研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
MEGによる人間の高次脳機能の解明
2.研究代表者名
武田 常広 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)
3.研究概要
 脳はきわめて多数のニューロンを用いて、ミリ秒単位の情報処理を実現している。その活動の実態を総体的に測定することは、きわめて困難である。このための技術的手段として、fMRI、 光計測、MEG などが開発されてきた。このうち磁気を利用したMEGは、非侵襲で時間特性に優れた計測手段として注目されている。本研究は、全頭型MEG装置を用いて人間の脳における5感情報の処理の部位とその動特性、さらに感覚間の相互干渉特性の解明を目指している。このため、脳の形状や生理学的な拘束条件を織り込み、信号処理技術を駆使した高速かつ高精度の逆問題解法に挑むものである。ここから、脳型情報処理システムを構築するための知見を得る事を目標とする。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 本研究では、代表者の職場の移動、それに伴うMEG装置の新規借用など、いくつかの困難があったが、それを乗り越えて研究は順調に進んでいる。MEGは必ずしも使いやすい装置ではなく、空間分解能、雑音、困難な逆問題など、多くの困難が伴う。このため実験にあたっては、パラダイムの工夫はもとより、付随する刺激装置の工夫やデータ処理手法の開発が欠かせない。本研究では、視覚刺激装置の新工夫によるノイズ低減法の開発、ヘリウム循環装置の発明、新しいデータ解析法の採用などにより、脳の感覚情報処理にかかわる優れた知見を多数生み出していて、その成果は高く評価できる。また、これらの多くの工夫は、いずれも特許として出願されている。
 今後も、脳の情報処理に関する知見は増えていくものと思われるが、MEGの動的特性を真に活用して脳科学の武器にするためには、多くの異なる分野の研究者を結集し、協力して問題を解決していく努力が有効であると思われる。
4−2.研究成果の現状と今後の見込み
 人間の5感が脳においてどのように処理されていくか、その基本特性を知ることを目的に、工学的な工夫を凝らした新しい実験のパラダイムを構築して、世界レベルの優れた成果を生み出している。視覚では、色覚、運動視、立体視、焦点調節などを対象に選び、時間特性の優れたMEG装置ならではのダイナミカルな脳内処理機構を明らかにした。
 聴覚では音源定位を、運動については視覚入力、運動の準備、その実行の各段階において、情報がどのような潜時で転位していくかを明らかにしている。これらの研究は重要な成果と考える。
 こうした成果を得るのに、周辺刺激装置に多くの工学的工夫を結集している。また、MEG用のヘリウム循環装置を設計するなど、工学的な視点からの成果も多く、今後も実験データが着実に蓄積されていくものと思われる。しかし、データ解析法にはまだ多くの工夫が必要である。
4−3.総合的評価
 本研究の特徴は、独創的な工学的工夫により、巧妙な実験パラダイムを実現可能にしたこと、これにより脳の感覚及び運動情報処理の部位と時間特性に関する優れた知見をあげたことにある。これは世界のMEGによる脳研究の第一線に並ぶものである。カナダ製のやや古い装置という不利な状況下で、こうした成果をあげていることは評価できる。
 しかし、MEGは優れた時間特性にもかかわらず、その空間分解能は本質的な不良設定性を含むから、いまだに完成した技術とはいえない。データ処理に関してもまだ多くの研究が必要である。
 MEGによるデータを十分に活用するためには、認知科学、生理学、計測工学、信号処理の専門家を結集すると共に、他の脳測定手法との連携も必要である。本研究は、MEGの特性を極限まで活かす実験装置の活用と、これを手段とする脳機能の解明の双方を狙っている。両者の視点を明確に整理しつつ、かつ互いに関連させながら研究を推進することが有効であろう。

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