研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
配列したミクロ空間での新物質系の創製と物性
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 寺崎 治 東北大学大学院理学研究科 助教授
主たる研究参加者 野末 泰夫 東北大学大学院理学研究科 助教授
平賀 賢二 東北大学金属材料研究所 教授
岡本 康昭 島根大学総合理工学部 教授
黒田 一幸 早稲田大学理工学部 教授
小平 哲也 工業技術院物質工学工業技術院 研究員
3.研究内容及び成果
 ナノメートルスケールの構造を持った物質には量子力学的効果が顕著に現れ、基礎・応用の両面で興味が持たれている。ゼオライト等のミクロ多孔体が持つナノメートルの空間を利用すると、空間次元の選択、基本的な構造を維持したままクラスターの電子濃度や相互作用の種類と大きさを制御出来る。そこに新しい物性を出現する配列したクラスターを作製して、その構造解析・評価と諸物性を測定する。
 ゼオライトが与える配列した空間は、径の大きさが最大約15 Åであるが、プロジェクト発足時に15 Åより大きな空隙を与えるメソ多孔体の合成が報告され、その構造解析と同時に、それを配列ナノ空間として利用した物質創製にも眼を向けた。一方、構造の明確な分子状クラスターをミクロ、メソ多孔体細孔内に作製出来れば、その配列集合体としての新しい物性発現に加え、新規な触媒系への展開などが期待される。このような構想のもとに研究を進めた。
 主要な成果は以下の通りである。
(1)合成及び構造評価(寺崎グループ、平賀グループ、岡本グループ、黒田グループ)
1) 新型ゼオライトの微結晶でも単結晶構造解析が出来る方法の確立を図った。電子回折強度を多くの晶帯軸入射で定量測定し、構造因子の位相推定をX線回折で発展した「直接法」で行い、Kinematical近似でゼオライトの構造を電子回折強度の定量測定から解けることを、構造未知のSSZ-48のナノ結晶を用いて示した。骨格構造のみならず一部の鋳型分子の位置も求めることが出来、この手法が密度の小さいゼオライトの構造解析法として極めて有力であることを明らかにした (Dr. P. Wagner, CALTEC, USA、Dr. S. Zones, Chevron, USAと協力)。
2) シリカメソ多孔体は水中での界面活性剤の自己組織機能を利用して形成される。すなわち、その境界面上にシリカ・ネットワークが形成されたと定性的に理解されている。ところで、メソ多孔体の構造は観測される粉末X線回折線の数が少なく、晶系すら確定出来ないのに、電子顕微鏡像にはきれいな周期性が観測されることが多い。この周期性に着目して、電子顕微鏡像のフーリエ解析から構造因子の振幅と位相を求め、3次元メソ多孔体の構造を一義的に決める方法を確立した。これを用いて、世界で初めて骨格構造の壁に有機基を一様に導入した無機−有機ハイブリッドメソ多孔体の構造評価に成功した。これらのメソ多孔体の構造を確定できたことにより、それら配列ナノ空間を利用した新物質創製が可能となった。1次元チャネルが蜂の巣状に配列したMCM-41とGyroid surfaceのMCM-48を利用して作ったPtクラスターは、それぞれ太さ約30 ÅのPt単結晶のナノワイヤ及びPtの3次元周期的ネットワークであることを示した。今後、構造が制御された様々なメソ多孔体を鋳型に多様なナノスケールの新奇な物質創製とその物性、更にそれらの機能の実用化が一層期待される((株)豊田中央研究所 稲垣伸二、Dr. A. Carlsson, Lund Univ., SWEDEN、Dr. G. Stucky, UCSB, USA、Dr. R. Ryoo, KAIST, KOREAと協力)。
3) 典型的な配列した空間を与える高純度・高結晶質なゼオライト結晶を、この分野で活発に研究している吉林大学からのポスドクが中心となり合成し、ナノ結晶から大きな単結晶や多数の新型ゼオライトの結晶合成に成功した(Prof. S. QIU, Jilin Univ., CHINAと協力)。
4) 2次元空間を含む骨格構造と結晶サイズ、形態の制御を目的として、溶媒及びimidazole系鋳型(構造規制)分子を系統的に変化させて合成を行い、多数の新型結晶を得た。構造解析の結果、合成できたAl-P-O系ミクロ多孔体の骨格構造と溶媒種やマクロ形態との関係について知見を得た。
5) ナノスケールでの組織構造を精密かつ自在に設計・構築するための化学的手法の開発を、特に層状ケイ酸塩を用いて、構造制御された無機有機ナノ複合物質の合成で行い、従来とは異なる構造のメソ多孔体の合成に成功した。層状アルミノケイ酸塩であるカオリナイトの層間での有機分子の選択的配向を明らかにし、層状ケイ酸塩カネマイトから誘導されるメソ多孔体のメソ孔の表面修飾と包接機能の発現について明らかにした。透明な無機−有機複合体薄膜の合成や、ポアの配列を制御することによる異方性の発現などの成果も得た。
6) 構造の明確な分子状クラスターをゼオライトあるいはメソ多孔体細孔内に構築して、クラスターの反応性を利用した新規触媒系の開発を検討した。金属硫化物クラスター、金属酸化物クラスターを、ホスト・ゲスト相互作用を解明しながらゼオライト細孔内に合成した。解明したクラスターの構造とゼオライト細孔内クラスターの酸化活性、水素化脱硫活性を検討した。クラスターの構造と触媒作用を、用いるゼオライトの組成、構造により制御できた。
7) ゼオライトの新規合成法の開発を主眼として、層状ケイ酸塩(カネマイトやマガディアイト)からゼオライト合成を試み、MFI、MEL、MOR、FER、SODの合成に成功した。この手法により、大きな機械的強度(30 kg/cm2 以上)のゼオライト成形体や、成形体の両面で構造及び化学組成の異なった複合成形体(MFI/MOR)も得られた。これら成形体は、トルエンとメタノールのアルキル化反応において、約10%高いパラ選択性を示した。
8) LTA、FAU、MFI、AFI等のゼオライト結晶を合成し、粉末X線回折、電子回折及び高分解能電子顕微鏡法により、これらの骨格構造及びゲスト物質を導入した系の構造評価を定量的に行う途を拓いた。
9) HREM法を主な手法として、ゼオライト骨格構造及びその欠陥構造の決定を行い、骨格そのものに対する新たな知見を得るとともに、構造決定の方法論を展開・発展させた。また、ナノクラスター/ゼオライト複合系におけるクラスターの直接観察を通して、サイズや配列の制御を試みた。
(2)物性(野末グループ、小平グループ)
 ゼオライト結晶の配列したナノ空間を利用して作成したアルカリ金属クラスターに現れる強磁性の発現機構の要因の解明に取り組んだ。種々の配列クラスター試料の作成と、その広帯域分光、磁気測定、電子スピン共鳴などの研究を系統的に行った結果、配列したナノ空間に量子力学的に閉じ込められたs電子系では、軌道縮退、及び、縮退軌道における巨大なスピン軌道相互作用、軌道整列、エネルギーバンド幅と電子相関、電子格子相互作用などの多くのパラメータがクラスター当たりのs電子数に依存して変化し、物性に劇的な変化が現れることが明確になった。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 透過電子顕微鏡像から結晶構造因子の位相と振幅情報を得ることによって、メソ多孔体の空隙の3次元周期構造を解析する手法を開発した。さらには、透過電子顕微鏡像の位相データに制限視野回折図形の振幅情報を併用することによって、結晶構造をとるミクロ多孔体の骨格構造を決定する方法を開発した。ミクロ、メソ多孔体の3次元構造を一義的に決定する方法を世界で初めて提示したことになり、多様な機能の発現が期待できるミクロ、メソ多孔体の開発に必須のツールを提供した。従来のX線解析では、位相情報が直接得られないこと、回折ピークが少ないことなどのために、ミクロ、メソ多孔体の3次元構造を一義的に決定することは不可能であった。実際に、この構造解析法を使って多様な新奇な多孔体の解析と発見に成功している。例えば、メソポーラスシリカを鋳型にしたメソ炭素多孔体の発見、またそれへの白金ナノワイアーの分散構造の解明、無機−有機複合メソ多孔体の世界初の合成とその構造決定、ケイ酸構造を維持したメソ多孔体の発見などが注目される。
 当初の構想は、ゼオライトで代表されるミクロ多孔体の研究に重点があり、アルカリ金属のゼオライト空隙への修飾による磁性の発現に関するメカニズムの探求と、新奇な物性の発現を期待して、水熱合成による多数のゼオライト単結晶合成とゼオライトの結晶構造解析を進めることであった。
 その過程で研究代表者の得意とする結晶構造解析法の研究で地道な努力が進められ、従来不可能であった、ミクロ・メソ多孔体の3次元構造解析法を透過電子顕微鏡像を用いて確立したことは、ミクロ多孔体の研究が世界的に盛んになるという時宜も得て、大変に意義深い成果となった。国内外の有力なミクロ、メソ多孔体の材料研究者との共同研究が進展し、多くの有望な多孔体が創製されてきているのは、好ましい展開であり、今後の発展が期待できる。
 論文数は英文161件、和文12件で、2件がNature誌に掲載され、その内1件はNature誌の表紙となり、対外的にも大いに評価された。また、学会発表も国内学会93件、国際学会40件行われた。特許は2件と多くはないが、構造解析の基本的特許となっている。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 ミクロ、メソ多孔体の構造解析法の確立とメソ炭素多孔体など、新多孔体の発見はインパクトが高い。特に構造解析法の確立は国内外から評価は高く、研究代表者に構造解析が依頼されて、世界の多孔体材料研究者の情報集約センター的な役割を担っている感がある。構造解析法は今後の各種の多孔体材料研究への応用、また、生体分子の構造解析への応用などへの展開なども期待できる。メソ炭素多孔体及びそのナノ白金分散、無機−有機複合メソ多孔体などの発見は、水素吸蔵材料、触媒、シリコンLSIの低誘電率層間膜材料などとしての機能性材料として、新産業創出に結びつく発展が期待できる。
 受賞としては、Journal of Electron Microscopy 48(6), 795-798(1999)に掲載されたThe structure of MCM-48 determined by electron crystallography. A. Carlsson、金田瑞枝、阪本康弘、寺崎治、R. Ryoo、S. H. Jooが日本電子顕微鏡学会論文賞を受賞している。
4−3.その他の特記事項
 平成12年8月に"New World Produced by Micro & Mesoporous Materials"と題した国際シンポジウムを開催し、CREST成果を発表した。ミクロ、メソ多孔体関連の世界の代表的な研究者を集めて好評を受けた。研究代表者は国際ゼオライト学会から、International Zeolite Association(IZA), Council Memberと Member of Structure Commission of IZAとして6年間任期の理事に選出された。

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