研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
フェロモンの記憶に関わるシナプスメカニズムの解析
2.研究代表者名
市川 眞澄 (東京都神経科学総合研究所 主任研究員)
3.研究概要
 フェロモンの記憶を司る鋤鼻系副嗅球内の相反シナプスという機能的に重要なシナプスに注目して、フェロモン刺激とシナプスの可塑性との関連について、生体、スライス、細胞培養を用いて、形態学、生理学、薬理学、分子生物学的手法で総合的に解析している。特に、培養系で、シナプスの形態変化を高精細に解析する事を可能にし、また、フェロモン受容体の研究からフェロモン分子を検出する系を開発した。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 鋤鼻系のシナプス伝達では成果は見られたが、フェロモンの記憶という点では進捗はあまり認められなかった。鋤鼻ニューロンの可塑性の研究の進展から期待される、哺乳類におけるフェロモン受容体とフェロモンの研究への展開は、未だ時間がかかりそうだ。副嗅球の相反シナプスのグルタミン酸受容体の量的変化を、電顕のみで定量的に証明することは難しいであろう。
 フェロモンという自然の刺激の記憶によって、妊娠阻止という生体反応を左右するシステムの神経機構を神経生理学的に解明し、その鍵となる記憶のシナプス変化を形態的、電気生理学的に明らかにしようとする研究であり、ユニークでレベルが高い。嗅覚系は構造が複雑なために国内・国外を問わず研究はあまり進んでいないが、そのなかで、この研究チームは部分的ながら着実な成果を挙げている。記憶形成期にシナプスの形態変化がおこることは海馬などで詳細な研究があるが、脳の可塑性をフェロモンの記憶を司る鋤鼻系副嗅球内の相反シナプスで追求している点に独創性がある。但し、未だ興奮シナプスに変化があることは立証できていない。生理グループの研究は国際的にも高い水準にあるが、フェロモン及びその受容体の解明など物質基盤の研究は緒についたばかりである。
 形態学と培養の技術に優れたグループと、行動解析と電気生理学をつなげるグループが良く協力して研究に当たっている。それにフェロモン検出とフェロモン受容体の研究グループが参加しており、成果が期待される。
 今後の研究の進展如何にかかっているが、各グループの成果を形態学的研究の成果といかに結びつけるか、次の段階でその評価を行いたい。今のままでは、シナプス構造解析の成果はあまり期待できないし、フェロモンの同定、受容体の構造解析研究には力不足ではないか、という意見もあった。
4−2.研究成果の現状と今後の見込み
 シナプスの可塑性による形態変化を電顕から立証しようとした最初の計画は無理があった。Publicationは少なく、抜きん出た成果を挙げているとは言えない。現時点では必ずしもめざましい新発見はないが、着実に研究は進展しており、研究体制も新グループが加わり、十分整ったので、これから成果が次々に挙がるものと思われる。
 ブルース効果の分子神経機構を解明する試みは興味深いが、未だbreakthroughの成果がない。今の段階ではまだ非常に強い学術的インパクトを与えたとはいい難い。性フェロモンは人間にもあると考えられており、その記憶が妊娠に影響があることが明確に証明されれば大きな社会的インパクトを与えるだろうが、マウスだけに限定されるとあまり反響がないだろう。
 フェロモンは社会的関心が高い問題であり、ヒトの性フェロモンの同定に役立てば不妊症の治療などに応用される可能性が出て来る。
4−3.総合的評価
 研究グループの力の差が目立ち、断片的な成果はあがっているが、フェロモンと記憶を繋げるための全体的な研究戦略が十分でない印象がある。各グループの成果をいかに統合するかが今後の問題であろう。そのためには統一的なworking hypothesisが必要のように思われる。

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