研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
東アジアにおける酸性物質及びオゾンの生成と沈着に関する観測と環境影響評価
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 秋元 肇 地球フロンティア研究システム 領域長
主たる研究参加者 梶井 克純 東京大学先端科学技術研究センター 助教授
広川 淳 東京大学工学系研究科 助手
坂東 博 大阪府立大学工学部 教授
田中 茂 慶応義塾大学理工学部 教授
3.研究内容及び成果
 東アジア(北東アジア及び東南アジア)の経済発展に伴う工業化は、環境影響物質の放出量を急速に増加させ、この地域に大きな影響を与えている。そうした大気質変化の具体的な例として、対流圏におけるオゾンと酸性物質の増加現象がある。大気中における生成・輸送・沈着といった大気化学的見地からみた場合、対流圏オゾンの生成と酸性物質の生成とは表裏一体の現象であり、また、植生に対する影響を論ずる場合にも常に両者の共存による相乗効果を考慮する必要があることが知られている。しかるに、大気中における酸性物質の増加が酸性雨として知られているのに対して、対流圏オゾンの増加については一般にはほとんど認識されていない。
 しかし、このままオゾンの増加が続いた場合、酸性物質の沈着と相まって、21世紀の近い将来においてきわめて深刻な環境影響をもたらす可能性がある。
 本研究は、こうした認識の下で東アジアにおける対流圏オゾン及び酸性物質の時間的・空間的変動とその要因を定量的に明らかにし、その植生影響の可能性を推定することを目的とした。
 これらの目的を達成するために、本研究では大きく二つの研究課題を設定し、それぞれを大きくは東京大学先端科学技術研究センター(研究代表者が平成12年3月まで在籍)と慶応義塾大学理工学部の二つのグループで研究を分担した。
(1) オゾンの長距離輸送過程及び光化学的生成消滅機構の解明
(2) 大気汚染物質の長距離輸送の実態解明
 また、研究手法としては、これらの二つの研究課題に共通して、主として、1)リモートステーション(沖縄、隠岐、八方、利尻など国内4拠点、ロシア・モンディ、中国・黄山、タイ・スリナカリン及びインタノン)における通年連続観測の実施、2)新しい大気化学測定機器の開発の二つの手法を組みあわせる研究戦略を用いた。
 本研究で必要となった計測装置について、下記の開発がなされた。
@ HOxラジカル測定装置(東京大学)
A PAN測定装置(東京大学)
B 硝酸ガス測定装置(東京大学)
C 無機ハロゲンガス測定装置(東京大学)
D 酸性・塩基性ガス測定装置(慶応義塾大学)
E アルデヒド測定装置(慶応義塾大学)
F 無機ハロゲンガス測定装置(慶応義塾大学)
G 過酸化水素測定装置(慶応義塾大学)
 研究を分担したグループごとの成果は以下のとおりである。
(1)東京大学グループ
 オゾンの長距離輸送過程及び光化学的生成消滅機構の解明がなされた。リモートステーションにおける通年観測の結果、東アジアにおける気塊は、大きく「ユーラシアバックグランド気塊」、「北東アジア地域汚染気塊」、「太平洋気塊」、「南シナ海気塊」、「インド洋気塊」に分けられることがわかり、それぞれのオゾン濃度、季節変化の特徴が明らかとなった。特に、中国、韓国などの北東アジア地域汚染気塊により、夏季には月平均で約20 ppbvのオゾンが生成されていることが初めて定量化された。
 大気光化学反応メカニズム解明のため、レーザー誘起蛍光法によるHOxラジカル、負イオン化学イオン化法によるPAN、HNO3、Cl2/Br2の高感度/高精度測定装置を新たに開発し、これらを用いた観測が行なわれた。集中観測では、特に、HOxラジカルの直接測定によるオゾンの光化学反応理論の検証を行い、海洋大気境界層における大気光化学プロセスになお未知の過程が含まれることが明らかになった。
(2)慶応義塾大学グループ
 大陸からの酸性物質の長距離輸送とその結果である沈着について研究が進められた。
 本研究では、東アジアから放出された酸性化物質の越境汚染の実態を把握し、それらの輸送過程における生成・沈着のメカニズムを解明することを目的として、1997〜2000年の期間、沖縄、隠岐、利尻の日本近海の離島において通年観測を実施し、大気中の酸性物質と酸化性物質の測定を行なった。
 酸性・塩基性ガス、(HCl、HNO3、SO2、NH3)、無機ハロゲンガス(Cl2、Br2)、アルデヒド(HCHO、CH3CHO)、過酸化水素等の大気観測のために、拡散スクラバーのガス成分捕集装置とイオンクロマトグラフまたは液体クロマトグラフの分析装置とを組みあわせた自動連続測定装置を新たに開発した。これらの測定装置は、本研究の目的達成を可能にした。
 これらの結果から、沖縄における大気中の硫黄酸化物の半数以上は中国大陸から長距離輸送されることが明らかにしている。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 大陸由来の酸性物質の生成と沈着に関するデータが年間を通じて得られこと、及びAOT40評価などの成果が特に評価される。全般的にみて、ほぼ所期の目的を達成している。ただし、東アジアとヨーロッパの差の説明は今後に委ねられた。特に、OHラジカル、硝酸イオンなどの測定装置装置を本研究期間中に開発し、その成果を世界に発信したことについても大いに評価される。共同研究者からは、集中観測による大気汚染物質の分析(国立環境研究所、大阪府立大学工学部など)、または酸性物質沈着の分析(慶応義塾大学理工学部)などについて協力を得た。また、大陸における観測拠点において、ロシア、中国、タイなどの研究者から必要なデータ提供を受けることができた。
 外部発表については、英文論文発表40件と活発に行なわれた。本研究は観測とその分析を主体とする理学的な研究であるが、大気測定機器の開発に関係し特許1件を出願中である。主な論文は、J. Geophys. Res.、J.Anal.Chem.などを中心に投稿している。また、学会発表も国内学会149件、国際学会22件行われた。なお、新聞報道については、大陸からのオゾンの到来、ラジカル測定装置など5件なされた。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 オゾンの長距離輸送過程及び光化学的生成消滅機構の解明がなされた。本研究により、対流圏内の光化学過程のモデル化及びその実証データに関して、大気化学の分野では断片的な観測が多い中で、通年の観測データが多くの酸性物質について得られたことに大きな意義がある。
 本研究では当初計画した大気化学測定機器の開発にも成功しており、その結果として、測定結果の信頼度が高いことを特徴としている。対流圏オゾンについての理学的な研究において、今後の発展的展開が期待できる。
 本研究成果は、対流圏オゾンが人間の健康及び植生に与える影響についての研究の大きな一里塚となることが期待される。特に、植生衰退に対するオゾンの影響は今後ますます重要となるが、この時に地域発生源の評価のために大気中の基本成分の定量評価は不可欠であるためである。また、本研究の成果は、全球三次元モデル、地域スケールモデルを初めとするモデルを駆使して、東アジアにおけるオゾン・酸性物質の生成・輸送・消滅過程を明らかにする研究につなげられる予定である。
4−3.その他の特記事項
 シンポジウムは5回開催された。このうち第3回(平成9年8月)はロシア科学アカデミー湖沼学研究所との共催で行なった。また、第5回(平成11年11月)は、酸性雨問題の研究チーム(本研究領域の佐久川チーム)との合同シンポジウムとして開催された。

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