研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
言語の脳機能に基づく言語獲得装置の構築
2.研究代表者名
酒井 邦嘉 (東京大学大学院総合文化研究科 助教授)
3.研究概要
 言語はヒトに特有の、脳の最も高次の情報処理システムである。脳はどのようにして言語を処理しているのか、異なる言語によらない普遍的な言語処理の脳機構が実際に存在するのか、また個別言語はその機構の上にどのようにして獲得されていくのか、こうした問題は脳と言語にかかわる根源的な研究課題である。本研究は、言語データをもとに学習して個別文法を獲得する普遍文法に基づく「言語獲得装置」が脳に存在することを明らかにすることを目的とし、fMRI その他の測定方法を活用して脳機能イメージングを行い、もって普遍文法の脳における機能局在と機能分化を明らかにする。また、言語獲得装置の神経回路網モデルを構築することにより、脳における普遍文法の計算原理を探る。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 言語は人間に特有のものであり、その脳機能の解明は興味深いもののきわめて困難であると考えられてきた。研究代表者は、最新の実験装置と実験技術を駆使してよく考え抜かれた実験パラダイムを提唱し、文法の機能局在や、見る場合と聞く場合の仕組みの違いなど、新しい興味深い事実を明らかにした。これは予想を越える研究の進展といえる。国際的な共同研究も順調に機能し、世界の最先端で研究をリードするものである。しかし、脳の言語装置の場所を特定することは言語の脳研究の第一歩にすぎず、言語装置の獲得機構、さらにそれを情報処理の基本様式と結び付けるには、まだ多くの困難が予想される。
 非浸襲脳活動計測とそれによる脳の言語装置の同定は、今後もさらに大きく発展するものと期待できる。一方、言語獲得機構の神経回路網モデルやそのメカニズムにかかわる理論的な研究はまだ不十分であり、これをどう発展させるかが今後の一つの鍵となろう。
4−2.研究成果の現状と今後の見込み
 言語獲得装置の解析グループは、巧妙な実験パラダイムのもとでfMRIを用いた脳の局所活動を解析することにより、文法的な誤りを含む文を処理する過程での脳の活動部位を同定した。この結果は、脳における異なる言語知識に対応する異なるモジュールの存在を示すものである。特に、ブローカ野が文法処理に特化してかかわっていることを明らかにした。また、光トポグラフィーを用いる実験で、脳の側頭外側部における文脈処理時の活動の分布を明らかにした研究も興味深い。この方向で、これからもさらに詳細な知見が得られるものと期待できる。
 その他、光計測を用いた失語症の解析に関しても準備が進んでいるし、言語機能を計測するための装置の開発に関しても進展が見られる。また、自然言語処理の理論グループにおいても、神経回路網の学習や構文解析に関して新しい試みが企てられている。しかし、言語獲得の脳機能を理論として確立するには、まだ多くの困難が予想される。
4−3.総合的評価
 言語という重要ではあるが困難と考えられていた課題に正面から取り組み、国際的協力体制を確立し、優れた実験パラダイムと測定技術を駆使して世界に誇る成果をあげていることは高く評価できる。これからも世界の第一線で研究をリードしていくものと期待できる。これは、脳研究に一つの突破口を開く可能性がある。
 脳に多くの言語モジュールが存在すること、それを同定することは重要であるが、その先には各モジュールの計算原理やモジュールの獲得機構の解明が控えている。このためには、神経回路網の理論的実験的研究が必要になるが、この方面ではまだ突破口は開かれていない。理論と実験とがどのように絡み合って進行できるのか、これからの大きな課題といえる。

戻る