研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
脳の動的時空間計算モデルの構築とその実装
2.研究代表者名
合原 一幸 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)
3.研究概要
 脳は神経興奮の複雑な時空間パターンのダイナミックスを利用して、巧妙な情報処理を実現している。本研究は、ニューロンの非線形興奮ダイナミックスの持つカオス性と非同期興奮に着目して、脳の情報処理機構に関する非線形時空間ダイナミックスの数理モデルを構築し、その奥に潜む原理を解明することを目指している。さらに、アナログ・非同期電子回路によるデバイスを設計試作することによりそのモデルを実装し、有効性を確認する。これにより、現在のコンピュータ技術の壁を破る、新しい発想の脳型情報処理システムを構成するための理論体系とその技術基盤を確立することを目的としている。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 脳の解明にあたって、時空間情報処理のダイナミックス、特にカオスを中心に据えた研究を幅広く展開し、この種の研究の世界のセンターとして機能するなど、多面的な成果を得ている。具体的には、カオスダイナミックスの数理理論、動的な連想記憶、生物システムの神経系におけるカオス研究、カオスダイナミックスを利用した情報処理最適化方式、ハードウェアによるカオスの実装とその神経回路計算への応用と、研究の範囲はきわめて幅広い。多数の若手研究者をひきつけて、学術論文を多数発表し、カオスを含む時空間情報処理技術を開拓し、その重要性を広く認識させた点は高く評価できる。
 今後も、幅広い成果が出るものと期待できるが、それだけでなく、脳研究の突破口を切り拓く深い本格的な研究がいくつかでることを期待したい。
4−2.研究成果の現状と今後の見込み
 研究成果は多方面に及ぶ。数理理論の面では、カオスダイナミックスの基本にかかわる成果が実数計算論の構築と並行して進行している。生物の神経系のカオス解析にも手をつけており、特に脳における情報表現であるダイナミックセルアセンブリ仮説は、脳の理論と実験を結ぶ作業仮説として重要なものである。
 応用面に目を転ずれば、カオス計算によるNPハード問題への挑戦が重要な方向である。また、カオスニューラルネットワークの実装研究では、全結合1万個ニューロン1億個シナプスの大規模カオスコンピュータの設計が完了し、その試作チップの製作、カオスニューロ集積システムの設計などが進んでいる。
 今後も総花的に成果がでることが期待できるが、焦点を絞った世界を揺るがす大発見に挑戦することを期待したい。
4−3.総合的評価
 数理理論、生物学的研究、応用、デバイスによる実装と、カオスによる時空間情報ダイナミックスの研究を全面的に展開し、新しい分野を確立して世界の一つの中心となっている点は高く評価できる。また、若手研究者の育成でも重要な役割を果たしている。個々の研究の質は高い。しかし、脳の情報原理の新発見に結びつく大発見や、技術に大きな変革をもたらす実用的な大発明には至っていない。
 今後は幅広い研究を続けるだけでなく、一方では焦点を絞り、脳神経系でのカオスの本質的な役割の解明、NP問題のカオスによる現実的な克服、実装ハードシステムによる本格的なカオスニューロ計算の実現などで、飛躍的な展開がでることを期待したい。また、意識や注意などの高次の機能に着目するのも面白い。

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