研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
極限土壌ストレスにおける植物の耐性戦略
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 森 敏 東京大学大学院農学生命科学研究科 教授
主たる研究参加者 西澤 直子 東京大学大学院農学生命科学研究科 教授
塩入 孝之 名古屋市立大学薬学部 教授(平成8年9月〜11年3月)
北原 武 東京大学大学院応用生命化学研究科 教授(平成12年4月〜)
吉村 悦郎 東京大学大学院農学生命科学研究科 教授
松本 英明 岡山大学資源生物科学研究所 教授(平成8年9月〜10年3月)
山本 洋子 岡山大学資源生物科学研究所 教授(平成8年9月〜10年3月)
我妻 忠雄 山形大学農学部 教授
3.研究内容及び成果
 21世紀の急速に増大する人口に由来する食糧危機に対して、世界の陸地の67%を占める不良土壌のうち、主として石灰質アルカリ土壌または酸性土壌でも旺盛に生育する食糧増産の為の穀物を遺伝子工学の手法で創製することを研究の主目的とした。
 本研究チームは、石灰質アルカリ土壌に関わる「鉄欠乏耐性」研究グループと酸性土壌に関わる「アルミニウム過剰耐性」研究グループから成る。石灰質アルカリ土壌については、イネ科以外の植物が有する鉄獲得機構に関わる遺伝子を草本や樹木に導入すれば、単に食糧問題ばかりでなく、砂漠の緑化、地球温暖化の防止という壮大な環境問題にも寄与し得ることから、アルカリ土壌耐性双子葉植物の創製も目指した。また、遺伝子導入系統の作出以外に、作物の鉄欠乏を解消する普遍的・画期的な技術として、ムギネ酸アナログ葉面散布剤の開発、鉄系コーティング肥料の開発も目的とした。酸性土壌に関しては、アルミニウム(Al)過剰が植物に及ぼす毒性・症状について調べ、また、Al過剰耐性を有するイデユコゴメの耐性機構を究明した。
(1)「鉄欠乏耐性」研究グループ(森グループ)
 イネ科の持つ鉄欠乏耐性機構(Strategy-U)の構成物質である、ムギネ酸類の生合成機構を明らかにした。
1) メチオニンから出発した生合成経路を明らかにした。
2) 生合成経路に関わる遺伝子を全てをクローニングした。またメチオニンサイクル周辺の鉄欠乏で誘導される酵素の遺伝子をクローニングした。
3) ニコチアナミンアミノ基転移酵素の遺伝子をイネに導入してアルカリ土壌耐性イネを創製した。
 以上の3点は何れも世界の先陣を切って成功したものであり、他の追随を許さない。3)については2001年のNature Biotechnology に掲載され、世界的な反響を呼んだ。
4) 酵母の3価鉄還元酵素遺伝子を進化工学的に改変して遺伝子導入した、アルカリ土壌耐性タバコを創製した。これは、他種の3価鉄還元酵素遺伝子を導入して成功した、世界で最初の作物創製の例である。
(2)「アルミニウム過剰耐性」研究グループ
1)松本グループ
@ ソバが蓚酸を出してAl耐性であることを見出した。これは1997年のNatureに掲載された。
A シロイズナズナとタバコの遺伝子で、Alによって誘導される遺伝子をクローニングし、これを酵母に遺伝子導入して、Alに対する耐性の遺伝子をクローニングした。
2)吉村グループ
@ 酸性河川に存在するムラサキヒシャクゴケ(Scapania undulata)は、アルミニウムや重金属を細胞外壁に沈着することによってアルミニウム耐性になることを示した。
A また、草津温泉に生息するイデユコゴメ(Cyanidium caldarium)が、200 mMという驚異的な濃度のAlに耐性であることを発見し、その理由を追究して、イデユコゴメがAlを吸収しない機構を有すること、イデユコゴメの細胞内にFe、P、Alを溜め込む特殊な顆粒が存在することを見出した。
B オオムギがAlに極めて弱い理由は、Al処理によってカロース(β-1,3グルカン)が合成されるために基質UDPGが消費され、同じUDPGを基質とするセルロースの合成が押さえられて根の細胞伸長が抑制されるためであることを証明した。
3)我妻グループ
@ 根端細胞原形質膜のAl 結合度の少ないことが、植物のAl耐性の構成的支配因子であることを明らかにした。また、これを決めるのが膜の脂質組成であることを示唆した。
A 各種養分欠乏のうち、リン欠乏条件下でAl耐性が明らかに強くなった。リン欠乏条件では、根内部のフェノール性化合物は培地中でAlイオンと錯体を作り、Al毒性をある程度軽減できることがAl耐性強化の一つの理由であることを明らかにした。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 研究成果は論文(英文70件、和文25件)、口頭またはポスター(国際学会60件、国内学会174件)、解説(国内誌19件)、特許出願(国際4件、国内9件)において外部に公表した。
 本研究チームの「鉄欠乏耐性」研究グループと「アルミニウム過剰耐性」研究グループのうち、「鉄欠乏耐性」研究グループではイネ科植物の「ムギネ酸(土壌中の3価鉄イオンのキレーター)」の生合成経路を確定すると共に、その生合成経路(メチオニンからデオキシムギネ酸生成まで)に直接関わるこれまで全く未知であった遺伝子の全て(sam、nas、naat、dmas、Ids2、Ids3)のクローニングに成功した。また、その生合成を活発化するための周辺の代謝経路の遺伝子(IDII、apt1、Fdh)や遺伝子発現制御に関わるタンパク質の遺伝子(IDI2)等もクローニングした。アルカリ土壌では殆ど育たないイネにニコチアナミンアミノ基転移酵素遺伝子(naat)を導入して、アルカリ土壌耐性イネの創製に成功した。一方、酵母の3価鉄還元酵素遺伝子(Fre1)の至適pHをアルカリ側に進化工学的手法で改変して、これを双子葉植物の代表としてタバコに遺伝子導入し、石灰質アルカリ土壌耐性タバコの作出に成功した。これによって得られたイネとタバコは、今後の石灰質アルカリ土壌耐性品種の育成において、母本の候補となるものである。
 「アルミニウム過剰耐性」研究グループでは、ソバ、ムラサキヒシャクゴケ、イデユコゴメそれぞれの異なるAl耐性機構を究明し、シロイズナズナとタバコではAl耐性遺伝子をクローニングした。イデユコゴメについては、200 mMのAlイオン濃度に耐性を持つことを示し、外国の研究者をしてincredible!!と言わしめた。イデユコゴメにはAlを吸収しない機構があり、また、細胞内にFe、P、Alを捕捉する顆粒の存在することを見出した。この他、オオムギがAl過剰に弱い理由、植物の根端細胞原形質膜のAl結合度とAl耐性の関係、リン欠乏状態におけるAl耐性向上の機構等を明らかにした。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 ムギネ酸の全生合成経路の確定とその関連遺伝子の同定、naat遺伝子導入によるアルカリ土壌耐性イネの創製、Fre1遺伝子導入の土壌耐性タバコ作出、イデユコゴメのAl過剰耐性機構の解明等は、全て世界的に最先端の業績で、広く海外からも注目されている。

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