研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
反強磁性量子スピン梯子化合物の合成と新奇な物性
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 高野 幹夫 京都大学化学研究所 教授
主たる研究参加者 寺嶋 孝仁 京都大学化学研究所 助教授
東 正樹 京都大学化学研究所 助手
新庄 輝也 京都大学化学研究所 教授(平成11年4月〜)
壬生 攻 京都大学化学研究所 助教授(平成11年4月〜)
秋光 純 青山学院大学理工学部 教授(平成9年4月〜)
広井 善二 東京大学物性研究所 助教授
高木 英典 東京大学物性研究所、大学院新領域創成科学研究科 教授
北岡 良雄 大阪大学基礎工学部 教授
高橋 隆 東北大学大学院理学研究科 助教授
3.研究内容及び成果
 本研究では、物質の創製を担う固体化学グループと物性測定を担う固体物理グループが協力し、量子スピン梯子系銅酸化物、更に広くは3d遷移金属酸化物(特に低次元系)を舞台とする新規な量子物性(エキゾチックな磁性や超伝導など)の発見、機構の解明を目指した。その傍ら、新産業の芽の発見のため、デバイス開発的な微細加工を加えた薄膜試料を作成し、新規な磁性(特に巨大磁気抵抗効果)の探索を行なった。化学グループでは、種々の物質作製に高圧合成法・薄膜作成法・微細加工技術・パルスレーザー等を駆使し、物性グループでは、その物性を磁化・NMR・比熱・光電子分光・中性子散乱・μSR等の測定により調べた。
(1)固体化学・京都大学グループ
 新規な物質の作製では、高圧合成法等により、スピン梯子化合物SrCu2O3、Sr2Cu3O5、LaCuO2.5、Sr1-xLaxCuO2、Sr14--xCaxCu24O41、(VO)2P2O7、Ca2-xNaxCuO2Cl2、PbxBi2.2-xCaCu2O8+δ、CaFeO3等を合成した。酸化物高温超伝導体Bi2212に鉛Pbを高濃度に置換して、高温域での臨界電流密度を大幅に向上させた。電子顕微鏡観察を行なって、鉛濃度の変動による数十nmの周期の濃淡を見出し、その不均一性が特性の向上をもたらしている可能性を指摘した。薄膜作成法により、Fe4+酸化物CaFeO3等、高品質単結晶膜を作製した。酸素ホールのダイナミックスにより、金属−絶縁体転移(例:CaFeO3)や室温を超える高いキュリー温度と大きい磁化を持つp型金属強磁性状態(Sr2FeCoO6)など、多彩な物性が生じることを明らかにした。サブミクロンオーダーの微細化を行ない、磁場に対する電気伝導性の非線形応答(La0.7Sr0.3MnO3)やFET効果に基づく新奇な物性出現((La,Sr)2NiO4 やLa1.875Ba0.125CuO4)の可能性を探った。
(2)固体化学・青山学院大学グループ
 キャリアードープした梯子型酸化物Sr14--xCaxCu24O41の合成に成功し、圧力下で超伝導が発現することを見出した。これは高温超伝導の発現機構が磁気的な原因によることを示唆するものである。また、ホウ化マグネシウムMgB2 が金属化合物系では臨界温度(Tc)の記録を20年振りに更新するTc=40 Kの超伝導体であることを見出した。MgとBは安価・軽量である上に取扱いと加工が容易で、超伝導材料として大いに期待される。
(3)固体化学・東京大学物性研究所グループ
 水熱合成等の手段を用い、エキゾチックな物性を示す量子磁性体、特に低次元系や電子強相関系の物質探索を行なった。銅酸化物では、擬1次元銅酸化物Ca1-xCuO2の異常な磁性の発現機構を、反強磁性1次元鎖とダイマー状態が共存した2副格子モデルで説明した。また、これまで全く報告のないスピン1/2ハイゼンベルク型カゴメ格子のモデル物質として、鉱物Cu3V2O7(OH)2・2H2Oに着目し、その物性を究明した。
(4)固体物理・大阪大学グループ
 量子スピン梯子化合物の物性の探究を、主として核磁気共鳴(NMR)によって行なった。量子スピン梯子化合物に不純物や荷電担体を導入することによって発現する新奇な量子物性現象、特に不純物によって誘起された異常量子磁性、及びホールドープ系の磁性と電子遍歴効果を解明した。
(5)固体物理・東京大学グループ
 新物質開拓と輸送現象・光学測定・比熱測定などの基本的物性測定を並行して行ない、以下の知見を得た。1次元金属鎖YBa2Cu4O7における磁場誘起次元クロスオーバー現象。3次元三角格子を形成するスピネル型酸化物の重い電子状態。幾何学的フラストレーションと電荷整列の関係。ペロブスカイト型酸化物の量子誘電性と磁性の結合。高温超伝導体の2次元CuO2面の電子状態とキャリアダイナミックス。1次元磁束内の電子状態。
(6)固体物理・東北大学グループ
 角度分解光電子分光装置として、従来のエネルギー分解能0.1 eVから一気に2桁近く2.4 meVにまで高めた超高分解能を有する世界最高水準の装置を開発し、銅酸化物高温超伝導体、量子スピン梯子化合物、ホウ化マグネシウムMgB2等における新規な物性発現の基盤となる電子状態を調べた。銅酸化物については、超伝導ギャップとその異方性やスピンと電荷の分離を直接観察することに成功した。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 研究成果は論文(英文406件、和文15件)、口頭またはポスター(国際学会108件、国内学会283件)、特許出願(国際2件、国内2件)において外部に公表した。
 新物質の創製と新規物性の発掘を目指した化学グループと物性グループはそれぞれ優れた研究メンバーから成り、挙げた成果の質はそれ相応に高い。
 物質の作製では、スピン梯子化合物SrCu2O3、Sr2Cu3O5を始めとして、Sr14-xCaxCu24O41、(VO)2P2O7、Ca2-xNaxCuO2Cl2等、種々の新規な物質を創製した。遷移金属化合物以外にも、MgB2が金属系超伝導体としては記録破りの高い転移温度40Kの超伝導体であることを発見した。
 酸化物の物性に関しては、SrCu2O3では非磁性のZnを僅か1%添加することで、常磁性から反強磁性に激変すると云う極めて新奇な現象を発見した。またSr14--xCaxCu24O41では、電荷とスピン(超伝導とスピンギャップ)の関連を解明した。この他、LiV2O4における3d遷移金属化合物では、初めての重い電子状態を発見した。
 超伝導体に関しては、高温超伝導体中に大小2種類の擬ギャップの存在を指摘するとともに、世界最高級の分解能を有する光電子分光装置を開発して、ホールドープ系及び電子ドープ系の超伝導ギャップの直接観測、荷電体波動関数の対称性決定に成功した。また、超伝導ギャップ励起が運動量にほとんど依存しないことを発見した。高濃度の鉛を添加した超伝導物質PbxBi2.2-xCaCu2O8+δが高い臨界電流密度を持つことを北澤研究チームと共同で見出した。ホウ素炭化物超伝導体YNi2B2O8CがギャップレスS波超伝導体であることを発見した。
 応用に繋げる為の遷移金属酸化物薄膜の研究では、薄膜作製用にパルスレーザー蒸着装置を開発し、微細加工には電子ビームを用いた。これにより、巨大磁気抵抗Mn系ペロブスカイト型酸化物薄膜の作製・微細加工、パーマロイ薄膜からの強磁性金属細線やドットの作製等を行なった。強磁性金属ドットでは、各ドットの中心の磁気が外部からの磁場で容易に制御可能である。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 Zn 1%添加によってSrCu2O3が常磁性から反強磁性に急変する現象は、世界の固体物性に関わる実験・理論の研究者の注目を集めた。パルスレーザー蒸着装置と電子線加工法を組み合わせた薄膜微細加工技術の確立は、新規電子デバイス開発に有力な武器となる。臨界温度40 KのMgB2は加工が容易であることから、実用超伝導体として極めて有望である。世界最高級の分解能を有する光電子分光装置の開発も大きな成果であると言える。

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