研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
学習・記憶のシナプス前性メカニズムの解明
2.研究代表者
研究代表者 八尾 寛 東北大学大学院 生命科学研究科 教授
3.研究概要
 本研究は海馬CA3錐体細胞上の苔状線維(mossy fibers; MF)によって形成されるシナプスを対象として、そのシナプス伝達と可塑的変化の機構を詳細に解析することを目的とする。伝達物質の放出はシナプス前神経終末端の興奮に伴うCa2+の流入に依存し、その可塑的変化はタンパク質のリン酸化に依存する。本研究では単一シナプス終末端におけるCa2+ の動態をCa2+ 感受性蛍光色素によって観察し、リン酸化に参与するタンパク質キナーゼの解析を試みる。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 マウスあるいはラットの海馬CA3錐体細胞に投射する mossy fibers (MF) 終末端のCa2+ 動態を観察するために、Ca2+-感受性蛍光色素を充填したガラス微小管をその細胞体(歯状顆粒細胞)層に挿入して傷害を与えた。その結果、MF の傷害部位から取り込まれた色素は軸索輸送により1時間以内に終末端に到達した。この条件下で、神経刺激を与えると、終末端の Ca2+ 流入に応じて蛍光強度が上昇する。CA3 領域にはMF 以外に、GABA作動性 interneurons が存在し、これらの interneurons にCa2+-感受性色素が分布する可能性がある。しかし、GABA抗体によって染色した interneurons 及びその終末端の分布は Ca2+-蛍光の分布と一致しなかった。さらに、GABA合成酵素、GAD67にEGFPをノックインしたマウスを用いても、Ca2+-蛍光の分布とGFPの分布は一致しなかった。したがって、観察されたCa2+-蛍光の分布はMF終末端を反映し、interneuronsによる混在の可能性は少ない。Ca2+ が神経終末端に流入すると、Ca2+ によってチャネルの特性が変化する可能性があるので、Ca2+ チャネルは同程度に透過するが、細胞内のCa2+-結合タンパクとの親和性が低いSr2+ と置換して実験を行った。この方法によって、MF終末端に発現している(i) Ca2+ チャネルサブタイプの定量、(ii) Ca2+-チャネルサブタイプと伝達物質の放出連関の強度、(iii) 単一シナプス前終末端のCa2+ チャネルサブタイプの分布様式の定量的解析を実施した。

 当初の研究課題の提案において、MFシナプス前終末端をモデルシステムとして用い、シナプスの開口放出の機構、可塑性のメカニズムを解析することを企画した。本研究は、現在、このモデルシステムからの記録条件と技術が完成した段階にある。

4−2.研究成果の現状と今後の見込み
(i) MFシナプス前終末端のCa2+ チャネルサブタイプの定量:
 MFを50 Hzで5回刺戟した時の終末端Sr2+ 蛍光強度を記録し、N-type 特異的ブロッカー、ω-CgTx、P/Q-type特異的ブロッカー,ω-AgTx、R-type特異的ブロッカー、SNX-482、L-type 特異的ブロッカー、nimodipine の個々の投与による蛍光強度の減少率から、P/Q、R、N、LタイプCa2+ チャネルの存在を定量的に測定した。その結果は、P/Q : R : N : L = 40% : 25% : 20% :10% であった。
 
(ii) Ca2+ チャネルサブタイプと伝達物質放出連関:
 これらの異なったタイプのCa2+ チャネルが伝達物質の放出機能に対して同程度の連関度を持つかを検討するために、CA3領域から細胞外電極を用いて、MF 刺激によるfield EPSPs を記録し、EPSPs の立ち上がり(rising phase) のスロープをシナプス伝達効率(伝達物質の放出効率)の指標とした。この指標に対する異なった Ca2+ チャネルブロッカーの効果と神経終末端のCa2+ 濃度の上昇に対する効果を比較した。例えば、SNX-482 はω-CgTx と同程度にCa2+ 濃度の上昇度を減少させたが、EPSPsに対する効果は僅かであった。ω-AgTxは他のブロッカーと同様に、Ca2+ 濃度の上昇を短時間に減少させたが、伝達効率の減少効果は投与後約20分の間に時間と共に増強した。この現象の解釈は、現在、不明である。しかし、R-タイプの Ca2+ チャネルはNタイプと比較して、明らかに伝達物質放出連関度が低く、この相違は、N-タイプ Ca2+ チャネルが伝達物質放出部位の近傍に分布しているのに対し、Rタイプの分布は遠距離にあると推測された。
 
(iii) 単一神経終末端のCa2+ チャネル:
 上記の実験では、Ca2+ の動態を複数の神経終末端から記録したが、その記録部位によって4種類のCa2+ チャネルタイプの分布は一定でなかった。たとえば、N タイプチャネルの占める比率は部位によって10% から40% の変異を示した。したがって、極端にいえば、部位によっては N タイプがほとんど存在しない終末端の存在も考えられる。この可能性を検討するために、単一神経終末端の Ca2+ チャネルを検討した。この実験では、2種類の dextran 色素を用い、Ca2+ 非感受性色素で終末端の形態を観察し、他の蛍光色素でその部位の Ca2+ 動態を観察した。これまでの実験結果では、4種類の Ca2+ チャネルタイプを示す終末端と2種類しか持たない終末端などが観察され、チャネル分布は終末端により異なることが示唆されたがその詳細の記載には、さらに多数の実験例が必要である。MF のチャネルは常に新しいチャネルを形成し、新規の場合はたとえば N タイプで、固定化されると P/Q タイプに変換すると仮定すれば、終末端のチャネル分布の異なることが説明される。水迷路学習後に CA3 の striatum orience に新しいシナプスが形成されると言う報告があり、この結果が再確認されたので、この標本を用いて新規のシナプスと固定化されたシナプスのCa2+ チャネルタイプを検討する計画である。
4−3.今後の研究に向けて
 現段階までの研究進展は当初計画より明らかに遅れているので、スピードアップが必要である。この線に沿って、改良すべき点は、(1)成果が期待できる研究を集中的に実施する、(2)各研究課題に参加している研究員の数が適切であるかを再考慮する、(3)研究が完成するのを待たずに、実施中に論文を書き始め、これによって、研究の構想をまとめ、また、発表までの時間を短縮する、(4)研究中に得た新たな憶測の検討は、当初の目的である研究が完成してから実施する、あるいは、必要な問題点だけを予備実験で検討する。
  基本的に、研究体制を目的志向的に見直すことが必要である。
4−4.戦略目標に向けての展望
 本研究は海馬CA3シナプスの伝達機構を詳細に検討することを目的とする。これまでは、伝達物質の放出に参与するCa2+ チャネルの解析を実施してきたが、今後、伝達物質の放出(開口放出)の解析を目的とする。開口放出に伴って、pHの変化が見られるので、この変化をVAMP-pHluorin 蛍光により定量し、 exo-endocytosis (伝達物質の開口放出と取り込み)測定することが報告されている。この手法を取り入れて、海馬苔状神経終末端の開口放出を観察することを計画している。これは魅力的なアプローチであり、この目的のために、VAMP-pHluorin を歯状顆粒細胞苔に発現させる手法を検討している。この検討は進行中であるが、現在、ほぼ確立されたので、実現する可能性が高い。
4−5.総合的評価
 本研究は綿密な計画に基づいて注意深く実施されている。しかし、研究の進行速度が遅く、何らかの手段でスピードアップを図る必要がある。この3年間に完結した実験が少なく、個々の現象に対して独断的な憶測が多い。例えば、R タイプ Ca2+ チャネルはペプチド放出に関与する可能性を仮定しているが、これを支持するデーターはない。それにも拘わらず、この仮定の検討を新たに計画している。P/Q タイプチャネルの伝達物質放出効果における時間的変化はこの研究課題の大きなネックであり、この現象の説明が早急に要請される。個々のストーリーの実験結果と結論をまとめて、できる限り早急に発表することが望ましい。

 評価委員(領域アドバイザー・外部評価委員)も7名中6名が、この課題の進行状況が当初計画よりかなり遅れていると言う意見であった。さらに、3名から、この成果はCREST研究の水準に達していないとする批判もあった。 他の4名の評価委員は、高いインパクトを持つ研究に発展する可能性がある課題であるから積極的に支援して研究効率を高めるべきであると言う意見であった。その一環として、大学院生の他にポスドク研究員の数を増やす努力をすべきであるという提案がなされた。

<<脳を知るトップ


This page updated on September 12, 2003
Copyright(C)2003 Japan Science and Technology Corporation