研究課題別中間評価結果

 
1.研究課題名
神経ネットワーク形成の遺伝子プログラム
2.研究代表者
野田 昌晴 (岡崎国立共同研究機構 基礎生物学研究所 教授)
3.研究の概要
 脊椎動物の中枢神経系は、1) 神経芽細胞の分化、2) 細胞移動、3) 神経軸索の伸長路決定、4) 標的部位の識別、5) シナプス結合の形成と維持、6) 細胞死、7) シナプス結合の可塑的変化といった一連の過程によって完成、維持される。本研究ではこれらの分子機構を総合的に理解することを目指して3つのサブグループに分かれて取り組んでいる。網膜視蓋投射グループでは脳の領域特異化の分子機構を明らかにすべく、ニワトリ網膜において前後軸、背腹軸方向に領域特異的発現を示す分子群を網羅的に単離・同定し、その全体像を明らかにする研究を行っている。チロシンホスファターゼグループでは、プロテインチロシンホスファターゼ ( PTP ) ζがプレイオトロフィン、ミッドカインの受容体であることを明らかにすると共に、細胞内領域のC末で PSD95 ファミリー分子と結合していることを明らかにした。遺伝子 KO マウスグループでは上記2グループで研究対象としている遺伝子および2型 Na チャンネル(NaG)遺伝子の機能を、KO マウスの作成と解析を通じて明らかにする研究などを行っている。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 「中枢神経系の形成と維持の分子機構」の解明を目的に活発に研究を進めている。その結果、1) 網膜視蓋投射の特異的神経結合に役割を果たすと思われる分子群を Restriction Landmark cDNA Scanning (RLCS) 解析によって見出して、網羅的に単離し、2) 脳内コンドロイチン硫酸プロテオグリカン PTPζの機能を解明し、3) NaG の体温・塩分摂取における役割を明らかにしつつある。チロシンホスファターゼ欠損マウスや NaG 欠損マウスの作製の成功、これらの遺伝子欠損マウスでの機能解析に関する成果を着実に挙げている。3プロジェクト共に達成度が高い。
 NaG 遺伝子 KO マウスの機能を解析し、新規に PTPζの脳神経系における役割を見出し、多数の新しいトポグラフィック分子を発見している。これらの新しい分子の中に大きい生理的役割の分子があることを期待する。脳の発生過程における領域特異性を決定する遺伝子群の探索の目的で、網膜視蓋投射系を選んだことは適切であった。しかし、網羅的単離などの成果をどうやって収束させるのか、目的を明確にしておく必要がある。たとえば 1) 特異的神経結合形成の原理、2) 重要な分子の発見、 3) 応用(遺伝性緑内症、大腸癌)など。 
 網膜・視蓋投射系で位置標識分子を網羅的スクリーニングで検索しているグループは国内外にいないから、本研究グループが重要な新規の位置標識分子を発見する可能性が高い、また、チロシン燐酸化酵素 PTPζの研究が進み遺伝子欠損マウスを世界に先駆けて作製した。網膜視蓋投射系の発生過程の遺伝子、PTPζKOマウス、 NaG KO マウス、の3プロジェクトが、全て膨大な新しい知見を出しながら進行している。
 有能な若手研究者が集められ、それぞれアクティブに成果をあげており、3プロジェクトの研究体制・遂行は適切である。
 人件費のバランスが良く、それに応じて成果が出ている。購入機器は遺伝子の単離解析に必須のものと判断する。
 3つのプロジェクトが全て興味深い新しい知見を出して進行している。この3つのプロジェクトを「神経ネットワーク形成の遺伝子プログラム形成」に集約して新しい領域とコンセプトを神経科学に切り開くことを期待する。また新規に発見した遺伝子の生理機能が大きいことを期待する。軸索可視化マウスの作製を試みている点は望ましい展開である。網羅も良いが、少し目標を絞ることも考えて良いのではないか?各研究グループ間の連携をさらに密にする必要があろう。
4−2. 研究成果の現状と今後の見込み
 領域特異性分子(位置標識分子)の探索によりいくつかの新規分子を発見している。PTPζ と特異的なリガンドである PTN の神経細胞移動への関わりの分子機構解明を進めており、PTPζ遺伝子欠損マウスの研究も進んでいる。国際誌への論文発表も着実に進めている。
 本研究で発見された新しい遺伝子の生理学的役割の大きさでインパクトの大きさは決まる。またこれまでの KO マウスでの知見も独創性が高い。特異的神経結合形成の原理が一つでも発見されればインパクトは大きい。
 ネットワーク形成というダイナミックな現象に関わる分子の時間的、空間的な組み合わせは膨大な数に上ると思うので、キーイベントを如何に有効に見出し得るかにかかっている。PTP 欠損マウス、NaG 欠損マウスの行動解析と行動異常と対応する生化学的、生理学的、解剖学的基盤に関するデータの蓄積が評価される。
4−3. 総合的評価
 NaG、PTP 遺伝子の多角的解析は十分評価できるが、今後は in vivo での電気生理学的実験やより精緻な行動テストでの機能解析が望まれる。脳の神経ネットワーク形成の新規発見遺伝子、PTPζKO マウス、2型 Na チャンネルKOマウスの3つのプロジェクトの関連を強化して、新規発見遺伝子の生理的役割・分子機能を解明できることを期待する。トポグラフィック分子が転写因子、接着因子など多様な分子で構成されることは興味深く、一つのコンセプト発見ではないか。網膜視蓋投射、チロシンフォスファターゼ、遺伝子ノックアウトとプロジェクトが分散していて相互にあまり関連性がないが、それぞれが興味深いトピックスを含んでいる。今後テーマを無理に集約せずそれぞれを伸ばしたほうが良いと考える。その意図と努力を高く評価するが、神経ネットワーク形成の遺伝子プログラムの総合的解明というのは目標が漠然としすぎるようにおもわれる。非常に有能な研究者であり確実にデータの出せる人だから、目標を絞って大成してほしい。

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