研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
水素イオン能動輸送機構の構造生物学的研究
2.研究代表者名
吉川 信也 (姫路工業大学理学部 教授)
3.研究概要
 ミトコンドリアでのエネルギー変換(ATP合成)は、酸化還元反応及び加水分解反応に共役した水素イオン能動輸送によって達成されている。このような能動輸送は、タンパク質の立体構造変化によって駆動される。そこで、この立体構造変化をX線結晶構造解析法と赤外分光法によって解析し、ミトコンドリアのエネルギー変換機構の本質的理解を目指す。これまでに、チトクロム酸化酵素の酸化還元に伴うアスパラギン酸残基の立体構造変化をX線構造に、それに伴うカルボキシル基の解離を赤外分光法により検出した。さらに、O2結合型から反応中間体(P-form)に変換するときにO-O結合が切断されることを、1.85Å分解能のX線構造から明らかにした。また最近、複合体Tの粉末X線回折が確認された。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 生化学グループは、ウシ心筋チトクロム酸化酵素の結晶化とX線回折実験、結晶分光学及び赤外分光学的検討、酸化還元滴定、リン脂質の質量分析による構造決定、複合体Tの酵素反応速度論的解析を、結晶学グループはビームラインの建設,構造解析を、分子生物学グループはサブユニットの検討を、振動分光学グループは、高純度タンパク質用赤外分光装置の試作、チトクローム酸化酵素の水素イオン能動輸送の測定系の検討を行なった。
 放射光(SPring-8)を使った結晶解析は世界最高の水準にあり、むしろリードしている。他のグループとの協調もよく行っている。
4−2.研究成果の現状と今後の見込み
1)生化学グループ
ウシ心筋チトクロム酸化酵素の結晶化条件と結晶凍結条件の改良の結果、酸化型酵素で1.65Å分解能までの反射が確認できた。さらに、酸化還元反応中間体であるP-formとF-formの結晶を得た。複合体T(分子量100万の膜タンパク質複合体)の粉末X線回折実験に成功した。
偏光によるチトクロム酸化酵素結晶の吸収スペクトルの測定により、結晶中でのヘムの配向の規則性が明らかとなった。
酸化還元状態や配位子結合状態の変化に伴うタンパク質部分の静的な構造変化検討の予備実験として赤外分光学的検討を行ない、条件を整備すれば軽水、重水何れの中でも1200 cm-1以上の全ての赤外領域での測定が可能であることを明らかにした。
チトクロム酸化酵素は、完全な嫌気状態で滴定すると6電子当量が必要であることが明らかになり、余分の2電子当量は酸化型酵素に結合している架橋過酸化物の還元に利用されると考えられる。
チトクロム酸化酵素結晶標品に含まれる4種のリン脂質の構造を質量分析によって脂肪酸の構造まで決定した。
複合体Tの酵素反応速度論的解析を行なった。
2)結晶学グループ
ビームラインはH11年10月に稼動を開始し、改良の余地はあるものの要求を満たす性能を発揮している。
2.3Å分解能のX線構造の検討の結果、リン脂質は全てX線構造に認められた。
3)分子生物学グループ
 ウシ心筋チトクロム酸化酵素サブユニットの発現に成功した。
4)振動分光学グループ
 タンパク質部分の動的構造変化の解析のため、高精度タンパク質用赤外分光装置の試作を行ない、強い赤外レーザー光を作る装置を開発した。
 チトクローム酸化酵素の水素イオン能動輸送は、リン脂質小胞に精製酵素を組み込んで測定されているが、殆ど水素イオンの漏れのない酵素小胞を作ることに成功した。
 国際一流誌への発表もあり、結晶化技術にも力を入れているので、今後が期待される。
4−3.総合的評価
 目標をチトクローム酸化酵素に絞り、その放射光による結晶解析を武器として世界をリードしている。更なる展開も期待される。

戻る