの強制発現によりT細胞株CTLL-2がIL-2非依存性になり、その際アポトーシスの抑制にはbcl-xの、細胞周期の促進にはサイクリンD1、D2のTaxによる発現誘導が関与し、主にNF-κ B経路を介することを見いだした。新鮮ATL細胞ではTaxの発現レベルは低いが、NF-κ BおよびAP-1が活性化していることを示した。
(7)高橋グループ
 標的細胞から遊離したエピトープペプチドがCTL側Class I MHCへの結合することにより、HIV-1特異的CTLがanergy状態となることを見いだし、分子メカニズムを解明した。さらに、anergy状態のCTL再活性化には、B7-1分子のような共刺激因子が必須であることを確認した。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 上述の研究成果は、英文論文31報、和文論文6報として発表され、その主要なものはJournal of Experimental Medicine 1報、Journal of Biological Chemistry 1報、Oncogene 1報、Journal of Virology 9報、Virology 2報、Biochemical and Biophysical Research Communications 1報、Journal of General Virology 1報等、数は多くないが大多数はインパクトファクターが3以上の雑誌に掲載されていて評価できる。特に、ATL動物モデルの作製に成功し、この系を用いて腫瘍免疫について解析したことは、世界的にも優れた研究と評価され、医学的な見地からのインパクトも大きく、今後の応用への展開が期待される。
 学会発表も国内学会60件、国際学会9件と適正に行っており、代表者はHTLV-I関連の国際会議で平成12年と平成13年に招待講演を行っている。平成13年4月に京都で開催した「ATLのウイルス病因発見から20年」に対する共同通信社の取材記事で、本研究の成果「ATLの動物モデルと腫瘍ワクチン効果」が取り上げられた。
 国内出願した特許2件は、国際出願もなされ、その中の一つは事業団の権利化試験に採択された。
 共同研究では、AIDSのモデル動物以外は散漫で、目的とする成果は薄い。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 ATLの病態モデル動物の作製という所期の目的を達成して、更にワクチン試作まで果たした研究代表者の地道な努力は評価できる。今後の応用への展開として、ATLやAIDSの治療法及び予防法の開発に関する研究の進展が期待され、その結果次第で本研究のインパクトの高さは決るであろう。

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