研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
カルシウムシグナル研究の先端的手法による展開
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 飯野 正光 東京大学大学院医学系研究科 教授
主たる研究参加者 河西 春郎 岡崎国立共同研究機構生理学研究所 教授
狩野 方伸 金沢大学医学部 教授
竹島 浩 久留米大学生命科学研究所 教授
3.研究内容及び成果
 本研究は、二光子励起法、カルシウムストア内腔のカルシウムイメージング、ケージド化合物法、ジーンターゲティング法などの先端的研究方法を組み合わせることにより、シナプス可塑性、分泌、免疫および収縮制御といった重要な生理機構におけるカルシウムシグナルを細胞と組織レベルで追究し、カルシウムシグナル研究を飛躍的に発展させることを目的としている。
(1)飯野グループ
 カルシウムシグナルが、様々な細胞機能制御に関与する理由には、このシグナルが、細胞内で多様な時間的・空間的な分布を作り出すことが可能であることが挙げられる。この様なカルシウムシグナル形成に"IP3・IP3受容体系"が重要な役割を果たしている。その分子基盤の追究を中心課題に据えて研究を進め、以下の成果を挙げた。
 IP3受容体には3つの遺伝子に由来するサブタイプが存在し、組織依存性に発現パターンが異なり、初めてサブタイプ毎のカルシウム放出機能を比較することに成功して、IP3受容体サブタイプ毎に重要な機能的差異が存在することを突き止めた。
 また、IP3受容体はカルシウムによるフィードバック制御を受けるが、そのカルシウムセンサー部位をIP3受容体分子上に同定することに成功した。
 さらに、単一アミノ酸置換によってカルシウムセンサー機能を低下させると、カルシウムシグナル形成に著しい影響が生じ、カルシウムセンサーを介するフィードバック制御により、IP3受容体を介するカルシウムシグナルが様々な細胞機能制御に適応できるようになることが示された。
 IP3受容体上流のシグナル伝達機構についても解明するため、細胞内IP3濃度の変動を単一細胞レベルで実時間測定できるシステムを開発することに成功した。これにより、IP3自身も時間的・空間的分布をすることが初めて明らかになった。
 カルシウムシグナルのダイナミックスがどのような生理的意義を持つかについても解析し、血管平滑筋において自発的なカルシウムオシレーション(カルシウムリプル)を発見した。また、B細胞においては、B細胞受容体刺激に引き続くカルシウムシグナルが、SHIPやLynを介して、負のフィードバック制御を受けていることを明らかにした。さらに、悪性高熱症の原因となるリアノジン受容体遺伝子上の変異を発見した。
(2)竹島グループ
 興奮性細胞のカルシウムシグナリングでは、リアノジン受容体を介する細胞内ストアからのカルシウム放出が重要な役割を有する。このリアノジン受容体の生理機能及びその細胞内局在を規定する分子の同定に関する研究を行い、1)心筋・骨格筋においてリアノジン受容体のカルシウム放出は細胞障害を引き起こす細胞内ストアのカルシウム過剰貯留を抑制すること、2)シナプトフィジンファミリーに属するミツグミン29は、骨格筋において三つ組構造(表層膜と筋小胞体膜が接近する骨格筋の結合膜構造)周囲の精巧な膜構築の形成を規定すること、3)ジャンクトフィリンは表層膜と特異的に結合し小胞体膜を貫通することにより、結合膜構造の形成に寄与する分子であることを明らかにした。
(3)河西グループ
 二光子励起顕微鏡法を新しいアプローチで新しい標本に適用して、カルシウム依存性細胞機能研究のブレークスルーを図り、以下の成果を挙げた。
 二光子励起顕微鏡法を、膵臓外分泌腺の酵素源顆粒の開口放出の鮮明な可視化に成功し、開口放出した分泌顆粒のΩ構造が極めて安定で、逐次充填という機構で、開口放出が腺空を拡張しながら細胞内に進むことを解明した。一方、膵臓ランゲルハンス島におけるベータ細胞のインスリン顆粒の開口放出を初めて可視化することにより、開口放出が血管に面した細胞膜だけでなく、ほぼ細胞全周囲で起きること、開口放出したΩ構造は極めて不安定で、2〜3秒で細胞膜に平滑化し、細胞表面を最も有効に利用した様式をとることが明らかになった。
 また、二光子励起法をケイジドグルタミン酸に応用することによって、脳スライス標本内の中枢神経細胞樹状突起に、シナプス前終末がするのとほぼ同等な時間的空間的分布で、グルタミン酸を投与することに初めて成功した。機能的なグルタミン酸受容体の分布はスパインの種類によって異なり、シナプスの重みは樹状突起スパインの形態に蓄積される可能性が示唆された。
(4)狩野グループ
 中枢神経系のニューロンは樹状突起、細胞体、軸索、シナプス終末から成る複雑な構造をしており、それぞれの伝達物質の受容とシナプス電位の発生、興奮性の決定と活動電位発生、活動電位の伝導、伝達物質放出など高度に機能分化していて、細胞内カルシウムはこれらの全てにおいて重要な役割を演じている。これらの機能を解明するためには、ニューロンのそれぞれの部位における局所カルシウムシグナルの性質とその制御機構を明らかにすることが不可欠である。本研究では、シナプス伝達の修飾と可塑性の機構を明らかにするため、小脳プルキンエ細胞をモデルとして、樹状突起における局所カルシウムシグナルについて調べた。
 樹状突起の細胞内カルシウムストアは、興奮性シナプス活動に伴う細胞外から流入するカルシウムによって充填され、リアノジン受容体を介する細胞質への漏出によって調節されることが分かった。また、小脳のシナプス可塑性(長期抑圧)誘発には、プルキンエ細胞樹状突起スパイン内部における局所カルシウム放出が不可欠であることが明らかになった。
 続いて、培養プルキンエ細胞を用いてニューロンの生存とカルシウムシグナルとの関係を調べた。培養中枢ニューロンの生存にとって、アミノ酸のセリン/グリシンが培地に存在することが不可欠であった。その作用の一つとして、AMPA型グルタミン酸受容体活性化による脱分極を抑制しプルキンエ細胞の過剰なカルシウムオシレーションを抑制することが明らかになった。
 さらに、細胞内カルシウム放出を引き起こすことで知られる代謝型グルタミン酸受容体タイプ1(mGluR1)のグルタミン酸に対するダイナミックレンジが細胞外カルシウムによる影響を受け、生理的細胞外カルシウム濃度では、これが非常に広く、シナプス間隙の広い範囲のグルタミン酸濃度の変化に対応できることが判明した。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 前述の研究成果は、英文原著論文50件、英文総説11件、和文総説5件として発表されている。その主要なものは、Cell 1報、Science 3報、Trends in Neurosciences 1報、Molecular Cell 1報、Neuron 2報、EMBO Journal 4報、Nature Cell Biology 1報、Journal of Cell Biology 3報、Proceedings of the National Academy of Sciences, USA 5報、Diabetes 2報、Journal of Neuroscience 5報、Journal of Biological Chemistry 4報、Journal of Immunology 2報、Journal of Physiology 6報、Biochemical Journal 1報等で、質量共に高く評価できる。特に、細胞内IP3濃度の実時間測定法と二光子励起顕微鏡法の開発等により、細胞内カルシウムの動きを可視化し、IP3とカルシウムシグナルの関連、B細胞受容体刺激後のカルシウムシグナル、筋肉におけるカルシウムシグナリング、小脳プルキンエ細胞でのカルシウムシグナル、及び膵ベータ細胞やシナプス週末における開口放出等について、新規で独創性に優れた成果を出し、国際的にも高い評価を得ている。
 また、学会発表は、国内学会35件、国際学会9件で、その中には招待講演も含まれる。
 特許は国内3件、外国1件の出願がなされた。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 単一細胞内のIP3濃度の実時間測定等の新しい研究方法の開発と、それを用いて得られたシナプス可塑性、分泌、免疫及び収縮制御といった重要な生理機構における細胞内カルシウムの動態とシグナルに関する知見は独自性、独創性が高く、科学的、技術的インパクトは大きい。このグループは、新しい研究手法を開発しながら、先駆的研究成果を挙げており、今後の展開も非常に期待できる。
4−3.その他の特記事項
 研究開始時点では、助教授あるいは研究チームリーダーであった、河西氏、竹島氏、狩野氏が、この5年間で全員教授に就任していることは、この研究課題で挙げた成果が優れたものであることを示している。

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