研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
抑制性シナプス可塑性の分子機構の解明とその応用
2.研究代表者
研究代表者 小西 史朗 株式会社 三菱化学生命科学研究所 室長
3.研究概要
 研究代表者は先に小脳、扁桃体の抑制性GABAシナプスはモノアミン作動性入力の活動によって長期増強を受けることを見出した。この観察に基づいて、ラットの小脳と扁桃体の抑制性シナプスの制御機構を系統的に解析することを計画した。研究の手法はシナプスの可塑的変化の電気生理学的解析と、情動記憶の成立・維持の分子機構の解析として、恐怖条件付けによって扁桃体に発現する蛋白、遺伝子の同定を試みる。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 緻密で高度の電気生理学的手法に基づいた解析により、中枢シナプスにおいて二種類の新規制御機構を見いだした。第一は小脳バスケット細胞(BC)からプルキンエ細胞(PC)へのGABA性抑制シナプス応答が climbing fiber の刺激によって減弱する現象である。この現象は climbing fiber の刺激によって、その終末端から漏出(spill over)したグルタミン酸(Glu)がBC終末端のAMPAレセプターを活性化し、GABA放出が減弱するためと推測された。第二は、小脳PCにおいて代謝型グルタミン酸受容体mGluR1の刺激によって引き起こされる興奮性内向き電流と細胞内Ca2+濃度上昇は、GABABレセプターゴニスト(バクロフェン)を同時に投与すると、著しく増大することが観察された。この現象は、抑制性と考えられているGABABレセプターの活性化がmGluR1レセプターの興奮性応答を増強する結果と結論された。当初は、中枢の抑制シナプスを系統的に解析するという企画で、成果に関しては具体的に予測できなかったが、結果としてはユニ−クな現象の発見となり、これらの研究結果は高いインパクトファクターを持つ雑誌(Nature,Neuroscience)に掲載あるいは掲載予定として受理され、目的に沿った研究成果を挙げたと云える。
 情動・不安の神経機構には扁桃体が関与することが示唆されている。この示唆に基づいて、恐怖条件付けによって扁桃体に発現する分子の解析を実施した。2日間、音の条件刺激と電気刺激を組み合わせることにより、条件刺激だけで立ちすくみ(freezing)行動が観察された。この条件下で、4日目に扁桃体からタンパク質を抽出し、2次元電気泳動により分離し、52個のタンパク質スポットの増加が見られた。同様に、恐怖条件付けによって扁桃体に発現が増加する未知遺伝子を見いだし、クローニングの結果、酵母の膜タンパク輸送系に関与する vacuolar protein sorting protein (VSP-16)のラットホモログであることが明らかになった。 
4−2.研究成果の現状と今後の見込み
 高次中枢の抑制性ニューロンの大多数はGABA作動性ニューロンである。これらのニューロンを生体内で可視化するために、小胞GABA/Glycineトランスポーター(VGAT)遺伝子にGFP遺伝子を挿入したトランスジェニックマウスを作成し、脳内にGFP自家蛍光を示すニューロンを観察した。同様に、GABA合成酵素、GAD-67遺伝子にGFPをノックインしたマウスの作成も、生理研の柳川右千夫助教授との共同研究において実施している。この手法を適用することにより、スライス標本下においてGABA作動性抑制ニューロンを同定することが可能となった。
 今後、GABAAレセプターのシナプス部位への配送・標的(targeting)機構を解析するために、GABAAレセプターのβ − サブユニットのC-末をGFPで標識し、GABAAレセプターの細胞膜への組み込み、凝集(clustering)の解析を企画している。
 シナプス制御機構の研究の進捗は目覚しく、当初の計画以上の成果が得られている。これらの結果、GABABの活性化とmGluR1の活性化が couple し得るという思いがけない現象が見いだされた。この現象の基盤となる細胞内シグナルの機構の解析は今後、大きな問題に発展する可能性がある。この問題も含めて、電気生理学的結果を「もの」のレベルで確認して、研究をより堅固にすることが望ましい。たとえば、BC 終末端に事実、AMPAレセプターが発現しているかの形態学的証明が要請される。
 恐怖条件付けによって情動記憶の基盤となる分子を同定するアプローチは多分に僥倖に依存する要素があり、この研究成果の現況から今後の見通しを予測することは困難である。同様に、GABAAレセプターの配送に関する研究に関してもさらに具体的な研究計画と、予測される結果の目標を明らかにする必要があると思われる。少なくとも、現時点までに得られた結果から、恐怖条件付けの行動を分子レベルで理解できる手がかりを得る見込みは明白でない。
4−3.総合的評価
 これまでの2年半〜3年の短期間に、2種類の新規中枢抑制性シナプス伝達制御機構を見い出した成果は高く評価できる。今後、同様な抑制性シナプスの詳細な検討によって、更に新たな制御機構を見い出す可能性も期待できる。扁桃体の情動記憶の分子的基盤とGABAレセプターの配送機構に関しては、現在まで、今後の進展を示唆する具体的な成果が見られていない。問題点を絞り込んで、何を検討するのか、どのようなスクリーニングを実施するかの明確な目標を早急に具体化することが望ましい。
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