研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
神経変性の分子機構解析に基づく新しい治療戦略の開発
2.研究代表者
垣塚 彰 京都大学 生命科学研究科高次生体統御学 教授   
3.研究概要
 マシャド・ジョセフ病やハンチントン舞踏病の原因遺伝子から作り出されるポリグルタミンが神経変性を引き起こすことが判明した。本研究では、ポリグルタミンによる神経変性の分子機構を解明することによって「神経変性とは何か」という問いに答える統一概念をつくること、さらには、神経変性に共通する分子機構に基づいた治療法を開発して神経変性疾患を一網打尽にする新しい方法論を構築することをめざす。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 ポリグルタミン病をモデルにした実験系を樹立し、これらの疾患モデルを徹底的に解析することにより、一見異なる複数の神経変性疾患に共通する神経細胞変性の基本原理を分子レベルで解明してきた。細胞内には、変性蛋白を感知するセンサー蛋白質が存在するとの仮定のもと、そのような仮想センサー蛋白質の同定を進めたところVCP蛋白質が見出された。一方、ポリグルタミンが引き起こす細胞死のシグナル伝達に関わる遺伝子を同定する目的でショウジョウバエの複眼変性を引き起こす原因遺伝子として同様にVCP蛋白質を見出した。このVCP蛋白質は既知の物質であるが、このような機能を持っていることは解っていなかった。どうやらこのVCPはポリグルタミン病のみならず、パーキンソン病やALSなどの神経変性疾患の発症にも深く関わっているらしいことが解ってきた。今後はこのVCP蛋白質の機能を深く追求することによって神経変性疾患の概念が大きく変わる可能性があり、治療方法の手がかりが得られることを期待したい。

 一條グループでは、神経細胞死に着目してASK1-MAPキナーゼ経路の研究を行った。また、後藤グループは生存促進機構に着目して、PI3キナーゼ/Akt 経路、Notchによる神経系前駆細胞の生存促進の研究をおこなっており、それぞれに成果を挙げている。

4−2.研究成果の現状と今後の見込み
 Machado-Joseph病(MJD) の原因遺伝子の発見、単離より出発してポリグルタミン病をモデルにした実験系を確立して、MJD原因遺伝子産物のプロセシング、異状タンパク蓄積の感知、小胞体ストレス誘導、ポリグルタミン発現による細胞死など多岐にわたり進渉した。特に神経変性疾患の発症に、VCPと呼ばれるATPaseがキー分子である証拠を提出しつつあることが高く評価された。

 今後はこのVCP蛋白質の機能を解析することに主眼がおかれる見通しであり、質量分析が可能になる体制を整えつつある。このチームの解析手法は正攻派でありながら、斬新なアイデアにより新規な知見を得るのに優れているので、今後とも画期的な発見がなされることを期待したい。ただし、モデル動物による検証は慎重に進めていく必要があろう。特にマウスを用いた in vivo の研究に留意して欲しい。

4−3.今後の研究に向けて
 神経変性疾患の原因を解明するためには、VCP蛋白質を初めたんぱくの機能を解明することが重要であることが解ってきた。そのため、質量分析計等新たな投資が予定されている。また、重要な役割を担ってきた一條グループが発展して独立したチームになる予定であり、予算、研究体制には見直しが必要である。神経変性疾患の分子病態の研究は、日本が世界をリードしつつある分野であり、このチームが推進するVCP蛋白質の機能解析によってブレークスルーが期待できるので、重点テーマとして推進していく必要があると考えられる。
4−4.戦略目標に向けての展望
 研究チームが目指してきた「「ポリグルタミンによる神経変性の分子機構を解明することによって「神経変性とは何か」という問いに答える統一概念をつくること」に対してはVCP蛋白の機能発見によって回答が得られつつある。もうひとつの「神経変性に共通する分子機構に基づいた治療法を開発する。」」ことにも手がかりが得られたと言っても良く、今後の発展が期待される。
4−5.総合的評価
 ポリグルタミンと共存する蛋白がVCP(AAA family の ATPase)であることを見出し、さらにそれがポリグルタミン病以外の神経変性疾患にもみられること、そのATPase活性の低下が細胞死を引き起こすことを見出した。これらの研究は極めて独創性に富み、神経変性疾患の病態解明と治療法の開発につながる重要な研究である。研究グループの構成も適切で、研究は極めて順調に進んでいると考えられる。その他 ER ストレスとの関連、ミトコンドリア異常による酸化ストレスとの関連、動物モデルによる検証等残された課題も多いが、若い研究グループの頑張りに期待したい。

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This page updated on September 12, 2003
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