研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
脳の神経回路形成と可塑性の分子機構
2.研究代表者名
村上 富士夫 (大阪大学大学院基礎工学研究科 教授)
3.研究概要
 これまでの研究の中での最大の発見は、成長円錐のガイダンスキューに対する反応性が変化することを見出したことである。即ち、研究代表者等は後脳展開標本を用い、底板由来の誘引因子によって底板まで誘引された成長円錐は、誘引因子に対する反応性を失うことを見出した。このような反応性の変化は、軸索ガイドのメカニズムに関して、新たな概念を付け加えるものである。またそのほか、大脳皮質への層特異的視床線維の投射の形成に、グリコシルフォスファチジルイノシトール(GPI)結合型タンパクやNCAMに結合するポリシアル酸が関与すること、反発性軸索ガイド分子セマフォリンが、神経成長円錐のみならず軸索輸送促進、肺分岐形成制御に関わること、低分子量GTPaseを介するシグナル伝達系が軸索パターン形成に必須であること等を明らかにした。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 当初わかっていた正中線交叉の問題から、前後軸にそった極性の問題や脈絡叢の役割の発見等、新しい展開が見られる。また、緑色蛍光蛋白質(GFP)-transgenic rat、チロシン水酸化酵素(TH)-GFPマウスなどで、細胞の移動を可視化して追跡できるようになった。成長円錐のガイダンスキューへの反応性が場所によって異なることが明らかになった。ガイド因子の同定、細胞内情報伝達機構の分子生物学的解析、遺伝子操作動物による解析などの研究グループの参加によって、哺乳類大脳での神経回路形成機構解明に向けての展望が開けてきた。
 困難であるが重要な課題に挑戦している。部位別のガイダンスキューへの反応性について、世界に先駆ける発表を行った。地味ではあるが、優れた実験技術に支えられたデータの信頼度は高い。軸索ガイドのメカニズムは極めて重要な課題であり、軸索伸長方向決定機構の解明のために、現象の解析から出発して、その分子機構の解明へ進むための共同研究グループの構築がうまく行われ、効率よく機能している。
 大脳の標識層に特異的に発現する分子を探索し、候補分子を見つけて、回路形成を制御する分子発現の調節機序の研究の成果と、軸索ガイドのメカニズムを物質レベルで解明することを大いに期待している。多くのデータが得られたが、breakthroughも期待したい。中間評価会議で示されたデータは定性的だったようにみえる。定量的に「刺激・応答・時間・物質・濃度など」の関係を検証する必要があるのではないか。
4−2.研究成果の現状と今後の見込み
 神経管の底板の役割として、成長円錐のガイダンスキューへの反応性の消失と獲得をコントロールする働きを明らかにした。胎児脳展開標本という生体に近い条件下で、成長円錐のガイド因子に対する反応を手がかりに、軸索伸長の方向決定、ターゲット選択などの基本的特性を明らかにし、さらにその分子機構の解明に向けて着実に進展している。成長円錐が底板を越える前後で反応性を喪失・獲得することを発見したことは、「原理の発見」と思われる。そのmolecular mechanism(receptorとligand)を解明して発見を完成してほしい。
 応用への研究の展開はまだ距離があると思う。ガイダンスキューの存在の発見から、ガイダンス物質の同定発見へと進むことを期待する。大脳皮質の神経回路構築機構解明へのひとつのアプローチとして、研究の進展を期待している。脈絡叢の軸索走行のコントロールにおける役割については、もっといろいろなことが分かって来る可能性がある。原理として大きい発見であるが、実用化に結びつくかどうかは物質レベルでの発見によって決まる。
4−3.総合的評価
 物質・分子レベルでの進展を期待する。研究テーマの中心である軸索伸展のガイダンスキュー分子の同定から細胞移動の方向まで、多くのプロジェクトが拡散している印象がある。焦点を絞る必要があるのではないか。各研究グループで個別に見出された成果を、今後いかに統合して軸索ガイドのメカニズムに結びつけ、軸索ガイドに関する新学説を構築するかが次の目標となろう。

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