研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
発生・分化を規定する新規シグナル伝達ネットワーク
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 松本 邦弘 名古屋大学大学院理学研究科 教授
主たる研究参加者 黒岩 厚 名古屋大学大学院理学研究科 教授
西田 育巧 名古屋大学大学院理学研究科 教授
西田 栄介 京都大学大学院理学研究科 教授
3.研究内容及び成果
 多くの細胞増殖因子や分化因子のチロシンキナーゼ型受容体によるシグナル伝達経路として、Ras−Raf−MAPキナーゼカスケードが1990年代前半に解明されたことが生物学上の一大契機となり、シグナル伝達研究は生命科学の一つの先端的研究を担うようになった。さらに、このMAPキナーゼカスケードが酵母、線虫、ショウジョウバエから高等脊椎動物に至るまで広く保存された系であることが明らかなり、MAPキナーゼカスケードに関する研究はシグナル伝達研究の中心的な地位を占めるようになった。
 本研究グループは、グループの研究者が開発した分子遺伝学的手法(酵母のMAPキナーゼカスケード反応を利用して哺乳類遺伝子をスクリーニングする方法)により、哺乳類の新規MAPキナーゼカスケードのシグナル伝達因子TAK1を発見し、TAK1がTGF-βスーパーファミリーのシグナル伝達経路で機能することを見出した。骨形成因子(BMP)を含むTGF-βスーパーファミリーは、高等真核生物の発生及び分化を規定する細胞外リガンドとして不可欠の役割を果たしている。TGF-βスーパーファミリーの受容体がセリン/スレオニンキナーゼを有することは知られていたが、その細胞内シグナル伝達経路は全く不明であった。TAK1の発見により、今まで全く未知であったシグナル伝達経路解明への手掛りを得た。
 この発見を出発点として、新規シグナル伝達経路の全容解明と、その発生及び分化における役割を分子レベルで明らかにすることを本研究の第1の目的とした。第2に、本研究グループが開発した分子遺伝学的手法と生化学的手法により、さらに新規シグナル分子群を見出し、新たな研究分野を創出することを目指した。
 以上の研究推進のために、高等脊椎動物、ショウジョウバエ及び線虫などの分子遺伝学、分子生物学ならびに生化学を専門とする研究者チームを組織した。
(1)松本グル−プ
 TAK1は、MAPキナ−ゼカスケ−ドの構成因子であるMAPキナ−ゼキナ−ゼキナ−ゼファミリ−に属し、TGF-βファミリ−やIL-1/Tollなどの発生・分化に関わるさまざまなシグナルによって活性化されることを明らかにした。本研究によって、TAK1が実際に発生・分化のどのようなシグナル伝達に関わっているのか、さらにそれぞれのシグナル伝達経路においてTAK1がどのような機構で活性化され、どのような機能を果たしているかを、哺乳類培養細胞と線虫を用いて明らかにした。
(2)西田−京都大学グル−プ
 新規MAPキナ−ゼス−パ−ファミリ−分子の活性化機構の解析を行ない、発生・分化におけるそれらキナ−ゼカスケ−ドの役割を明らかにした。新規のMAPキナ−ゼキナ−ゼMKK7の同定及びクロ−ニングを行ない、MKK7がTAK1の下流で活性化しうることを示した。また、MAPキナ−ゼス−パ−ファミリ−分子の一つであるp38の活性化因子として、MKK6を新規にクロ−ニングし、MKK6がTAK1により直接にリン酸化され活性化されることを明らかにした。TGF-βス−パ−ファミリ−のシグナル伝達系にTAK1−MKK6−p38カスケ−ドが関与することを、哺乳類培養細胞で示した。さらに、Wntシグナル伝達系における必須の因子であるDishevelled(Dsh)によるβ-カテニン経路及びJNK MAPキナ−ゼ経路の活性化機構について、Dshは異なるドメインを介してβ-カテニン経路及びJNK経路をそれぞれ活性化させることを明らかにした。
(3)西田−名古屋大学グル−プ
 MAPキナ−ゼカスケ−ドは、細胞の増殖・分化・生存に関してきわめて多面的な機能を担うシグナル伝達経路である。このカスケ−ドがいかに多様な機能を特異的に実行しているかを理解するために、ショウジョウバエMAPキナ−ゼカスケ−ドの突然変異と遺伝的相互作用を示す突然変異の検索を行った。そして、いくつかの新規なものを含む遺伝子を同定、これらの遺伝子や他のMAPキナ−ゼファミリ−に関する解析を中心に行った。すなわち、スフィンゴ脂質生合成に関わるSerine palmitoyltransferaseをコ−ドするlaceや、発育と細胞周期制御に関わる新規遺伝子gccを同定し、またp38MAPキナ−ゼが発生過程でDppシグナル伝達経路に関与する可能性や、SrcがJNKカスケ−ドの上流で機能することを明らかにした。
(4)黒岩グル−プ
 脊椎動物の四肢形態形成では、発生過程において起こる位置特性の決定、細胞の増殖・分化の制御、緊密な組織間相互作用による構造形成といった現象がすべて現れる。このため、四肢形態形成は脊椎動物の形態形成における重要なモデルとして、様々な研究がなされている。この四肢形成過程において、Hox遺伝子は軟骨のパタ−ン形成、肢芽間充織の分化経路選択、組織間相互作用に関わるシグナル因子の発現制御に関わっている。本研究では、細胞分化、形態形成過程の様々な局面で重要な機能を担っているシグナル因子で、TGF-βファミリ−の一員であるBmp-4に注目して、四肢パタ−ン形成過程でのHoxとの関連を明らかにした。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 前述の研究成果は、英文論文46件として発表された。うち1999年 Impact Factor Ranking のOriginal Journal 35位、Review Journal 30位までの雑誌に掲載された論文は以下の通り。
Cell 1報
Nature 5報
Science 4報
Gene Dev. 1報
Mol. Cell 1報
Neuron 1報
EMBO J. 6報
Proc, Natl. Acad. Sci. USA 1報
Mol. Cell. Biol. 11報
 上記の通り、極めて高いレベルの雑誌に多数の論文を投稿し、発表論文の質、量共に最高の水準にある。TAK1を介するMAPキナーゼカスケードのシグナル伝達を中心に、IL-1シグナルとの関連、Wntシグナルとの関連、JNKカスケードとの関連等、1年に4報をNature誌に載せた(1999年)のは恐らく世界でも記録的なことではなかったか。今後も世界をリードする中心となり続けるであろう。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 松本グループは、独自に開発した分子遺伝学的手法によって、MAPキナーゼカスケードで働くシグナル伝達因子TAK1を見出し、その作用メカニズムとカスケードを線虫や哺乳動物細胞の系でも明らかにした。これは世界的な先駆的業績である。また、両西田グループも新規MAPキナーゼキナーゼ(MKK6、7)の同定、クローニングやその他の因子の解析を行なって、世界をリードしている。本研究領域の平成7年度採択研究課題中トップ1、2位を争そうグループである。
4−3.その他の特記事項
 研究代表者は、研究領域「生物の発生・分化・再生」に「発生における器官・形態形成と細胞分化の分子機構」を提案し、平成12年度の研究代表者として採択された。

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