研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
脳膜神経相関の分子機構
2.研究代表者名
裏出 良博 (大阪バイオサイエンス研究所 部長)
3.研究概要
 脳膜(クモ膜)は脳脊髄を取り囲む薄い膜状組織であり、従来中枢神経系の物理的保護被膜であるとされていた。しかし、当研究チームは、睡眠物質プロスタグランジンD2の生合成酵素が脳膜において活発に産生され、ヒト脳脊髄液の主要蛋白質(βトレース)として分泌されることを発見した。さらに本研究において、脳膜が脳脊髄液を介して痛覚反応や睡眠調節などの脳機能の調節に積極的に関与することを証明しつつある。そして、脳膜由来の新たな神経調節因子・分化促進因子・神経死誘導因子とそれらの受容体の同定、分子レベルの作用機構の解明を行っている。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素(L-PGDS)は、クモ膜で生産されて脳脊髄液(CSF)へβトレース蛋白質として分泌されることを発見した。すなわち、脳膜に局在する物質としてL-PGDSに絞って研究をして来た結果、この物質が睡眠物質の1つであるPGD2 の合成酵素であることを発見し、そのノックアウト(KO)マウスで睡眠・痛覚などの機能に異常を示すことを明らかにした。
 睡眠、痛覚、くも膜下出血、正常圧水頭症など生理と病理で、複雑であるが興味深い知見が得られた。今後の研究の進展が注目される。L-PGDS-KOマウス、PGD2-KOマウスなどの解析によって、PGD2機能の解明が少しずつ進んで来た。クモ膜下出血後の疾患改善との関連は期待される。
 脳膜についての研究は国際的にも数少なく独創性が高い研究であり、今迄の知識の集積が大きいので今後に期待できる。しかし、本研究は従来から進められてきた睡眠物質の研究の一環として行われたもので、合成酵素の発見によってKOマウスの研究などを可能にした意義は大きいが、非常に独創的研究とはいいがたいという意見もあった。
 なお現象の記述に止っている部分が多いので、今後物質的な基盤を明らかにする研究をどう真剣に進めて行くかに将来性がかかっている。
4−2.研究成果の現状と今後の見込み
 予期されない興味ある知見・多くの注目すべき現象が見つかっている。脳膜の機能について新しい知見が出始めている。それらの事実のメカニズムの解明から、学術的インパクトの高い成果を期待する。分子生物学的な証明がまだ不十分だが、脳膜機能の重要性を示唆する所見を得ている。
 脳膜・脳相関の一般的原理が解明されれば、応用への社会的インパクトが大きい。脳内出血に伴う疾患の改善、鎮痛薬・睡眠薬の開発への寄与などの可能性もある。特許出願を積極的に行っており、正常圧水頭症でみられるβトレースの減少などは興味深い。しかし、統計的には差はあっても個々の症例では診断の助けになるのかどうか、臨床との接点での展開が期待される。
 睡眠や痛覚の調節への応用が期待される。脳内出血に伴う疾患改善の補充療法としての可能性、βトレースの病理学的解析を診断に利用する可能性、鎮痛薬や睡眠薬の開発に寄与する可能性などがある。
4−3.総合的評価
 CSFのL-PGDSの生理・病理について興味深い知見が得られている。PGDSを初めとするさまざまな因子の重要な生理作用は分かったが、脳膜系がこれらの作用にどの程度関与しているのかがはっきり示されていない。多くの興味深い現象が見つかっているが、その分子生物学的基盤の研究がまだ充分でない。ユニークな研究であるが、現象のanecdotal(逸話風)な記述や実験手続きの粗さが気になるところである。今後は適切かつ妥当な実験手続きで現象を再確認することが必要である。それを行わないと scienceではない、という意見もあった。

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