研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
運動の学習制御における小脳機能の解明
2.研究代表者
研究代表者 永雄 総一 自治医科大学 医学部 助教授
3.研究概要
 20世紀神経科学の大きな成果の一つに、小脳が運動学習の座であるというMarr-Albus-Itoの理論がある。この理論は、小脳神経回路に存在するシナプス伝達の長期抑圧可塑性が、運動学習の基礎過程であることを主張するもので、大筋では確立したものであるが、細部では異論もあり、その成否をめぐって20年以上も国際的な論争が繰り広げられてきた。本研究は、眼球運動や四肢の運動における適応過程を対象に、計算論、電気生理、神経薬理、分子生物学、脳測定技術を駆使して、運動学習における小脳の果たす役割を解明し、この論争に最終決着をつけることを目標とする。このため、特に理論モデルと実験研究とを有機的に結合し、種々の眼球運動のみならず、随意運動や認知機構にかかわる小脳シナプス伝達可塑性である「長期抑圧」の役割を明らかにする。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 研究は以下の7グループに分かれて実施されている。1)永雄グループにおける霊長類および遺伝子操作マウスを用いた、学習にかかわる小脳シナプス可塑性とその回路の同定およびその因果関係の実験的研究。2)藤田グループにおける視覚と運動にかかわる人間の認知課題の心理学実験とその脳機構の計算論。 3)坂東グループによる脳機能測定技術を用いた学習小脳部位の同定。4)糸原グループにおける運動学習に関与する分子の同定。5)山口グループにおける長期抑圧に関係する物質の検索とその分子機構の推定。6)柳原グループにおける歩行運動や自律反射における小脳の制御機構の推定。7)山田グループにおける系統解剖の方法を用いた小脳回路の同定と大脳‐小脳連関の解明。
 各グループにおける研究はそれなりの進展を見せているが、このままでは相互に関連の少ない研究の寄せ集めに終わることが危惧される。
4−2.研究成果の現状と今後の見込み
 永雄グループにおける、薬理的方法を用いた研究による小脳のシナプスにおける長期抑圧が適応の原因であることの証明や、小脳における長期抑圧機構を獲得できないノックアウトマウスを用いた研究、更に大脳皮質と小脳の眼球運動にかかわる部位の推定など、個々の研究では見るべき成果を挙げている。また、藤田グループでの、眼球と上肢の協調運動にかかわる文脈依存性の運動学習の構成、特に色を文脈とする文脈依存適応の認知による切り替えなど、小脳と大脳の関連にかかわる研究もこれ自体興味深い成果といえる。他のグループもそれなりの成果を挙げている。
 しかし、このままでは通常研究の個別的な寄せ集めに終って、本研究の目標とする、理論と実験の結合による小脳の学習・適応機構における総合的決定的な解明には届かない可能性がある。
4−3.総合的評価
 本研究は、個別に見ればそれなりの成果がないわけではない。しかし、あえて「脳を創る」領域に応募し、ここで採択されたのは、理論グループと実験グループが協力して研究の共同のパラダイムを構築し、これに沿って研究を協力して進めていく方針が認められたからである。しかし、現状は、理論グループと実験グループ、特に中核をなす永雄グループと藤田グループとが眼球運動の適応のパラダイムをベースとしてその生理機構と理論的な意味付けを行ってはいるが、ここに焦点が絞られている訳ではなく、どちらかといえば関係のないテーマで研究を進めている。また、実験グループの中でも、研究方法が多様なことは好ましいが、全体としての共通の目標に欠けるきらいがある。
 今後、理論グループからの実験研究に対するパラダイムの提示、およびそこから得られる実験データに密着した理論モデル構築に、格段の努力を払う必要がある。最低限、共通の議論の場を作り、頻繁に討論することにより基本課題に対する共通の認識を得る事を期待したい。
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