研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
遺伝子改変に基づく生体防御システムの解明
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 審良 静男 大阪大学微生物病研究所 教授
主たる研究参加者 中西 憲司 兵庫医科大学 教授
3.研究内容及び成果
 本研究は、生体防御に関わっているサイトカインとその受容体、並びにその下流に存在するシグナル伝達分子の欠損マウスを作製し、その解析を通して生体内での役割を明らかにすることを目的としている。
(1)審良グループ
 まず、サイトカインのシグナル伝達経路で活性化される転写因子、STAT(signal transducers and activators of transcriptionの略)ファミリーの欠損マウスを作製・解析した。
 STAT3欠損マウスは胎生期に致死になるので、組織特異的STAT3欠損マウスを作製した。T細胞特異的STAT3欠損マウスでは、T細胞のIL-6、IL-2依存性の増殖が障害されており、その原因がそれぞれIL-6によるアポトーシス阻止の欠陥、IL-2によるIL-2Rα鎖の誘導障害によることを明らかにした。マクロファージ特異的STAT3欠損マウスでは、エンドトキシンショックに対する感受性が亢進している他に、IL-12を多量に産生してTh1優位となり、慢性炎症性腸炎を生じ、IL-10欠損マウスと類似した表現型を示した。STAT3欠損マクロファージはIL-10に対する反応性が消失しており、STAT3はIL-10によるシグナル伝達に必須であることが明らかになった。皮膚特異的STAT3欠損マウスでは創傷治癒の遅延が見られ、EGFによるケラチノサイトの移動が障害されていた。この様に、STAT3は組織毎に異なる作用を有し、多彩な生物反応に関わる分子であることが明らかになった。
 IL-4のシグナル伝達経路において必須の役割を果たしているSTAT6欠損マウスでは、OVA感作による気管支喘息様の気道炎症が全く観察されず、STAT6が気管支喘息の発症誘導に深く関与していることを明らかにした。
 その後IL-1ファミリーに属するIL-18の生理機能を、続いてその受容体、更に細胞内シグナル伝達に関与するアダプターMyD88の生理機能を、それらの欠損マウスの解析から追究した。
 IL-18欠損マウスは、NK細胞の機能とTh1反応が障害されていたが、その程度はいずれも部分的であり、IL-12欠損マウスと類似していた。そこで、IL-12/IL-18ダブル欠損マウスを作製したところ、NK細胞の機能とTh1反応が極めて強く障害された。IL-18は生体においてIL-12と協調してNK細胞の活性化とTh1反応を誘導するサイトカインであることが明らかとなった。IL-18の受容体を同定するため、IL-1受容体のコンポーネントIL-1RAcPと最も構造が類似するIL-1Rrpの欠損マウスを作製したところ、IL-18に対する反応性が全く欠如しており、そのTh1細胞にIL-18は結合せず、IL-1RrpがIL-18の受容体であることが明らかになった。
 IL-1Rファミリーのシグナル伝達に関わると考えられていたMyD88の欠損マウスを作製し、MyD88がIL-1及びIL-18のシグナル伝達に必須の分子であることを明らかにした。さらに、MyD88とも相同性のあるTLR(Toll-like receptorの略)ファミリーの欠損マウスを作製し、TLR4がリポポリサッカライドの認識に、TLR2がグラム陽性細菌のペプチドグリカンと多くの病原菌のリポタンパクの認識に関わることを明らかにした。新規TLRとして見出したTLR9が、細菌のDNAを認識することを明らかにした。MyD88欠損マウスでは、IL-1R、IL-18Rに対する反応だけでなく、TLRを活性化させる菌体成分にも反応しないことから、MyD88は微生物認識に必須のシグナル伝達分子である。しかしながら、各菌体成分に対する細胞の反応は異なり、TLR/IL-1Rに共通に用いられる経路以外に、各TLR特異的な経路の存在が示唆された。リポポリサッカライドシグナル伝達においては、MyD88依存性と非依存性の経路が存在し、前者の経路はTNF-α、IL-12、IL-6等のサイトカイン産生に必須であり、後者の経路はIP-10等のIFN-γ誘導遺伝子の発現が関与しているだけでなく、MyD88非依存性経路のみでも樹状細胞の成熟が起ることが明らかになった。
 以上記載した以外にも各種遺伝子欠損マウスを作製、解析した他、転写因子NF-IL6のターゲット遺伝子の同定やアポトーシスに関わる新規キナーゼのクローニングを行い、以下の成果を挙げた。
1) NF-IL6ファミリーのC/EBPγ欠損マウスの作製とC/EBPγのNK細胞における役割の解明。
2) IKKα欠損マウスの作製とIKKαの四肢・皮膚分化での役割の解明。
3) IL-1RファミリーのT1/ST2の欠損マウスの作製とTh2反応の関与の解明。
4) NF-IL6のターゲット遺伝子としてMIP1α、オステオポンチン、ハプトグロビン、新規レクチンMincleの同定。
5) アポトーシスに関わる新規セリン/スレオニンキナーゼファミリー、ZIPキナーゼ、DRAK1、DRAK2、DUET、DAPK2遺伝子のクローニング。
(2)中西グループ
 審良グループの作製したIL-18、MyD88、STAT6欠損マウスを用いて、その免疫応答の変化、特にIL-18の生体防御反応における重要性を生体レベルで解析し、IL-12と協調した時は強力にTh1優位な反応を誘導し、単独では逆にTh2サイトカインの産生を誘導することを明らかにした。また、MyD88がIL-18の生理作用に必須であること、リポポリサッカライドによるIL-18産生はMyD88非依存性であること、IL-18がリーシュマニア感染や、急性移植片対宿主病の発症に深く関与していること等を明らかにした。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 前述の研究成果は、海外の主要学術誌に56件の投稿論文として発表され、その主要なものは、Nature 1報、Nature Immunology 1報、Science 1報、Immunity 6報、Trends in Immunology 1報、Journal of Experimental Medicine 4報、EMBO Journal 2報、Proceedings of the National Academy of Sciences, USA 1報、Molecular and Cellular Biology 1報、Journal of Biological Chemistry 1報、Journal of Immunology 10報、Oncogene 1報、Critical Reviews in Immunology 1報、Genes to Cells 3報等、質量共に高く評価できる研究成果である。STATファミリー、IL-1、IL-18及びその受容体、MyD88、その他様々な生体防御に関わるシグナル伝達分子等の遺伝子欠損マウスを作製して、個体の表現型の解析と分子レベルの解析を同時に進めた。その過程で、IL-18RやMyD88と相同性のあるTLRファミリーの遺伝子欠損マウスの解析結果が意外な展開を見せ、自然免疫を司るシステムの分子レベルの解析において世界をリードする成果を挙げ、今やTLR研究の第一人者として世界で認められている。
 また、学会発表は、国内学会64件、国際学会9件で、ゴードンコンファレンス、キーストンシンポジウム、米国免疫学会での招待講演も含まれ、国際的な評価も高い。
 特許出願に関しては、国内9件、外国は手続中のものを含め4件あり、一部のものについては、実施許諾や委託開発の話が進行中であり、実用面においても成果を挙げた。
 リン酸化酵素IKKαが手足、皮膚発生に必須の因子であることを解明したScienceの論文に関して、平成11年4月9日の日経産業新聞、日刊産業新聞、日本工業新聞に、科学技術振興事業団戦略的基礎研究推進事業の注目される研究成果として平成11年7月14日の科学新聞に、病原菌のDNAをTLR9が認識していることを発見したNatureの論文に関して、平成12年12月7日の日本経済新聞、日刊工業新聞、日経産業新聞、朝日新聞にて報道された。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 各種感染による細胞応答がTLRの種類によって支配されることを明らかにしたことは、独創性においても、国際的なレベルにおいても高く評価される。当初計画していたプロジェクトから発展して、自然免疫の分子機構の解明にテーマが広がり、近い将来にアレルギー、腫瘍免疫、感染症と密接に関連した重要度の高いさらなる成果の展開が期待できる。
 研究代表者は「免疫系におけるシグナル伝達と生体内での役割」で平成13年2月に井上学術賞を受賞した。
4−3.その他の特記事項
 本研究の成果が評価され、「自然免疫システムの分子機構の解明」として「基礎的研究発展推進事業」の平成12年度の研究課題に採択された。さらなる展開が期待される。

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