研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
一方向性反応のプログラミング基盤
2.研究代表者名
木下 一彦 (慶應義塾大学 理工学部 物理学科 教授)
3.研究概要
 たんぱく質の分子機械、特に分子モーターなど一方向へのエネルギー変換を担う分子がどのような仕掛けで働くのかを、光学顕微鏡下の1分子観察・1分子操作により明らかにすることを目指している。これまでに、分子1個で働く回転モーターF1-ATPaseの力学特性の解明、DNAを結ぶ、1分子顕微鏡および温度パルス顕微鏡の開発、などの成果を得た。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
(1)計測センターグループ
 本グループはチームの中心として、1分子計測・操作技術の開発および分子モーターの動作解析への応用を目指している。
(2)分子モーターグループ
 本グループは、ミオシン・キネシンなどのリニアーモーターおよび収縮装置としての筋肉のメカニズム解析を目指している。
(3)ATP合成酵素グループ
 本グループはATP合成酵素の反応機構の解明を目指している。
4−2.研究成果の現状と今後の見込み
(1)計測センターグループ
  1. F1-ATPaseの回転機構
    ATPの加水分解から得られるエネルギーにより、γサブユニットが回転することを、証明し、様々な回転特性が得られた。本成果より、回転機構の最終的解明に直流電気モーターモデルが有効であることを提唱した。
  2. アクチン・ミオシンモーター
    蛍光色素1分子観察により、ミオシン上を滑るアクチン線維が線維軸の回りに回転しながら進むことを示した。回転のピッチはアクチン線維の螺旋のピッチの10倍以上で、ミオシンは両足を同時に着地することなく進む、「走る」モーターであることが示せた。また、アクチン重合によりリポソームに突起を形成させることに成功した。突起形成による細胞運動はアクチン重合だけで駆動し得ることを示す。
  3. 分子のひもを結ぶ
    光ピンセットを使い、アクチン線維1本、DNA1本に結び目を作ることに成功した。アクチン線維は結ぶ(曲げる)ことにより真っ直ぐなものの数百分の1の力で切れた。
  4. 新しい顕微鏡技術の開発
    無偏光でしかも試料操作が容易なように対物レンズを通した励起ができる光学系を開発した。F1-ATPaseに蛍光性ATP analog1分子が結合・解離する様子を、そのATP分子の向きとともに観察することに成功した。また、多くの磁気ビ−ズを同時に操作できる磁気ピンセットシステムを開発し、DNAの捻れ弾性測定、さらにDNA上で働く分子モーターの動作解析に応用している。
(2)分子モーターグループ
  1. 温度パルス顕微鏡
    10ミリ秒以内に顕微鏡試料の温度を数十度上下させる技術を開発した。タンパク質試料が高温で劣化する以前に高温での振る舞いを観察できる。骨格筋ミオシンを使い、アクチンの滑り速度として50μm/秒という世界最高速を得た。また、マイクロチップ表面のDNAの局所的可逆的融解(一本鎖の遊離)および再結合を示せた。
  2. 収縮装置の再構成と収縮制御機構
    骨格筋、心筋において細い線維を選択的に除去した後、再構成する手法を開発した。これにより、筋肉の自励振動現象がアクチン・ミオシン系に固有の現象であり、制御たんぱく質は必要ないことを示した。また、顕微鏡下でアクチン線維1本1本の重合課程を初めて観察することに成功した。
(3)ATP合成酵素グループ
  1. F1-ATPaseの回転
    大腸菌および葉緑体由来のATP合成酵素でも反時計回りの回転をすることを示した。ATP合成酵素の機構がバクテリアおよび植物で(そしておそらく動物でも)共通であることを意味する。また、εはγに結合して回転子の一部を形成することが示唆された。
  2. F1-ATPaseの加水分解機構
    F1-ATPaseの結晶構造(反応停止状態)では、3つのβサブユニットのうち2つが閉じた(C)構造、一つが開いた(O)構造を取っている。正常な加水分解反応中にもCCO構造が現れること、nucleotide 1個を結合した状態(120度ステップの始状態および終状態)ではCCO以外の構造を取ること、などが示唆された。 また、好熱菌ではεサブユニットは活性を阻害しないことが分かった。 加水分解活性を容易に失う変異体を用いても、ATP合成反応は正常に起きることが示された。
現在進行中の研究の主なものは、
(1)F1-ATPaseの強制逆回転によるATP合成の試み。逆回転には既に成功しているが、合成されたATPの検出が課題である。
(2)F1-ATPaseの回転とATPの結合・解離・結合ATPの結合位置の同時可視化
(3)DNAモーターの動作解析。DNAを動かす、あるいはDNAに沿って動くと考えられている分子機械につき、動きの証明、その機構の解明を試みている。
4−3.総合的評価
 独自の方法で世界の注目を浴びる研究を続けており、更なる発展を期待したい。特にDNAなど他の分野への応用に期待したい。海外の一流誌への発表が多く、成果は高く評価される。
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