研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
脳の初期発生制御遺伝子群の体系的収集と機能解析
2.研究代表者
研究代表者 平良 眞規 東京大学大学院理学系研究科 助教授
3.研究概要
 脳は中胚葉の誘導を受けて外胚葉が神経化することにより形成される。この時期にオーガナイザーは種々の転写因子、分泌因子遺伝子を発現して発生を制御する。本研究はアフリカツメガエルの初期発生における頭部オーガナイザー、前部神経板、前脳中脳のcDNAライブラリ−を作成し、脳の形態形成に参与する分子機構と遺伝子カスケードの解明を目標とする。この研究における主要な手法は脳の部位特異的に発現する遺伝子の網羅的スクリーニングとその機能解析である。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 この研究グループは当初、研究人員のスケールが小規模で、研究施設も不完全であったので、CRESTの助成金を活用して新たな実験室3室、動物室を含め多数の設備を充実させ、約8ヶ月間を要して活発な研究チ−ムを立ち上げた。アフリカツメガエルでは中胚葉のオ−ガナイザーからの誘導因子(転写活性因子)によって外胚葉から神経板が形成され、脳の形態形成が開始する。本研究では頭部オーガナイザーと前部神経外胚葉からcDNAライブラリーを作成し、部位特異的遺伝子を探索した。その結果、前部神経外胚葉からXHR1(転写抑制因子)が単離された。この因子は中脳・後脳境界(midbrain-hindbrain boundary; MHB)に特異的に見られた。これまで、神経胚期にMHB特異的に発現する遺伝子は見いだされていたが、発生初期(原腸胚期;stage 10.5)に発現する遺伝子としてはXHR1が最初の記載である。その早期発生からXHR1はオーガナイザーによって誘導されると考えられる。形態形成に際して、オーガナイザーからはWntとBMP (bone morphogenetic protein)に対する抑制因子およびFGFが分泌されることが知られているが、解析の結果、WntシグナルがXHR1発現に対し負に関与することが示唆された。次に、オーガナイザーに特異的なホメオボックス遺伝子(Xlim-1)の標的遺伝子の一つとしてレセプターチロシンキナーゼを持つ遺伝子(Xror2)が単離された。Xror2を背部に過剰発現させると体躯の短縮が見られた。解析の結果、Xror2は細胞運動を抑制するが、細胞分化には影響しなかった。Xror2のリガンドはまだ知られていないが、Xror2はfrizzled様ドメインを介してWntと結合し、Wntのシグナルを増強すると推測された。同様に、frizzled様ドメインを持つ遺伝子として、頭部オーガナイザーのcDNAライブラリーからcrescent が単離された。Crescent もWntと結合し、また、背部に過剰発現させると体躯の短縮が見られ、Xror2と同様に細胞分化には影響しなかったが、細胞運動の阻害が見られた。次に、前部神経板(神経外胚葉)の内因性因子を機能によってスクリーニングし、nrp1の発現を指標として神経化活性因子の探索を試みた。その結果、MAN-1(A124C10)遺伝子が単離された。MAN-1は核内膜に局在する特徴を示した。これまで神経誘導活性を示す因子はすべてBMPを阻害することが知られている。MAN-1によるBMP阻害の可能性は否定できないが、その神経化の機構をさらに検討中である。
4−2.研究成果の現状と今後の見込み
 これまでは脳の形態形成過程に関与してユニークな機能を持つ遺伝子の探索が、研究の主要目標であった。その結果、数個の興味ある遺伝子を同定できたから、今後はこれらの遺伝子の特徴的機能をさらに解析することが要請される。例えば、XHR1はMHBに特異的に限局し、しかも発生初期の原腸胚期に発現するから、この遺伝子が神経板の初期の前後形態形成を制御する可能性が考えられる。また、Xror2はWntと結合し、細胞運動を制御することが明らかになり、Xror2がWntと結合して、Wntシグナルをどのように制御するかの解析も今後の問題として残されている。同様なことは、Crescent とWntとの相互作用についても云える。さらに、神経外胚葉の神経誘導機能を持つ神経化活性因子遺伝子は脳の形態形成において明らかに重要な遺伝子である。この機能を示す遺伝子としてMAN-1が単離された。この遺伝子は神経外胚葉のcDNAを挿入した発現ライブラリーから得られたものであるが、研究代表者はすでにこのライブラリーから由来した多数のクロ−ンを準備しているので、さらに新たな神経活性化因子が同定される可能性がある。MAN-1は核内に局在する因子であるが、研究代表者は共役型G-タンパク質構造を持つ神経化因子も単離しており、これらの特徴から神経化の機構を解析することができれば、大きな成果となると思われる。
4−3.総合的評価
 脳の初期発生の制御遺伝子を網羅的に検索する試みは競合の激しい研究分野と思われるが、きわめて綿密に計画された提案であり、実験手法に精通し、洞察力に優れ、短期間に多くの重要な成果をあげているのが印象的である。遺伝子を網羅的にスクリーニングすることによって、脳の形態形成に重要な遺伝子を発見することが研究の戦略であるから、このアプローチによって、必ず重要な遺伝子に遭遇するという保証はない。しかし、これまでに研究代表者は既に数多くの興味ある遺伝子を同定しており、その成果から判断して、今後も、高い確率で優れた成果を得ることが期待される。研究期間はあと2年であるから、新たな遺伝子の探索より、これまで得た情報を機能的にまとめることを重視することが望ましい。
<<脳を知るトップ


This page updated on April 1, 2003
Copyright(C)2003 Japan Science and Technology Corporation