研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
p53によるゲノム防御機構
2.研究代表者
研究代表者 田矢 洋一 国立がんセンター研究所 部長
3.研究概要
 p53によるアポトーシス誘導径路とG1遺伝子停止径路の選択機構を解明するために、p53のリン酸化部位特異的抗体を作成して研究を進めた結果、Ser46がリン酸化されるとミトコンドリアのアポトーシス誘導蛋白質p53AIP1の遺伝子のプロモーターへの選択性が高まってアポトーシスが起きるらしいことがわかった。このSer46キナーゼの実体もわかりつつある。また、p53と結合してアポトーシス誘導能を高める蛋白質も捕まえ、その実体を明らかにしつつある。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 田矢グループの研究テーマは、最も普遍的かつ重要な癌抑制遺伝子であるp53によるゲノム防御機構である。このテーマは現在世界で活発に研究が進められているテーマであり、田矢グループのみですべてをカバーするのは無理である。しかしながら、田矢グループは抗リン酸化 p53抗体を用いてp53蛋白質のリン酸化とそれによるアポトーシスの誘導および細胞分裂停止の分子機構を解明することを主要な研究目的としてきた。特に、リン酸化p53蛋白質に対する様々な抗体は田矢グループが独自に開発したものであり、現在p53の生理機構を解析するための重要な研究手段となっている。田矢グループは、リン酸化p53の抗体を世界中の研究者に提供することにより多くの共同研究を行い、またその結果数多くの成果を得ている。

 田矢グループ独自の重要な発見は、p53を構成するあるアミノ酸(Ser46)のリン酸化がアポトーシス誘導を制御するという、従来誰も予想しなかったような知見を得たことである。
 田矢グループは、またもう1つの癌抑制遺伝子産物であるRB蛋白質のリン酸化に対しても研究を進めている。このRB蛋白質のリン酸化がp53のリン酸化とどのように関係しているのか、またRB蛋白質のリン酸化の生理的意義の解明も行ってきている。

4−2.研究成果の現状と今後の見込み
 田矢グループのより具体的な研究のテーマは、Ser46リン酸化とアポトーシス誘導と因果関係の分子レベルでの解析、特にp53と結合してアポトーシス誘導能を高める蛋白質の同定と解析、DNAダメージからp53活性化に至るまでのシグナル伝達の機構の解析が中心であるが、他にもp19ARFによるp53の活性化、サイクリンG1によるMdm2の脱リン酸化及びp53の制御、ATRキナーゼによるMdm2のリン酸化、Mdm2およびMdmx結合蛋白質の同定と機能解析、マウスとヒトのp53に共通したアポトーシス誘導制御機構、RB蛋白質リン酸化の生理的意義の解析など、 p53を中心とした様々な分子メカニズムの研究を行っている。

 共同研究者である玉井グループは、田矢グループの用いるリン酸化、アセチル化部位の特異的抗体やp53の変異体の作製に協力していたが、独自の研究としてp53のアセチル化の様々な分子機構を明らかにし、またp53脱アセチル化酵素の解析も併せて行っている。

4−3.今後の研究に向けて
 田矢グループの見出したSer46をリン酸化するキナーゼはまだ精製が完全でないが、これを完全に精製することが当面の目標であろう。もうひとつのp53の変異体と結合してアポトーシスを促進する蛋白についてもその同定が期待される。さらに、DNAダメージの情報をp53に伝える複数の蛋白質群も近い将来同定されると思われる。マウスとヒトに共通したアポトーシス誘導制御機構は将来その展開が期待される。それ以外のp19ARFによるp53の活性化やMdm2のリン酸化、RB蛋白質リン酸化などについては、それらの蛋白質が他の蛋白質とinteractionする機構の解明からその役割が明らかになるであろう。
4−4.戦略目標に向けての展望
 田矢グループの戦略目標に向けての展望は明るい。田矢グループの目的は、なぜSer46のリン酸化がアポトーシスを誘導して癌細胞を死滅させるかを追及することであるが、さらにこの研究の実用的意義として癌細胞にのみアポトーシスを誘導させてこれを死滅させる方法が新しい抑癌の方法になる可能性があることである。
4−5.総合的評価
 田矢グループの研究成果については、ポジティブな意見が多かった。特に、本CRESTに参加する前における研究環境が必ずしも十分でなかったのに比してCRESTによるサポートが田矢グループの研究を一段と促進したことが明白に認められる。特に、田矢グループが作製したp53の特定リン酸化部位に対する抗体は非常に有用性があり、p53を介する様々な生体内反応の解析に今や必須のものとなっている。この点において現在までの田矢グループのp53を解したアポトーシスなどの解析に関する貢献は大きいと判断できる。実用面として田矢グループの研究は将来の抑癌方法に繋がる可能性があり、期待される。

 また、田矢グループは幾つかの基礎的な反応について興味深い知見を得ており、将来の発展が期待される。また、企業に属する玉井氏との共同研究であるリン酸化抗体を利用した技術についても評価する意見が多かった。このように、田矢グループのp53を介したゲノムの防御機構、特にp53を介したがん抑制アポトーシスの分子機構の成果については、その独創性など世界レベルにあるという評価が多かった。一方、最近発表された多くの論文が抗体を供給するということによる共同研究である点が田矢グループの研究成果を必ずしも積極的に評価できない理由として指摘された。

 今後は、田矢グループが開発した抗体を用いて独自の研究を進めることが強く要望される。 単なる抗体の供給研究に終わらず、より独創性のある研究の展開を望みたい。

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This page updated on September 12, 2003
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