研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
植物の感染防御機構の生物有機化学的解明
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 岩村 俶 京都大学大学院農学研究科 教授
主たる研究参加者 児玉 治 茨城大学農学部 教授
田原 哲士 北海道大学大学院農学研究科 教授
3.研究内容及び成果
 植物は有害微生物や植食性昆虫の攻撃に対して、抗菌活性物質や摂食忌避活性物質をもって備えている。本研究では、天然物有機化学並びに生物有機化学的な手法を駆使して、新たな防御機構、防御物質とその動態、即ち植物の物質的防御機構の多様性を解明し、これらの成果に基づいて応用展望に結びつく研究を酵素化学及び分子生物学的手法をも駆使して行うことを目標としている。
(1)岩村グループ
1) コムギ及びトウモロコシにおいて、benzoxazinoneグルコシドとそれらに特異的なグルコシダーゼが従属栄養期に特異的に発現していることを見出し、このグルコシダーゼ及びbezoxazinoneグルコシルトランスフェラーゼを精製単離した。健全組織では殆ど見出されていないbenzoxazinone類の一つであるhydroxydimetoxybenzoxazinone(HDMBOA)グルコシドが、コムギ及びトウモロコシにおいて誘導発現することを見出し、コムギ、トウモロコシにも誘導防御機構が存在することを示した。benzoxazinone類生合成の最終過程4段階を司るP450酵素のcDNAクローニングし、種々の染色体置換6倍体コムギ系統に対するサザン解析から、一連の生合成酵素遺伝子は第4及び第5染色体に分散座乗していることを見出した。
2) オオムギの抗菌性化合物hordatineが、その生合成酵素と共に従属栄養期に特異的に発現していることを見出し、酵素の精製単離、性状解析を行った。また、hordatineがオオムギ2H染色体添加コムギにおいて発現することを見出し、オオムギの抗菌物質を導入したコムギの耐病性育種に道を拓いた。
3) エンバクのファイトアレキシンavenanthramide類の生合成過程の全貌を、エリシターによる酵素活性の誘導及び想定される前駆物質の取込実験から明らかにした。avenanthramide類と類似したヒドロキシ桂皮酸アミド類の関与する生体防御機構が、トウモロコシ、オオムギ、アカツメクサに存在することを見出し、その普遍性を示唆した。さらに、ヒドロキシ桂皮酸アミド類は細胞壁に取り込まれることによっても植物の生体防御機構に寄与していることが示唆された。
4) バナナ果実のファイトアレキシンとして、12種類の新規物質を含む合計24種類のフェニルフェナレノン誘導体を単離同定し、その新しい生合成経路を提唱した。フェニルフェナレノンの顔料増加は追熟によって停止することから、これが実際の果実で起っている感染抵抗性現象の主因であることを明らかにした。ネクタリン並びにキウイフルーツ、イチゴの未熟果実から、3種の新規物質を含む合計17種類のトリテルペン型ファイトアレキシンを見出し、トリテルペンが新しいファイトアレキシン化合物群になりうることを示した。
(2)児玉グループ
1) イネのファイトアレキシンのエリシターによる誘導について研究を行い、ジャスモン酸のアミノ酸複合体、メチオニン、キトオリゴ糖をイネ葉身に処理することにより、ファイトアレキシンを顕著に誘導できることを見出した。この研究のために、LC/MS/MSを用いたファイトアレキシン及びジャスモン酸類の高感度微量分析法を確立した。
2) フラボノイド系ファイトアレキシンであるサクラネチンの生合成の最終段階を触媒し、抗菌活性の発現に寄与しているナリンゲニン7-O-メチルトランスフェラーゼ遺伝子をクローニングし、新たな病害抵抗性作物の育種の道を拓いた。
(3)田原グループ  野生植物の化学的防御機構並びに化学物質を介した植物と微生物の相互作用の解析を目指して研究の展開を図り、以下の成果を得た。
1) 野生植物の病原抵抗性要因の解析とそれらの作用特性を検討し、キワタ科パキラ、ケシ科植物、バラ科キンミズヒキ、ヤナギ科オノエヤナギ、マメ科植物、耐病性ナス科台木植物の構成的あるいは誘導的抗菌物質の解析を行い、多数の抗菌性物質を単離、同定した。パキラはカディネン系抗菌物質を表皮に局在させ、髄では微生物の感染刺激により抗菌物質を誘導生成、ナス科台木は、ナス科植物の感染後抗菌物質として知られているセスキテルペン類を根部で大量に生成し、その一部を根から放出していることを明らかにした。
2) 植物とその周辺に共存する微生物との相互作用の解析から、アカエゾマツの種子には、ポリケタイド系抗生物質を生産するペニシリウム属カビの胞子が付着していて、苗立ち枯れ病菌を抑制していることを実験的に証明した。また、葉面着生菌の安息香酸や桂皮酸脱炭酸反応を介した植物病原糸状菌の抑制機構、チモシーのエンドファイトの病原抵抗性亢進への寄与の様式、アブラナ科植物の根圏微生物相の特性を生態化学的視点から追究した。
3) 病原性卵菌の遊走子を用いた生物検定と卵菌類の病原防除に関して検討し、遊走子は宿主成分に誘引され、非宿主成分には多様な応答を示すこと、スベリヒユの遊走子遊泳阻止物質の同定、内分泌撹乱物質のビスフェノールAや合成エストロジェンのジエチルスチルベストロールを敏感に感知し忌避することを見出した。卵菌類によるテンサイ苗立ち枯れ病の微生物防除資材として期待されるXanthomonasの抗生物質を単離し、その構造を決定した。
4) 植物病原菌の感染過程及び植物の防御に関わる情報伝達の解析を行い、ホウレンソウ根腐れ病菌の遊走子が宿主成分によって誘引され、根の表面に集積、被嚢化、発芽、侵入すること、この過程で見られる遊走子の遊泳停止、被嚢化は宿主特異的誘引物質に触発されることを明らかにした。一方、外的ストレスに応答して、感染防御に関わるイソフラボノイド相に多様な変化をもたらすルーピン類の子葉や胚軸を用いて、代謝変動に対する植物情報物質の効果を解析した。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 前述の研究成果は、学会発表として国内学会95件、国際学会9件発表された。また、論文として和文誌に25件、英文誌に51件掲載された。その主要なものは、FEBS Letters 3報、Applied and Environmental Microbioogy 1報、Planta 2報、Journal of Chromatography 1報、Tetrahedron Letters 2報、Archives of Biochemistry and Biophysics 1報、Journal of Chemical Ecology 3報、Journal of Natural Products 1報、Plant Physiology and Biochemistry 1報、Genes & Genetic Systems 1報、Phytochemistry 13報、Pesticide Science 1報、Plant Science 1報等である。
 特許は国内4件、海外2件出願された。
 植物の化学的防御メカニズムに関して多面的な研究を進め、成果を挙げたと評価できる。特に、植物の感染及びその他の傷害に対する防御物質とその機構に関する研究は独自のものであり、コムギにオオムギの抗菌物質hordatineを発現できること、イネのファイトアレキシン発現に寄与する遺伝子のクローニング等、耐病性育種につながる成果も得られた。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 コムギにおけるベンゾキサジノン生合成遺伝子の細胞遺伝学的解析は学術的に興味深い成果であり、イネのサクラネチン生合成遺伝子のクローニングは、この遺伝子のトランスジェニック植物の作出から実用化につながる技術として役立つであろう。また、植物とその根圏微生物との関わりの化学生態学的考察は農作物の病害防除に新たな道を拓くものと期待される。国際的に見て評価できる水準にあるが、インパクトの大きい有用な化合物のシーズや生物機能に関する新しい知見等は得られていない。十分に評価できる水準には達しているが、欲を言えばもう少し焦点を絞った大きな挑戦を試みて欲しかった。

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