研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
行動制御系としての前頭前野機能の解明
2.研究代表者
研究代表者 丹治 順 東北大学大学院 医学系研究科 教授
3.研究概要
 本研究は大脳皮質前頭前野における知覚認知、記憶処理、行動計画、運動発現の機序を解明することを目的とする。この目的のために、日本サルに種々のタスクの条件付けを試み、そのタスクの実施中に皮質運動野、高次運動野から単一ニューロンの電気的活動を記録し、大脳皮質のどの領野が行動発現のどの位相に一致するかを検討する。これらの結果から行動選択、目標到達のために感覚情報、記憶情報がどのように処理されるかの過程を解析する。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 この研究に用いる主要な手法は、特定の情報によって実施するサルのタスクの行動解析とそのタスク実施中の大脳皮質単一ニューロンからの電気的活動 (unit activity) の記録である。研究代表者のグループは、長年の経験から、これらの手法を既に習熟しているので、技術的な困難は予測されない。問題はどのような疑問を提起して、どのような行動発現を対象とすれば前頭前野の機能に関する新しい情報が得られるかという点である。研究代表者らは、(i) 複数のルールに基づいた行動選択における前頭前野の働き、(ii) 順序情報に基づいた行動選択における前頭前野の働き、(iii) 行動のゴール(目標)とその企画過程における前頭前野の働き、(iv) 動作回数の情報処理に関する研究を実施した。これらの実験において、いずれも興味ある成果が得られている(4−2参照)。動作回数の情報処理に関する研究は、当初の企画には含まれていなかったが、独創的企画で、その結果は、最近の Nature 誌に掲載された。

 当初の研究課題提案に際しては、他に、前頭前野−大脳基底核ループ、あるいは前頭前野−小脳投射系の形態的、生理的解析ならびに、前頭前野機能に参与する伝達物質レセプターの検討が計画されていたが、これらのアプローチの進行は見られていない。しかし、この3年間に実施してきた研究はきわめてスムースに進行しているので、中枢ループのマッピングの解析、伝達物質効果の検討は現段階では特に必要と思われない。むしろ、現在の研究の進め方に集中するほうが望ましい。

4−2.研究成果の現状と今後の見込み
(i) 複数のルールに基づく動作選択:
 図形(丸か三角)と位置(上か右か左)の記憶すべき Sample cue をサルに提示し、3秒後 (delay) に正しい図形の選択、あるいは正しい位置の選択を指定する Choice cue を提示して行動を促すと、このタスクは90% 以上の成功率で正しく実行された。このタスクの実施中に一次運動野から記録した unit activity は運動実施時にのみ見られ、Sample cue、Delay, Choice cue に対応する活動は見られなかった。これに対し、前頭前野からのunit activity は Sample cue, Delay 期に見られ、 Choice cue 期まで亢進する。この活動はChoice cueの開始から減衰するが、Choice cue に限局した活動も見られ、これは行動期にかけて低下した。これらの結果から、前頭前野は一次運動野と異なり、運動実施に参与するのではなく、行動課題の各phaseに対応して応答し、認知情報と記憶情報の統合過程を表現していることが示唆された。
 
(ii) 視覚認知された順序情報に基づく動作選択:
 固視点から一定の遅延期間(2秒)後に、黄色の丸を見せ、遅延期間 (0.5 秒)後に、赤の十字、さらに緑の四角を順次与えて、最後に3種類の形を同時に1秒間見せた後に、3種の形の出現した順に touch するように指示した。このタスクの実施中に前頭前野から unit activity を記録すると、対象図形に特異的に応答するニューロンと、出現順序に特異的に応答するニューロンとその両者に応答するニューロンが見い出された。これらのニューロンは異なった部位に存在し、前頭の中心部の主溝の上部には順序に特異的な活動を示すニューロンが局在し、主溝の下部では対象図形に特異的に応答するニューロンが記録された。これらの結果から、前頭前野は認知情報の時間構造に関与し、これを保持して動作企画に参与すると推測された。
 
(iii) 行動の目標達成と企画過程の表現:
 格子状の経路の出発点とゴールを示し、ゴールの位置を記憶させてから、経路に障碍物の位置を示した後、Go シグナルにより、カーソルをone step づつ3回の動きでゴールに到達するタスクを与えた。このタスクの実施中に記録した前頭前野の unit activity は特定の位置のゴール、特定方向への動きのカーソル、特定位置の障碍物に対して見られたが、手首の運動に対応した応答は見られなかった。障碍物の位置よりも、ゴールとカーソルに対応した活動性が高かった。これらの結果は、前頭前野は行動のゴールと企画過程を表現し、運動情報よりは行動の目的・意味を表現することが示唆された。
 
(iv) 動作回数の情報処理:
 レバー押しを5回反復し、次いでレバー回しを反復し、5回づつ2種類の動作を反復するタスクを与えた。この回数情報処理のタスクの実施中に活動を示すニューロンは前頭前野には見られず、頭頂野の5野で、しかも腕、肩の体性感覚領域に限局していた。皮質両側の5野にムシモールを注入してこの領域のニューロンの興奮性を局所的に低下させると、動作の応答時間には変化が見られなかったが、5回を反復する正動作の実施率が減少した。これらの結果から、5野は回数情報処理に参与すると結論された。 
4−3.今後の研究に向けて
 本研究の主要な目的はサルの前頭前野の機能解析であり、この目的のために条件付け行動と大脳皮質単一ニューロンからの電気的活動の記録を実施した。同じ手法によって、大脳機能の異なった面の解析も可能である。たとえば、サルがどのようにして数の情報を処理するかという問題に関して、前頭前野でなく、頭頂野5野が関与することが明らかとなった。行動発現と異なり、数は抽象的概念であり、この解析は研究の新しい展開となる。今後、同様な抽象的概念として、時間情報の処理の解析が望ましい。大脳のどの部位において絶対時間の認知、処理が実施されるかの成果は中枢機能の理解に新規の局面を提供することが期待される。
4−4.戦略目標に向けての展望
 本研究は、基本的に、サルの前頭前野機能の解析を目標としているが、目標達成の企画過程の解析に用いた格子状経路は、ヒトに対しても実施した。ヒトが課題を実行している時の中枢領域の活動はfMRI (functional Magnetic Resonance Imaging) により記録した。現段階では、ヒトから記録した結果は、サルの場合と比較するだけの十分な解析が得られていない。本研究グループによる解析は大脳の機能研究の最先端を行く課題である。今後、本研究グループが、fMRI に関する経験を深め、ヒト脳における fMRI 画像技術の有効性、限界について提言すれば、この分野における研究に一石を投じることが期待される。
4−5.総合的評価
 本研究で実施した条件付けタスクをサルが学習するまでには数ヶ月から2年を要する。そのような忍耐と長時間が要請される研究にも拘らず、この課題は非常に順調に進捗しており、発表論文の質と数はともに印象的である。研究代表者の独創的、綿密な実験計画と研究グループ全員の研究意欲は高く評価され、今後も大きな展開が期待される。

 評価委員(領域アドバイザー・外部評価委員)も「研究チームを適切に統率し、独創性の高い研究発想を着実に実行し、国際的にレベルの高い成果を展開している」という意見で全員が一致した。

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This page updated on September 12, 2003
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