研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
左右の位置情報の伝達と確立の分子機構
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 濱田 博司 大阪大学細胞生体工学センター 教授
主たる研究参加者 横山 尚彦 東京女子医科大学 助手
高橋 淑子 奈良先端科学技術大学院大学 助教授
田代 康介 九州大学大学院農学研究科 助教授
3.研究内容及び成果
 体が正しく作られるための設計図の最も基本になるのは、三つの体軸(頭尾、背腹、左右)の決定である。脊椎動物は心臓・脾臓・胃など多くの左右非対称な臓器を有するが、これは胚発生の過程でどのような機構(分子)で決定されているのか?左右軸決定の機構は、発生学の領域において未だ殆ど手を付けられていない問題であり、数年前までその分子機構は全く不明であった。
 研究代表者らは、leftyと呼ぶ胚の左側半分でのみ発現する新規TGF-βスーパーファミリーを同定した。様々な点から、Leftyは左右軸の決定で中心的役割を果たすMorphogenであると予想され、左右軸を決定している遺伝子プログラムを解明するための絶好の突破口となると予想された。
 本研究では、lefty を突破口として左右の位置情報の伝達・確立機構を分子レベルで明らかにしようとした。具体的な研究目標は以下のとおりである。@遺伝学的手法によって、左右軸決定におけるlefty の役割を調べる。ALeftyの持つ誘導活性・作用機構を解析する。BLefty蛋白質に対する受容体を同定し、位置情報の伝達機構を解析する。Clefty 遺伝子自身の発現制御領域を解析し、左右非対称な発現をもたらす機構を決定する。
(1)濱田グル−プ
 左右非対称な形態は、大きく分けて4つのステップを経て生じると考えられる。@ノ−ドにおける非対称性の出現、Aノ−ドから側板へのシグナルの伝達、B左の側板でのシグナル因子(Nodal、Lefty)の発現、CNodalによって誘導される転写因子Pitx2を介した非対称な形態形成。グループのこれまでの研究は、主にシグナル因子の役割や発現制御についてなされてきた。
1)2つの類似したlefty遺伝子(lefty-1、lefty-2 )の存在
 当初、単離したlefty は単一の遺伝子と思われたが、その後の解析により、マウスにおいては2つの類似した遺伝子が存在することが判り、lefty-1、lefty-2 とした。二つの遺伝子は同一染色体に隣接していた。両者ともに左側に非対称に発現するが、発現部位が異なった;lefty-1 は主に予定神経底板、lefty-2 は主に側板中胚葉。
2) 左右の決定におけるlefty-1、lefty-2 の役割
 lefty-1、lefty-2 それぞれを欠損するマウスを作製し、それら変異マウスの形質を解析した。lefty-1 欠損マウスの解析の結果、@この遺伝子が確かに左右の決定に必須であること、Aそしてその役割は、他の左右決定因子が正中線を越えて拡散することを防ぐためのバリア−として働くこと、B体の左を決定する因子はNodalであること、などが判った。一方、lefty-2 ヌル変異マウスは過剰な中胚葉を形成し、発生初期に致死となった。この結果より、Lefty-2はNodalのアンタゴニストとして働いていることが示唆された。
3) Nodal、Lefty蛋白質の作用機構
 Nodal、Lefty蛋白質の作用機構を生化学的に解析した結果、NodalはALK4、ActRUA/Bを受容体としてシグナルを伝達するが、LeftyはActRUA/Bに競合的に相互作用することによりNodalのシグナルをブロックすることが判った。
4) Nodalによって誘導される転写因子 Pitx2
 Pitx2と呼ばれるホメオドメインをもつ転写因子は、非対称な臓器の原基に広く発現されており、NodalあるいはLefty2の作用を仲介している重要な転写因子である事が予想された。そこで、Pitx2の誘導機構を知るため、Pitx2遺伝子の発現制御領域をトランスジェニックマウスの系で探索した。その結果、Pixt2の非対称な発現は、Nodalによって直接誘導された後、Nkx2と呼ばれる転写因子によって維持されていることが判った。
5) lefty-1、lefty-2、nodal の左右非対称な遺伝子発現の制御機構
 lefty はどのような機構で左側だけに発現されるのか?この点を知るため、これまでトランスジェニックマウスの実験系を用い、lefty-1、lefty-2、nodal という三つの遺伝子の発現制御領域を解析した。その結果、lefty-2 とnodal は左側特異的なエンハンサ−により制御されているが、lefty-1 は右側特異的なサイレンサ−により制御されていることが判った。また、lefty-2 とnodalについては、左側特異的なエンハンサ−を狭い範囲(350 bp、250 bp)に決定した。両者のエンハンサ−には10 bpの共通配列が2ヵ所づつ存在し、変異解析などの結果、この塩基配列が必要かつ充分であることがわかった。この塩基配列を認識する転写因子を酵母Two-hybrid法を用いてクロ−ニングした。得られた転写因子FASTは、確かにlefty-2 とnodal の制御に関与することが判明した。
6) ヒトlefty 遺伝子
 ヒトのlefty 遺伝子を探索した結果、二つの機能的遺伝子と一つの偽遺伝子を同定した。マウスと同様に、これらの遺伝子は同一染色体に隣接していた。各々の転写制御領域の解析の結果、一方がlefty-1、他方がlefty-2 に相当する事が判った。
(2)横山グル−プ:inv 遺伝子のクロ−ニング
 invと呼ばれる変異マウスはほぼ100%の頻度で内臓逆位を示し、その原因遺伝子は左右決定の初期に作用すると想像されている。Positional Cloningによりその原因遺伝子の候補を単離した。さらに、得られた遺伝子をinv変異マウスへ導入すると、inv変異マウスに見られた症状を完全に回復することが出来た。従って、得られた遺伝子がinv遺伝子そのものであることが証明できた。一方、廣川信隆博士らとの共同研究により、inv変異マウスではnodal flow(nodeにおける右から左方向への水流)が異常であることが判り、inv遺伝子の機能を解析するための大きな手がかりが得られた。
(3)高橋グル−プ
 左右の決定に関与する個々の遺伝子は動物種によって必ずしも同一ではなさそうである(Sonic Hedgehogがその例である)。そこで、ニワトリにおける左右軸決定の機構を哺乳類と比較検討しながら解析した。lefty発現ウイルスをニワトリ初期胚に移植し(移植する場所は、オ−ガナイザ−であるヘンゼン結節の右側あるいは左側)、形態形成に対する影響を調べた。また、ニワトリのleftyホモログを探索した。
 一方、左右の決定は他の二つの軸(前後・背腹)の決定の後に起こることから、これらの体軸の決定機構を知ることも重要である。そこで、特に背腹の決定機構に注目し解析した結果、BMPやNogginと呼ばれる分子が背腹軸に沿った臓器の形成・特性化に重要な役割を果たすことを明らかにした。
(4)田代グル−プ
 両生類では、2細胞期において両割球が異なる性質を持つことが知られており、受精直後に左右軸が決定されると考えられる。そこで、発生初期(受精直後あるいは胞胚中期)の胚を用いて、割球を分離した後、両割球に遍在する遺伝子産物(cDNA)をDifferential Diplayなどによって探索した。現在までにいくつかの候補を単離することができた。これらについて、発現様式などを解析した。
 また、hedgehogと呼ばれる遺伝子はニワトリにおいて左右非対称に発現することが知られており、左右軸の決定に関与すると予想される。そこで、ツメガエル初期胚においてhedgehog遺伝子の発現を誘導する因子を探索した。一方、消化管細胞においてhedgehogによって誘導される遺伝子を探索した。いずれについても、いくつかの興味ある遺伝子を単離することができた。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 前述の研究成果は、英文論文20件として発表された。うち1999年 Impact Factor Ranking のOriginal Journal 35位、Review Journal 30位までの雑誌に掲載された論文は以下の通り。
Cell 2報
Nature 2報
Gene Dev. 4報
Mol. Cell 4報
Neuron 1報
Development 2報
 上記の通り、発表された英文論文の殆ど全てが非常に高いレベルにあり、質、量共に見事な成果の発表を続けたと評価する。特に、lefty-1 欠損マウスの解析から、この遺伝子が左右の決定に必須であり、その役割は他の左右決定因子が正中線を越えて拡散することを防ぐことで、左の決定因子はNodalであることを明らかにし、また、lefty-2とnodalの左側特異的発現を規定するエンハンサーとその配列に結合する転写因子を同定したこと等、左右軸の決定機構に関して国際的にも評価される成果を挙げた。また、国際学会での発表も19件行われた。将来に備えて特許の出願は考慮されて然るべきであろう。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 ヒトを含む哺乳動物(他の多細胞生物を含む)の形態形成において、第3の軸である左右軸の決定に関する分子機構を世界で最初に明らかにしつつある先端的研究であり、そのインパクトは平成7年度採択の研究グループの中でも1〜2を争そうものである。この分野で世界を完全にリードしている。
4−3.その他の特記事項
 研究代表者は、研究領域「生物の発生・分化・再生」に「形態の非対称性が生じる機構」を提案し、平成12年度の研究代表者として採択された。

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