研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
北西太平洋の海洋生物化学過程の時系列観測
2.研究代表者名
野尻 幸宏 (国立環境研究所 総合研究官)
3.研究概要
 北西太平洋高緯度海域は、とりわけ海洋生物生産性が高く、地球規模二酸化炭素循環への寄与が大きい。本研究は、千島列島沖の北緯44度、東経155度の測点(KNOT)をできるだけ高頻度に観測船で訪れ、海洋生物化学過程を最新の手法で観測することを目的とする。得られた観測成果を、ADEOS衛星観測、国立環境研究所/カナダ海洋研究所共同の定期船観測などと併せて総合的にデータ解析し、海洋の二酸化炭素吸収過程の解明に資する。
 本時系列観測は、米国やカナダによってそれぞれ行われている亜熱帯中部太平洋(ハワイ沖、HOT)や高緯度北東太平洋(アラスカ湾、P)の時系列観測と相補的であり、太平洋全域の物質循環解明に必須な海洋過程の知見を与える。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 計画された3年間の集中観測は完了し、栄養塩、二酸化炭素分圧、CTD、生物生産性等についての高精度データが得られた。亜寒帯海域の時系列観測としては世界に先駆けたものであるが、ハワイ沖の亜熱帯中部太平洋(HOT)やバーミュダ付近の亜熱帯大西洋(BATS)と異なり、3〜4月の生物生産急増時期の観測がなされなかったのは残念である。
 異なる機関所属の船や人により多目的の航海において多項目の精密観測をこなすには、しっかりした研究体制が必須であるが、これまでの成果は観測体制の妥当性を示している。一方、観測グループとモデリンググループの協力は今後強められるであろう。
 観測内容は欧米諸国の同種研究と同じであるが、このような研究で立ち遅れ、かつ多数研究者の協力を必要とする状況にある日本で、このレベルまで持って来られたことは評価に値する。
 得られた時系列データの解析やモデリングは今後の主な研究課題である。プロジェクトの期間が長ければその研究結果を観測にフィードバックさせるべきだが、本研究では無理であろう。
4−2.研究成果の現状と今後の見込み
 これまで皆無であった、北太平洋北西海域における海洋表層の生物地球化学過程と大気・海洋間CO2交換にかかわる時系列データが得られたという点で十分意義がある。
 3年間にわたるKNOTでの定点観測の結果を既存のHOT、BATS、P等の定点観測と比較して、亜熱帯海域に対応する亜寒帯海域の生産生物性の季節変化が特異であること、北太平洋北西部と北東部との大きな差異があること、これらの差異を生じる生物地球化学的要因についてもある程度明らかになった。残念ながら、3〜4月の観測空白期や、黒潮の流入によるデータの乱れ等は本研究の成果の価値を低下しているが、これが止む得ない事情によることは理解できる。春の生物生産増大時期の状況を衛星観測データ等を利用して補って欲しい。
 これらのデータがHOTのようなデータアーカイブとして整理公表されれば、国際的にも一定の評価を受けるであろう。
4−3.総合的評価
 上記成果にもかかわらず、本研究課題の主要テーマであるこの海域における二酸化炭素吸収量の推定については、未だ多くの問題が残されている。二酸化炭素吸収量を知るためには海洋表層(有光層)から中層への炭素の流出量を推定する事が必要であるが、化学量や生物生産量のデータはこの流出量を推定するためには未だ不十分である。流出量を直接推定するために漂流式セヂメントトラップが用いられたが、頻度の不足から満足な結果は得られなかった。この点を補うために、従来の物理的モデルに栄養塩をパラメータとして加えた生物地球化学的モデルが考案されつつある。鉛直1次元モデルではあるが、栄養塩の季節変動を再現することによって、二酸化炭素のフラックスをある程度推定することが出来るかも知れない。
 このように見ると、この3年間の定点観測の成果は二酸化炭素の吸収・放出量の定量的推定という点では不十分である。今後の2年間でこれらの目標を達成することは容易ではないだろうが、取得されたデータは今後長年にわたって使用に耐える精度を持っているので、例えばこの海域における溶存無機全炭酸の鉛直分布が今後10年間にわたって散発的にでも測定されれば、この海域での中深層への二酸化炭素の吸収量を推定することが出来る。

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