研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
超構造分子の創製と有機量子デバイスへの応用
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 雀部 博之 千歳科学技術大学 教授
主たる研究参加者 菅原 正 東京大学大学院総合文化研究科 教授
下村 政嗣 北海道大学電子科学研究所 教授(平成11年4月〜)
3.研究内容及び成果
 トポロジカルに構造制御された分子を"超構造分子"(Hyper Structured Molecules:HSM)と定義する。超構造分子に電荷分布の非対称性、反応性・電子移動・エネルギー移動の異方性等を付与し、光機能・電子機能に量子効果を発現させることを目指した。一方、トポロジカルに設計されたπ電子系は、結合切断・電子授受をトリガーとして分子内でスピン整列し高スピン状態を実現する。このような高スピン分子を対象に、分子内に組み込まれた配列制御部位の示す自己集積能によって超構造体を形成し、"量子スピン素子" (Quantum Spin Device) の創製を目指した。
 本研究では、理化学研究所を中心とする「超構造分子グループ」(雀部ら)が、超構造分子や超構造体を設計・合成し、超構造分子による量子ドット・量子細線等の光機能性量子効果デバイスの創製を担当し、東京大学を中心とする「有機量子スピン素子グループ」(菅原ら)が、超構造体内でのπ-トポロジー制御による量子スピンデバイスの創製を担当する、2グループ構成の研究体制をとった。
(1)超構造分子グループ
 本グループは、基本ユニットを放射状にネズミ算式に段階的に合成し、コアの結合様式を選ぶことによって真球や回転楕円体等トポロジカルに制御可能な巨大分子、即ちデンドリマーを対象とした。超構造分子として、コア、ラテラル双方部分での多様な機能発現が可能なポリアミン系デンドリマーの合成を確立した。3-ブロモプロピルアミンから出発して1点中心コアを合成し、これを出発原料として第2世代コアへと継代することができた。ラテラル部デンドロンでの世代伸長法の開拓は、高世代デンドリマーの構築には不可欠である。一端がブロモ基である高世代ラテラル部デンドロンの構築法を探究し、現時点で3世代目までの合成を達成している。これらの合成法の確立によって、デンドロンと1点中心コアとのそれぞれの組み合わせにより、種々の高世代デンドリマーの一段階構築が可能となった。
 基本的な量子効果を見るために、デンドリマーの合成と並行して、光・電子活性なクロモフォア及びカルバゾール環を包含する高分子もしくは環状オリゴマーあるいはカリックスアレーンを合成し、分子内での高効率エネルギー移動を確認した。光捕集系として、アントラセン誘導体を末端に有する剛直なカルバゾールデンドロンを合成し、選択的にカルバゾールデンドロンを励起することによって、カルバゾール部位からアクセプター部位への高効率な分子内エネルギー移動を確認した。また、デンドロンの世代が上がるにつれ発光強度が高くなっていることから、光捕集能が向上することを明らかにした。
 超構造分子に組み入れた際の微小領域における色素間相互作用の影響などの基礎的なプロセスを理解するために、サブピコ秒ポンププローブ分光法及び電場変調分光法を用いて、励起状態の評価を行なった。特に、2次元的・3次元的分子構造に起因する縮退励起状態により引き起こされる特異な光学応答異方性を検討し、色素の励起子間相互作用により次元性が影響を受けることを明らかにした。
 一方、超構造分子をレーザの放射場や STM チップ等による"分子ピンセット"を用いて操作し、さらにフォトン STM 等の"分子接点"を用いて超構造分子への1電子あるいは1フォトンの入出力制御・計測技術を確立することも目的とした。超構造分子の単分子操作と単分子認識技術の確立を目指して、既存の走査型トンネル顕微鏡(STM)と自作の走査型近接場光学顕微鏡(SNOM)との複合化を行った。ナノメートルサイズの開口を持つ金属コーティングされた先鋭化光ファイバー探針を用いて、SNOM像とSTM像を同時に測定することを可能とした。超構造分子の光機能の設計及び解析に不可欠な近接場領域における超構造分子と放射場との電磁相互作用の検討を行なうと共に、ユーロピウムキレートの発光の観測に成功し、単分子発光の観測に応用できる可能性を示した。残念ながら、分子ピンセットに関する研究には着手できなかった。
(2)DNAグループ
 DNAはπ電子を持つ塩基対が1次元にスタックした特異な構造を持つ高分子で、塩基の持つ分子情報機能とパイ電子雲の持つ光・電子機能を併せ持つ超構造分子である。平成11年度から参加した「DNAグループ」(下村ら)は、DNAの1次元性を活かした量子細線の構築を目指し、DNAそのものあるいはDNA-mimeticsを固定化し、さらに化学ドーピングにより電子状態を変化させることでデバイス化しようとした。DNA水溶液からのフィルム形成過程で形成された散逸構造を利用して、メゾスコピックなDNA集合体の規則的なラインパターンを作製し、インターカレーターで化学ドープすることで生じた光電流応答の測定に成功した。また、単一DNA分子検出のための試料調整法とその評価法の確立を目的として、界面における静電的相互作用を用いてDNA一分子を伸張し、かつ孤立化して固定化する方法を開発した。
(3)有機量子スピン素子グループ
 本グループの研究目的は、分子という究極の量子構造体に電子スピンを担わせ、顕著にスピン分極した電子構造をもつ"スピン分極分子"を設計・合成し、それらを超構造化・集積化することにより、外場によりスピン系の変換が可能な"操作型スピン系"を実現することにある。さらにそれらの基盤に立って、新概念に基づく"量子スピン素子"を創成することを究極の目標としている。上記目標を達成するために遂行された研究の成果を、三つの段階に分けて紹介する。
 まず、第一段階では、新規分子スピンシステムの構築を目指し、配列制御部位を組み込んだ種々のスピン分極分子が合成された。その自己集合化能を最大限に発揮させることにより、水素結合性結晶からなる有機強磁性体、特徴ある低次元スピン系(1次元フェリ磁性スピンシステム、スピンラダー、カゴメ格子)が実現された。
 第二段階として、これらの分子スピン系に外的刺激(電子授受、光照射、格子変調)を加えることにより、スピン系が変調しうるしくみを組み込んだ操作型スピンシステムの開発を行った。
 電子授受スピン変換系として、"スピン分極ドナー"という全く新しい電子構造をもつドナーラジカルの創出に成功した。複数のラジカル部位が組み込まれた超構造スピン分極ドナーについては、一電子酸化により生じた非局在πスピンにより、複数の不対電子が一斉に揃うことが確認された。さらに、ドナー部として伝導電子を担いうるTTF型ドナーラジカルが各種合成された。これらドナーラジカルの部分酸化集積体について、外部磁場の印加による伝導性の変調が詳細に研究された。
 光誘起スピン発生系としては、ピレンをアンテナ部として組み込んだジアゾ化合物やポルフィリンオリゴマーが合成された。これらのアンテナ付きスピン活性分子のピレン部の光励起に伴うエネルギー移動により、高スピン種が生成する過程を検証した。さらに、ピレン誘導体をアンテナ部として脂質二分子膜に組み込んだ超分子系において、膜を介した光誘起電子移動により、高スピン種が生成することを確認した。
 格子変調型スピン系として構築された銅イオンを含む層状化合物は、外部からの静水圧、または、層内の有機分子が引き起こす化学圧により、磁気転移を含む磁性変調を示す。一方、Mn12クラスターからなるナノマグネットは、ブロッキング温度以下の低温領域でクラスター内のスピンが整列し、その磁化曲線はヒステリシスを示す。このブロッキング温度は、クラスター内のMnの局所的なサイトが受ける格子変形に極めて鋭敏であることも明らかとなった。
 第三段階では、これらの操作型のスピン系の中でも特に電子授受型スピン変換系を利用し、量子スピン素子の創出を行った。グラファイト基板上に自己集合により形成された長鎖アルキル基を有するスピン活性分子のストライプ状構造は、スピン記憶素子としての機能が期待される。また、金基板上あるいは金ナノ粒子上にスピン分極ドナーを化学吸着する手段を確立した。これらナノスケールの構造を持つ金属・有機複合型構造体は、分子型スピン分極量子ドットと見なすことができる。さらに、"単分子スピン整流素子"としての機能を備えたピロール型スピン分極ドナーが合成されるなど、分子のもつ量子性の大きなスピン分極分子の電子構造の特徴を生かした"量子スピン素子"の可能性を提示した。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 雀部グループは、超構造分子として、基本ユニットを放射状に連鎖合成し、球状体の巨大分子であるデンドリマーを作製し、このデンドリマーのコア部分とその周辺のデンドロンのそれぞれに機能をもたせて光・電子機能を発現させるところに大きな目標がある。デンドリマーの合成としては、3-プロモピルアミンから出発して、コアを中心として3世代までのポリアミン系デンドリマーの合成を達成した。また、光電子応答機能が明らかになったカルバゾール誘電体をデンドロンに組み込むデンドリマーを構築するなど、所期の構想とした量子機能性を有するデンドリマー超構造分子構築につながる成果が蓄積されてきていて、今後に大いに期待できる。これらのデンドリマーの機能を検証する入出力ツールを開発する狙いで、走査型トンネル顕微鏡(STM)と走査型近接場光学顕微鏡(SNOM)の複合化装置を開発した。その結果、同一個所のSTM像とSNOM像の観測に成功した。これは、超構造分子を操作し、光機能を検出するツ−ル開発につながる成果として位置付けられる。
 菅原グループでは、有機スピン素子を創製する目標を如何に達成するかのシナリオを作製し、それに沿った一貫した努力がなされた。第一段階の有機磁性体となる有機分子スピン系の探索、第二段階の有機分子スピン系に外的刺激(電子授受、光照射、格子変調)によりスピン系を変調する仕組みを組み込む操作型スピン系の開発、そして、第三段階としてスピン素子を作ると言う戦略的なシナリオのもとに研究がなされ、各段階でそれぞれに特徴のある有機スピン系が創製された。これらは有機磁性分野をリードする成果と言える。中でも、電子授受(酸化還元)によるLow-spinとHigh-spinの変換が発生するスピン分極ドナー系の発見と、一電子酸化によりHigh-spinとなるスピン分極ドナーに分子ワイヤーを連結し、その末端にチオール基を導入して、金電極に化学吸着させることで、ドナーラジカルの不対電子がπ電子系を介して金の伝導電子と相互作用できる有機スピン分極ドナー系の構築によりスピン整流素子の可能性を示したことは、有機分子スピン素子の今後の展開にパイオニア的な役割を果たす成果として大きく評価出来る。今後の発展が期待される。
 これらの研究成果は、論文としては英文87件、和文2件、学会発表としては国内学会149件、国際学会125件として報告された。また、特許は5件出願された。初期は研究が科学的段階であり、特許出願までいたらなかったが、後半になって具体的な材料の創製、スピン整流素子など、デバイスの芽が出ることで特許出願ができるようになったことは、研究の進展を示している。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 「トポロジカルに構造制御された超構造分子そのものに光・電子・スピン機能を発現させ、超構造分子を一つの量子分子素子として、それらを集積した有機量子デバイスの構築を目指す」ことが本研究チームの目標であるとすると、機能性のある超構造分子を合成し、その分子単位の機能を発現するために、その入出力ツールも含めて開発し、その分子機能を発現しなければならない。また、発現した機能素子を集積して量子集積デバイスとしての機能を実現しなければならない。これは、極めて困難な挑戦である。従って、この目標に対して、どこまで進展したかということで判断すると、雀部、菅原グループともにまだ道途中というところである。しかし、雀部グループは、デンドリマーの合成という困難な課題に挑戦し、その合成に成功したことは意義のあることで、将来のこの分野の発展に対し科学的貢献を果たした。菅原グループは、有機スピン素子実現のシナリオを明確にした上で、多数の新奇な有機分子磁性材料を発見したこと、さらにスピン整流素子の可能性を示すなど、この分野を先進的にリードしている。 有機分子による磁性材料、スピンデバイス分野に指針足り得る成果を多数出し、貴重な科学的貢献を果たしていると言える。技術的にも興味深い芽が出てきており、その面での貢献も期待できる。
4−3.その他の特記事項
 本研究チームの主催のもとに4回の超構造国際フォーラムを開催し、新しい超構造分子の概念を広めた。これらのフォーラムの結果はHyper-Structured Molecules T, Uとして出版された。また、菅原サブグループリーダは分子磁性の分野で最大の国際会議であるInternational Conference on Molecule-Based Magnets(ICMM)2004の主催者を務めることになった。

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