研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
核スピンネットワーク量子コンピュータ
2.研究代表者
研究代表者 北川 勝浩 大阪大学 大学院基礎工学研究科 助教授
3.研究概要
 本研究チームは、高分子や結晶の規則的に配列した多数の核スピンを量子ビットとして用いる多ビット量子コンピュータの実現を目指している。これまで量子ビットを増やしても資源が指数爆発しない方法を研究し、物理的初期化(偏極)とアルゴリズム的な初期化(データ圧縮)によって、真の量子計算に到達可能であることを見出した。光励起三重項状態を利用した動的核偏極法によって、単結晶で原理上最大の偏極率70%を達成し、さらに粉体や半導体での偏極も実現した。分子では4-qubitまでの量子回路が自在に組めており、結晶では量子計算に適した材料の探索・開発を行っている。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 本研究チームは、分子量子コンピュータ(阪大)、核スピン偏極基礎(京大)、結晶量子コンピュータ(物・材研機構)、光量子コンピュータ(北大)、量子コンピュータ理論(東北大)の5つのグループから成る。分子系、結晶系、光子系について、それぞれ特徴を生かし、協力して量子コンピュータの可能性を検討している。特に核スピンの初期化技術に着目し、核スピンの初期化により従来不可能と考えられていた核スピンをqubitとして用いた真の量子計算の可能性を示す研究として、国際的に見ても水準が高い。

 核スピン偏極方法としては優れた成果が上がっているので、これを量子コンピュータ実現に最適な材料に対し早急に応用していく必要がある。例えば、CdTeが有力候補であるならば、早急に結晶作製など次の展開が望まれる。溶液、高分子NMRについては、材料の絞り込みがまだ十分ではない。量子コンピュータ実験の基盤技術は取得されているので、次の段階に進む事が望まれる。

4−2.研究成果の現状と今後の見込み
 少数qubitの量子計算法の確立、本当の量子計算を実現する初期化法の研究が進んでいる。具体的には、物理的な初期化とアルゴリズム的初期化が計算資源の増大を抑制することを見出した点、これをフッ素の核スピンを用いた4qubitシステムで部分的にデモンストレーションをしたこと、光励起三重項電子スピンを利用した動的核偏極(DNP, Dynamic Nuclear Polarization)により核スピン偏極を飛躍的に向上させたこと、など大きな成果が得られている。

 光子系ではテレポーテションの新しい利用法の提案があった。理論では個別の量子計算システムに適用可能な量子ゲートの誤差率の計算の一般的取り扱いが示された。線形光学素子ではテレポーテーション量子位相ゲート、もつれ合った光子のフィルターなどの開発により新しい展開が期待できる。
 光励起三重項電子スピンからの偏極移動およびその実験技術は、初期化の点のみならずNMR(Nuclear Magnetic Resonance)技術、学術的視点からもインパクトは大きい。

4−3.今後の研究に向けて
 前半は立上げもあって止むを得ない面もあるが、横の連携が十分とはいえなかった。各グループで成果も出始めているので、今後は連絡を密にすることが望まれる。若い人が多いので相互の意見交換によってシナジー効果を期待したい。一方、理論グループの仕事は今後他の実験グループとの連携を強くする必要がある。

 今後の進め方として多数qubit化を念頭においた研究に集中すべきで、個々のグループの高い研究ポテンシャルを生かし、各グループ間の有機的な連携をより強化し、シナジー効果による新しい領域を拓くことを期待したい。

4−4.戦略目標に向けての展望
 NMRの方法は真の量子計算ではないのではないかという最近の批判があるが、真の量子計算の実現につながる核スピン初期化技術の確立により、分子系、固体系を問わず、核スピン量子コンピュータの実現に大きく寄与すると考えられる。分子設計の最適化により、核スピンネットワークのqubitの増大をはかること、固体系(CdTe等)での実証が期待される。但しこれは他研究機関との共同研究を積極的に進めた方が良い。

 光子による量子コンピュータでは新量子位相ゲート、もつれあった光子のみを通すフィルターなど新しい展開も見られる。

4−5.総合的評価
 少数qubitによる量子計算が自在にできるようになったことは評価できるが、qubitの数を増すという当初計画が、事実上、手付かずにあるように見える。また量子コンピュータ回路、固体材料開発では遅れているが、初期化、核偏極等ではすぐれた成果が得られており、全体的には量子コンピュータ絡みの基礎的な成果は評価できる。今後はこの成果を生かすべくグループ間の議論をより活発にし、各材料系における量子コンピュータの実現に研究が重点化されることが期待される。
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This page updated on September 12, 2003
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