研究課題別中間評価結果

 
1. 研究課題名
脳形成遺伝子と脳高次機能
2. 研究代表者
三品 昌美 (東京大学 大学院医学系研究科  教授)
3. 研究の概要
 これまでに記憶・学習の分子機構には神経回路網の形成整備機構が適用されているとの仮説に到達した。本研究は、脳の形成および神経回路網整備を担う分子と記憶・学習との関係を明らかにすることによりこの仮説を検証することを目的としている。このために、脳の形成遺伝子探索系として、脊椎動物のモデル生物と見做されているゼブラフィッシュの高効率欠失変異法としてTMP変異を開発した。さらに、脳の形成整備遺伝子が脳の高次機能に果たす役割を解析するために、部位時期特異的遺伝子ノックアウト法を開発した。サブタイプ特異的ノックアウトにより、NMDA型グルタミン酸受容体ε1サブユニットが海馬シナプス可塑性の閾値と文脈依存学習の閾値を決定していることを示し、NMDA受容体ε2サブユニットが情動を制御していることを見い出した。また、部位特異的ノックアウトにより、グルタミン酸受容体δ2サブユニットが小脳可塑性と特定の運動学習に必須であることを示した。
4. 中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 「記憶・学習の分子機構には神経回路網の形成整備機構が適用されている」との仮説を検証することを目標に、大きなグループが活発に研究を進め、1) ゼブラフィッシュで遺伝子クローニング直結型欠失変異法を確立し、スクリーニングおよび遺伝子クローニングが進んだ、2) 時期と場所を選んで遺伝子を組み換える方法(loxP-Cre 系による新しい第二世代標的遺伝子組換えによるコンディショナルノックアウト法)を確立した。すなわち、脳の特定の部位で特定の遺伝子を発現させる方法を開発する一方、脳の特定部位で遺伝子を欠損したマウスを作成する方法を開発、小脳顆粒細胞で時期特異的に遺伝子ノックアウトが可能になった、3) 遺伝的背景を C57CL/6 に均一化した二世代遺伝子組み換えマウスをつくることも可能となった、4) 以上のような手法を使って、脳の形成および神経回路網整備を担う分子として、NMDA 型グルタミン酸受容体ε1およびε2、グルタミン酸受容体δ2サブユニットなどの機能解析が飛躍的に進んだ。
 優れた研究グループによって予定通りの研究展開となっているが、目的を絞りたいような気もする、たとえば、1) 上記仮説の検証、2) 部位時期特異的標的遺伝子組換え、3) 記憶・学習に重要な新遺伝子の発見、4) グルタミン酸受容体の機能など。
 ゼブラフィッシュでの変異誘発法の開発は国際的にゼブラフィッシュ分子遺伝学の分野に参入するために重要なステップと思われる。NMDA 型受容体サブユニットの機能分離をこれらのサブユニットKOマウスで行い着実に成果を挙げている。これまではこれらのサブユニットKOマウスを最初に作製した利点を生かしてこれらのサブユニットの機能解析では他の追従を許さなかったが、今後は、電気生理学的実験や行動解析など一工夫が必要であろう。NMDA 型グルタミン酸受容体と記憶・学習・情動の関連についての本研究の成果は国際的に最高のレベルであり、論文は一流国際誌に発表されている。
 ゼブラフィッシュ分子遺伝学と第二世代遺伝子組換えという国際的競争の激しい分野に独創的な方法で挑戦する研究代表者の意気込みは高く評価すべきである。大きな研究グループがよく協調して質の高い成果を上げているのは、代表者の優れたリーダーシップによると思う。また、若い研究者が活躍している。
 ゼブラフィッシュの遺伝子クローニングのための TMP 変異法の開発に成功したので、新規遺伝子を単離して、マウスさらにヒトのホモログをとる方向へ大きく発展していくことを期待する。また第二世代標的遺伝子組換え法によるコンディショナルノックアウト法の応用の成果を期待する。記憶・学習の分子機構に神経回路網の形成に関与する発生・分化の機構が利用されているという研究代表者の仮説は恐らく正しいであろうが、現在のところゼブラフィッシュ分子遺伝学と記憶学習の分子機構の研究の間にはかなりの隔たりがある。
4−2. 研究成果の現状と今後の見込み
 ゼブラフィッシュによる脳形成遺伝子探索系、第二世代標的遺伝子組換え法は、いずれも広い応用が可能である。第二世代標的遺伝子組替え法が順調に働き始めればインパクトは大きい。
 グルタメートレセプターのサブタイプ特異的ノックアウトによるシナプス長期増強・長期減弱などの部位特異的な障害の研究がかなり進んでいる。本レセプターの機能と学習・記憶のメカニズムの研究には、第二世代標的遺伝子組換え法が生かされると期待される。また、第二世代遺伝子組み換え技術を使って分子相関レベルでの神経細胞機能の解明が進むことも期待される。NMDA 受容体のサブユニット特異的な KO マウスの作成による機能の解析では他の追従を許さない成果を挙げてきている。 C57BL/6 の均一な遺伝背景で実験が行われることも素晴らしい。
 ゼブラフィッシュによる遺伝子探索法により新しい遺伝子が単離されて、マウスとヒトのホモローグがとれることが期待される。マウスでホモローグ遺伝子がとれれば本研究のコンディショナルノックアウト法によりその遺伝子の機能を解析し、さらにヒトの疾患遺伝子の探索研究へつなげることも期待される。
4−3. 総合的評価
 新しい方法の確立とその方法による遺伝子探索、従来の NMDA 型グルタミン酸受容体の部位特異的ノックアウトによる記憶・学習・情動の分子機構解明、とが平行して進んで成果が上がっている。最初に予定された脊椎動物での中枢神経発生モデルとしてゼブラフィッシュの変異体の実験系を確立することおよび第2世代標的遺伝子組み換え法を開発することに成功されたことを高く評価する。これらの手法を駆使して、先生のグループでしかできない研究を展開してほしい。しかし、ゼブラフィッシュの研究とマウスの研究との関連がもう1つ明白でない。マウスの研究に関しては、in vivo での電気生理学的実験と精緻な行動解析により、NMDA 受容体サブユニットの脳での機能の解明が望まれる。

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