研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
人工ナノ構造の機能探索
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 青野 正和 大阪大学大学院工学研究科 教授、理化学研究所 主任研究員
主たる研究参加者 長谷川 修司 東京大学 助教授
川合 真紀 理化学研究所 主任研究員
青柳 克信 理化学研究所 主任研究員(平成8年1月〜平成10年10月)
和田 恭雄 日立製作所(株) 主任研究員
塚田 捷 東京大学 教授
3.研究内容及び成果
 様々な興味深い機能が期待される人工ナノ構造を設計、構築し、かつそれらが示す機能を新しい計測法の開発によって積極的に計測、評価する。かくして、人工ナノ構造の新しい機能を探索することによって、新しい情報処理デバイスの開発を目指し、ナノサイエンスとナノテクノロジーの世界にブレイクスルーをもたらすことを目的とする。
 ナノ機能の主要な研究課題は「ナノスケールでの電気伝導」であり、これはナノテクノロジー及びナノサイエンスの今後の進展にとって中心的な重要性をもつものである。ナノスケールの厚さの表面層や薄膜(2次元系)、ナノスケールの太さをもつ有機分子鎖や無機ナノワイヤー(1次元系)、ナノスケールの極微接触構造(0次元系)の電気伝導がこれに含まれる。これらはいずれも、次世代の新しいナノエレクトロニクス素子の開発にとって極めて重要な知見となる。
 研究を効果的に推進するために、1)ナノ構造の新機能探索、2)ナノ構造のデバイス機能探索、3)ナノ構造機能の理論的探索の3つのテーマに関して研究を実施することにし、それぞれのテーマに関してサブグループを置いた。以下に主要な研究結果を示す。
(1)ナノスケール〜マイクロスケールでの電気伝導計測の新手法開発(青野グループ、長谷川グループ)
 2、3、4本の独立に駆動できる探針を持つ走査トンネル顕微鏡(STM)を世界に先駆けて開発した。従来の STM は言うまでもなく1本の探針しか持たないが、2、3、4本の独立に駆動できる探針を持つ新しい STM を開発した。その目的は、個々の探針をナノスケール構造の任意位置への接触電極として用いて、ナノスケール構造の電気特性(電気伝導度など)を計測することにある。ナノメータースケールでの電気伝導測定の他に、マイクロメータースケールでの電気伝導測定もまた興味深く重要である。後者の目的のために、マイクロ4端子電気伝導測定法を開発した。
(2)表面ナノスケールの電気伝導測定(青野グループ、長谷川グループ、和田グループ)
 上述の多探針 STMを用いて、シリコン(Si)半導体表面、フラーレン(C60)重合分子膜、シリサイド(ErSi2)ナノ細線などの電気伝導の直接計測に成功した。また、マイクロ4端子電気伝導測定法によるSi(111) 表面が 7×7、√3×√3-Ag、√21×√21-(Ag+Au) の3つの異なる構造を持つ場合の電気抵抗の測定、及びSi(111)表面に閉じた溝をつくることによる測定法の工夫などにより、Si表面伝導度を抽出することに成功した。
(3)導電性ナノワイヤーの創製技術の開発(青野グループ)
 ジアセチレン化合物である 10,12 ペンタコサジイン酸分子を用いて実験を行った。その分子がよく整列した単分子膜をグラファイト下地の上に自己組織化を利用して作成し、その膜のあらかじめ定めた1点に STM の探針によって刺激を与えて、そこから連鎖重合を開始せしめ、ポリジアセチレン重合分子のワイヤーを作成した。分子膜の予め定めた位置から別の予め定めた位置まで、ナノメートルの空間精度で、パイ共役重合分子を形成する技術の開発に成功した。
(4)新概念の量子電導原子スイッチの開発(青野グループ)
 全く新しい概念で動作する"量子効果原子スイッチ"の開発に成功した。このスイッチは、1個〜数個の原子の運動を電圧によって制御し、それによって量子化された電気伝導度を制御する全く新しいスイッチである。スイッチング電圧が 10 mV 程度と小さく、スイッチング速度が 10 GHz 程度まで期待できることが特徴である。
(5)ナノレベルの電流の理論解析(塚田グループ)
 理論的研究の興味深い結果として、2つの接近した金属電極を分子が架橋するとき、両電極間に電流を流すと、架橋している分子の内部に電極間電流よりも桁違いに大きい渦電流が流れる場合のあることが分かった。渦電流は大きい磁気モーメントを生み出すので、将来のスピン・エレクトロニクスとの関連が期待できる。
(6)その他(川合グループ、青野グループ)
 数多くの成果が得られた。たとえば、表面に吸着した分子に STM の探針から電子を注入するとき、電子のエネルギーを適切に選ぶと、その分子の固有振動が励起されて、その分子の移動を促しうること、STM の探針を試料表面に接近させてトンネル電流を流すとき光が放出されるが、その光放出の機構として今まで知られていなかった新しい機構、すなわち STM の探針と試料表面との間を電子が飛び移る際に、その事象の一部として光が放出される機構があることなどが分かった。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 イオン伝導体の数原子内の原子の移動を電気接点で起こさせて電流をon-offをする量子電導原子スイッチの開発、STM探針による有機薄膜への電気パルス刺激によって連鎖重合反応を誘起することによるπ共役重合分子ナノワイヤの作成など、今後のナノ電子デバイスの創製につながる独創的な成果を出したことは、大きな成果として評価できる。さらに、スピン偏極電子の探針への入射によって発生する円偏光の偏極度を観測するスピンSTMを開発したこと、多探針STMについては4探針まで発展させ、Si(111)7×7表面、Si(111)√3×√3-Ag表面の電気伝導、電子照射したC60重合膜の電気伝導の測定などを実現したこと、ナノ構造の理論的探索として、リカージョン伝達行列法を開発し、ナノ電極間では電極間の架橋構造に依存して電極間電流より大きな渦電流が誘起されることを見出したこと、なども先進的研究として評価できる。
 総合的には、当初の研究構想の線に沿った研究が果敢に進められ、その中からイオン伝導体を用いた量子スイッチの開発など、構想を超えるいくつかの独創的な成果を生み出してきており、大いに満足すべき結果となった。
 論文の総数としては、英文64件、和文11件と他のチームに較べて多い方である。ただし、サブグループの数を考えるともっと出てもよかったかもしれない。注目すべき成果が後半にも多く出てきており、未発行の重要論文もあった。また、学会発表も国内学会55件、国際学会62件行われた。特許に関しては、研究の進展に伴い意識が高まり、重要な成果については漏れの無い特許出願申請(8件)がなされた。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 イオン伝導体の量子スイッチ素子は、1個単位の原子イオンの移動をスイッチングに使うという、従来どこも実現したことのない量子電導原子スイッチであり、極めて独創的なものである。すでにAND、OR、NOT素子の室温、大気中での動作を確認していること、また高速駆動が可能なことなど、実現可能性の高い量子素子としてインパクトは大である。このスイッチを実用的に機能素子化する研究が、基礎的研究発展推進事業に「新しい量子効果スイッチの機能素子化」として平成12年度の研究課題に採択され、新たな研究体制による開発が進められることになり、今後の発展が期待される。π共役重合分子ナノワイヤは、分子ナノワイヤ作成に先鞭をつけたものであり、今後の分子デバイスの発展に与える寄与は大と予想される。また、多探針SPMの開発も世界の先端を行くもので、微細構造の量子伝導現象を直接測定する技術として科学的にも大きな波及効果を持つ。また、将来のナノデバイスのナノテスターとしての発展も有望であり、技術的、産業的インパクトも期待できる。
 受賞は、花王技術・化学財団 平成12年度 第3回研究奨励賞(表面の科学)を次の研究で受賞した。中山知信: C60、CaF単層結晶膜の形成と欠陥導入の原子プロセス研究
4−3.その他の特記事項
 イオン伝導体を用いた量子スイッチ素子の開発は、基礎的研究発展推進事業に採択され、応用の可能性が追求されるが、その中で、多探針STMも多探針AFM(原子間力顕微鏡)へと更なる進展も図りながら開発が進められることに成っている。新産業創出に迫る成果を期待する。

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